第2話 フェインとジーク

「自分の墓参りとは不思議な気分だな……」

「ふふ、そりゃあジークは死んだことになっていたからね」



 偽勇者ということがばれてしまい村への補助金が切れることを考えた俺は匿名で俺と、ジークとテレジアの兄妹の両親にこっそりと有り金のほとんどを置いてきた。それに本当は間違いなのだが、俺が勇者に選ばれたと聞いてとても喜んで送り出してくれたからあわせる顔もないというのが本音だ。

 そして、今ジークの墓参りをしているのである。落ち葉もあまり落ちておらず彼が愛されているということが分かる。



「いや、まあ俺は死んでしまったんだけどな」

「守護者化か……」

「ああ、見習い勇者を導くために先代が一時的に仮初の肉体になるんだってな。お前から聞いたときは信じられなかったけどな。自分がそうなるとさすがにな……まあ、俺はシグルトとやらは気に食わんから、無理やりお前についてきたんだけどな」



 そんなことができるのか? ジークならできると思うから不思議だ。

 それにしても仮面越しにどや顔しているジークと話していると懐かしい記憶がよみがえる。転生者である俺が突拍子もないことをいってもこうして受け入れてくれたものだ。

 そう、この世界は俺が死ぬほどやりこんでいた『ブレイブサーガ』という自由度と高難易度がウリのRPGとほとんど同じなのである。プレイヤーはまず、七人の勇者候補から選ぶのだが、このゲームのすごい所は主人公たちが全滅したら本当に死んでしまうのだ。

 そして、選ばれなかったキャラから再び選ぶのである。ただ、完全に一からやり直しではなく、聖剣によって力やスキルは継承することができるのだ。

 守護者化もその一部であり、ゲームでは召喚獣的な扱いで一時的に力を貸してくれるのだ。



「でも、結局俺はジークの代わりにはなれなかったよ……かわりに勇者になって世界を救うって約束したのにね……」



 そう……俺は本来の主人公の一人であるジークの幼馴染として転生し、彼とその妹のテレジアと共に幼少期を過ごした。

 もちろん、モブである俺は彼の世界を救うたびについていくつもりなんかなかった。ただ、友人の旅が楽になるようにと効率の良いレベルアップ方法を教えたり剣や魔法の特訓につきあっていただけだった。

 あの日までは……


「フェイン……俺が死んだのはお前のせいじゃないんだ。そんなに背負わないてくれ」

「ありがとう……だけど、俺のせいだよ。ジークが死んだのは俺のせいなんだよ!!」


 ジークが優しくいってくれるが転生者である俺は知っていた。俺が余計なことをしなければジークは調子に乗ってゴブリンロードを倒しにいくこともなかったし、あんなところで死ぬこともなかったんだ。

 全ては俺が余計なことをしたばかりに……だから、せめて俺が勇者になってすべての苦労を背負おうとしたのに……所詮はモブである俺ではその権利もなかったらしい。

 思わず涙ぐむと体を暖かいものが包む。


「フェインはがんばったよ。だって、お前は勇者として何人もすくっただろ、それに、『七大罪』だって倒したじゃないか。だからさ、これからは自由に生きていいんだ。何がしたいんだ? 俺も付き合うぞ」

「ありがとう…でも、今は思いつかないかな」  


 抱きしめながら優しく囁いてくれる彼に臨む答えを返せない。この数年勇者になることだけを考えていたのだ、簡単には切り替えられない。

 そんな俺を元気づけようとジークが軽口を叩く。



「そうだ、お前はエルフが好きだったろ? 会いにいくのもいいんじゃないか?『自然と調和するために露出の高い格好してるから、俺たちの界隈ではエルフの里はドスケベエルフの里って呼ばれてるんだよ!!』ってかつでないほど力説してたじゃないか」

「それは忘れてて欲しかったなぁ!!」

「いや、だってテレジアもすごい引いた顔してたし……」

「いつも笑顔で慕ってくれた彼女のあの時のゴミを見るような目は少しへこんだなぁ」


 懐かしい思い出話を語り掛けてくれる彼の体は不思議と柔らかい上に甘い匂いがする。不思議なものである。

 だけど、本当におもいつかないのだ……ずっと、ジークの代わりに勇者であろうとしていたから何もないのである。

 異世界転生したての時はハーレムを作りたいとか、お金持ちになりたいとか、エルフとイチャイチャしたいとか何か夢もあったはずなんだけどな……今ではくだらないものに思えてしまった。いや、一つだけある。



