第6話 この先

僕が目覚めるとお姉ちゃんの背中の上だった。


「おはよぉ…。ここ何処?」


「森の中、馬車の場所に戻ろうとしてるんだけど、迷ったみたい。」


「あっち。」


僕は迷う事なく馬車の方向を指差す。僕はこの森の中を数日彷徨った。だからある程度ならこの森の地形を覚えてる。あの馬車から徒歩で移動できる距離ならば確実にあっち。


「なんで分かるの?」


「彷徨って覚えたから。眠い…。」


しっかり寝たのにまだ眠い。


「まだで寝てていいわよ。」


「うん…。そう言えばおじさんは?」


「後ろ。」


そう言われたので後ろを振り返ると遥か後方におじさんがちゃんと居た。護衛らしいのにこの仕打ちは良いのかなぁ…。


「…されー。…まって…。」


眠気からなのか声が掠れてよく聞こえない。寝てて良いらしいのでもう少し眠る事にする。

この2人の関係に僕が口を挟む権利なんてないし何より眠いもん…。


「おやすみ…。」


それだけ言い残すと僕は再び意識を手放した。



おじさんガナッシュ&眼帯マイカ視点ー


「うわー!!これは少しスリルが…。あっしの歳では…。」


おじさんことガナッシュはミカが寝た直後、謎の力、否、十中八九ミカが原因で宙を舞っていた。


「ぶ、ぶつかる!!?」


そう思った目の前の木々は途端に変形し、更に加速する。


「って、おい!何遊んでんだ。」


「あっしに言われてもっ!!」


普通に生身で音速を超えているが原因が原因なだけ無傷である。


「うわあぁーぁぁー!!」


「…なっさけない悲鳴あげなら先行っちゃった。あれ、無事なのか?これで死んでたら私の所為になるか?…なるよな。状況説明しても誰も信じないだろうし。」




私は万が一ガナッシュが死んでた時の事を考えながらミカが指差した方向へ進み続けると無事に馬車の場所まで辿り着いた。アイツらが狩場にしていただけあって他の野盗の類が存在しなかったらしく、無人でも荷物は無事であった事は不幸中の幸いである。…グロッキーな顔になっているガナッシュはまぁどうでも良いか。嬉しそうだし。


「次からは夜の道には気をつけないとな。森なんてなんの目標もねぇーからなぁ。」


「…ハハ、すごいスリルでやした。もう2度とこんな経験はごめんですわ。風の精霊の悪戯って奴ですねぇ。あっしが悲鳴をあげるたび笑い声が聞こえましたよ…。」


「その割には嬉しそうな顔してるぞ?」


「気のせいです。それよりこれで確信したんですがミカに味方する精霊達はミカの意志はある程度汲みつつも自由に動いてる感じですねぇ…。あっしはミカが何か特別な存在であると睨んでやす。いやぁー、こんな方とご縁が出来るとは人生捨てたもんじゃないですねぇ。こりゃ、今後の市場がどう動くかミカの存在を加味した上で見つめ直す必要がありますねぇ。」


この国と言うか何処の国に行っても精霊の存在は貴重だ。だから市場が狂うのは当たり前だろう。

そもそも精霊とは魔力の吹き溜まりに極稀に発生するが直ぐに消えてしまう儚い存在。何百年と消えなかった精霊はやっと下位の精霊として存在を確立でき、そこから更に年月を重ね中位、上位、大精霊と強さと保有魔力量を増しランクアップしていく。当然年月を重ねる中でも自然消滅する個体は相当数存在し、自由の権化の様な存在であるため何者かに味方するのは更に個体数が絞られる。精霊王まで行くと創世記の存在のため最早空想や理論上の存在でしかない。

中位ぐらいまでなら無理矢理従わせる方法がなくもないが、それを行うと精霊の寿命が大幅に縮みその一族には一切近寄らなくなる。つまり魔力自体にも嫌われその一族を避ける様になり、結果的に魔法が一族の末裔まで使えなくなると言うリスクがある。魔法が使えなくなると生活が不便になるだけでなく新たに精霊を捕らえ無理矢理従わせる事も出来なくなる。


「この先ミカがどう動くかで冗談抜きで市場が変わりやす。あぁ、この先どの様な事になるかあっしの眼をもってしても…。…でも一つ確信確信出来るのはミカはありとあらゆる勢力から狙われるでしょうねぇ。初対面のあっしらにここまで懐くんですから利用されるのは目に見えてますねぇ。」


「お前はどうするんだ?」


世界大手のガナッシュ商会の動き方次第では最悪の方向にも最高の方向にも簡単に転ぶ。情報操作なんてお手のもの。主な運送機関も牛耳ってるため各国の動きもある程度誘導可能な位置にいるのがこの男だ。冗談抜きでこの男の声ひとつで世界が動く。普段の変態的な行動からは到底凄い奴には見えないが…。


「あっしは商人ですよ?当然儲かる方に肩入れし深入りする。何も変わりません。」


これは商人としての顔だろう。知っている。だからこそ心配なのだ。この男は大きな利益の方に傾く、そこに情などと言うものは介在しない。筋を通さなければこの先使いきれない程の莫大な利益を得られる現状を前にしてこの男がどう動くか私には想像もつかない。


「…だろうな。私をまた雇いたいなら最低限の筋は通せよ?」


「それは勿論。商人は信用が命です。例え何かで失敗し店が潰れても信用があれば、いくらでも再起する方法はあるが無ければ末路なんてお察し…。当然普通の商人ならば信用信頼に直結する筋は通しますとも。」


「ならいいが。」


「そう言う貴方様はこれからどうするつもりで?」


商人としての顔つきのままガナッシュは私に問いかける。だから私も私として真面目に答える。


「私はお前の依頼が終わったらもう暫くこの子についていく。面白そうだし心配だしな。」


「あっしが言うのもアレですが出会って3日目に差し掛かろうとしているぐらいのタイミングでそこまで深入りする要因はないのでは?」


この男はリスク管理に置いて右に出る者がいない。だが、それは裏を返せば相当疑り深いと言う事。あんだけふざけていても根っこではミカのことを信じていないのだろう。


「人生で出会う事はまずないと言われる大精霊クラスの存在だぞ?こんな経験逃したら2度とない。私は既に引退し半分隠居しているぐらいの存在だ。時間なんていくらでも作れる。これを機に精霊がどの様な生態かレポートを作るのも悪くない。」


私は魔法はあまり得意ではないが、魔道士共の未知への探究と言うのは共感出来る。知らない事を知りたい。知っている事を更に深く知りたいと。私が騎士団を引退したのだって時間が欲しかったからだ。

それにあそこで知れる事は大体知った。深入りしたくない所も見たくない国の汚い所も全て。


「迷いがありませんねぇ。流石あの騎士団の元切り込隊長。ぶっ飛んでる。」


「ぶっ飛んだのはお前だろ?」


「…ハハ、こりゃ一本取られましたなぁ!!」


ガナッシュは大笑いするといつもの表情へと戻った。

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