「俺は影の英雄として色々な人を救いたいんだ」

「フェイン……もう、頑張らなくていいんだぞ。お前は十分勇者をやったんだ、だから……」

「違うよ。ジーク……俺は自分の意思で英雄になりたいんだ。せっかく強くなったんだしね」



 そう、これが本音だ。ゲーム本編がはじめていくうちに人間とまぞくの戦いは熾烈になっていく。そんなときに俺を育ててくれた両親や、勇者に選ばれた時に喜んでくれた人、王都でテレジアと迷って半泣きになっている時にご飯をおごってくれた屋台のおっさんとか、色々な人を守りたいと思ったのだ。



「お前は……どこまでも……」



 俺が本気だとわかってくれたのか、ジークは仮面のそこで何か言いたそうにもごもごとして、そして、にやりと笑った。



「全く、本当に変わったやつだな。しばらく俺もつきあってやる。そのかわり、今は眠れ。だって、お前は俺が死んでからろくに眠っていないんだろう?」

「あはは、隠していたんだけどね。テレジアにも言われたけど、そんなにわかりやすいかな?」



 さすがは親友というべきか俺がシグルトたちに隠していた秘密があっさりとばれてしまった。

 別に不眠症というわけではない。ただ、眠っている時間がもったいなかったのだ。凡人である俺が勇者を語るには時間を無駄にはできなかった。幸いこの世界にはポーションというものがあり、飲むだけで体力を回復させてくれるアイテムがあったので睡眠時間を捨てて剣の鍛錬や魔法の練習、そして、実戦に費やしただけに過ぎない。


 ああ、だけど、もう勇者ではなくなったし、たまには普通に寝てもいいか。



「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「ああ、今なら俺がひざまくらをしてやるよ。勇者の膝枕だぜ、超レアだろ」

「男にされてもなぁ……」



 と言いつつも懐かしさもありジークの言葉にあまえる。守護者化しているのが関係しているのかその体はいがいにも柔らかく寝心地がよくてすぐに睡魔が襲ってきた。



「馬鹿……やっぱり眠たかったんじゃないですか……」



 なんでだろう、ジークの声がまるで泣きそうな女の子のように聞こえたのだった。



★★★


「ふははは、俺が勇者か……これで七大罪をすべて倒せば王だって夢じゃない。」



 シグルトは己の手にある聖剣を見てにやりと笑う。ずっと不満だったのだ。平民にすぎないフェインが勇者としてみなにあがめられているのが……

 だって、そうだろう? 勇者と呼ばれるのは高貴で高潔な皇子であり、最強の剣士である自分のほうがふさわしいのだから……



「だが、やつは偽物だった。あんな田舎者には過ぎた力だったんだよ」



 初めて見たときは心が折れる気分だった。自分と同等の剣技に圧倒的な魔力。そして、『七大罪』相手にも一歩も引かない姿勢。それはまるで物語の勇者のようで……

 彼のプライドが傷ついた瞬間だった。だが……



「聖剣は俺を選んだのだ。俺の方があの田舎者よりもふさわしいと認めたのだ。このままいけばテレジアだって……」

 


 それは一目ぼれだった。傷ついていたところを治療してもらった時の笑顔は覚えている。何度も食事に誘ったがにべなくされたのは記憶に新しい。

 だが、勇者になった今きっとかわるだろう。



「ふふ、さっそくテレジアをデートにでも誘うか」



 にやりと笑った時だった扉が開くと短パンにシャツという身軽な格好のハーゲンがやってくる。

 

 

「ノックをしろと言っているだろ。お前も女なんだから……」

「そんなことどうでもいいじゃん。それより大変だよ。テレジアもいないんだ。共有の荷物は全部部屋にまとめておいてったんだ」

「なんだと!?」



 まさか、あの田舎者と一緒に旅立ったというのか? いや、彼女も追放には賛成していたはず。

 混乱していると、今度はノック音が響いて扉がひらく。



「大変よ……って、お楽しみの最中だったかしら?」



 クリームヒルトは何を勘違いしたのか、同じく薄着のシグルトを見て何かを勘違いしたのか眉をひそめるが、説明する前に彼女がつづける。



「そんなことより、となり街にダークワイバーンの群れが現れたらしいわ。作戦を練らないと」

「考える……? 俺は勇者になったんだぜ。楽勝に決まっているだろう!!」



 魔物は基本的に格上の存在だ。ましてや七大罪側近の部下は厄介な奴が多い。だから、常に努力もかかさなかった。フェインのいう通り、周囲に聞き込みをして、弱点を見極めて、場合によっては冒険者や騎士のちからを借りて有利な状況を作って戦っていた。だけど、今の自分は違う。フェインがみせていた圧倒的な力を思い出して興奮する。



「俺たちだけで倒して名をとどろかせるぞ」



 そうして、シグルトたちは意気揚々とむかうのだった。






★★★


凡人が勇者を目指すには常軌を逸した努力が必要なんですよね……



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