転生少女は世界を知りたい

夜椛

プロローグ 死と救済

「ここどこ?病院じゃない?え?」


何もない空間に僕は困惑することしかできなかった。


「エゴで生かされ続け、管から解放されれば忽ち死んでしまう僕を誘拐する旨みもないのになんで?と言うか、管がないのにどうやって生きてるの僕。」


病院のベッドの上で生まれ育った僕の視界にはいつも何十と言う管映り、指一本すら動かす事が叶わなかった。でも、僕の視界には管が1本もない。


『フォフォフォ…。神の気まぐれと言う奴じゃよ。』


何処からともなく音が聞こえ、きっとこれが人の声と言うものなのだろう。

ならきっと、いつも見舞いに来てくれてた叔父さんの声かな?


「あ、誘拐犯さんの声。もしかして叔父さん?」


『おじさん呼びは初めてじゃ…。儂、一応女神ぞ。神とて流石に傷つく。』


「ごめんなさい。僕、人の声って聞いたことないから…。それに見舞いに来てくれたのも叔父さんだけだし…。」


『まぁ、無理もあるまいて。さて、ここに貴様を呼びつけた理由だが、貴様には上からの指令で転生してもらう事になっている。拒否権はない。』


「…また飼い殺しにされるの?神様だと言うのなら兼ねてから祈り願い続けた通り、僕の全てを消し去ってよ。やっと解放されたのに転生なんてしたく無い。」


僕は別に自分の人生が悲惨だとか恵まれていないとかは思ったことがない。ただ生かされ続けただけの木偶人形の人生に良いも悪いもなく、看護師や医師が向けてくる同情か哀れみの瞳がただただ煩わしかった。

僕はただ同じ病室に代わる代わる入ってくる患者達を見て羨ましかった。僕より後に入ってきて僕より先に解放される。自分がこの病室から解放されるその日を夢見て、何の起伏もない人生を過ごす。それが僕。僕に課された宿命。


『そうは言ってものぉ。矮小な人間如きが逆らえる訳がなかろう。まぁ、なんじゃ、第二の人生が与えられただけ幸福と思え。』


違う。そんなのは幸福じゃない。

僕は誰かの荷物にも操り人形にもなりたくない。折角解放されたのにまた、病室に括り付けられ、何も出来ないけ現実を見せつけられるだけの日々は幸福なんてものじゃない。

彼らのエゴと自尊心を満たすための道具として、機械の様に無感情で生きるのはもう疲れた。


『そうそう。貴様はあの世界に魂も肉体も精神も何もかも合っていなかったが為にただ生きるのすら困難だっただけじゃ。適切な世界へ送ってやるから安心しろ。』


「何を言ってるの?」


言っている事が理解できない。


『理解は出来ずとも問題ない。あ、そうそう、説明を忘れる所だったわ。貴様の次の肉体には少々色をつけてある。まぁ、流石に何かしらの原因で同じような人生を歩ませるのは酷だしのぉ。儂の判断じゃ。上も文句を言ってこない事から問題はなかろうて。』


「どう言う意味?」


『さぁの。では、次の人生を引き続きお楽しみくださいませ♪』


「急に人変わってる?」


『最後のは定型分じゃ。別れの挨拶的なアレ。義務なんじゃよ…。』


「ふーん。」


次の瞬間僕の視界は闇に沈み全身の感覚が無に還る。まるであるべき姿に戻るかの如く、自然に形が変わっていく。


……


僕の意識が戻った頃には何もない所で一人ぽつんと取り残されていた。

僕は辺りを見渡し、現状把握を試みる。

看護師が見せてくれた写真の中で該当する場所を思い出す。しばらく考え込むと思い出し、辺りには木々が生い茂っている事から病院の外にある森林と言う場所であると断定する。


「動けるのは凄いし、嬉しいんだけど、何で裸なの?」


僕の視界には滑らかな肌が映り込む。

骨皮が剥き出しで、投薬とストレスでボロボロになった肌が僕の素肌だった筈…。本当にこれ僕なの?


「流石に病院でも服は着てたよ?」


ないものねだりをしても虚しいだけなのは知っているので服は諦め、次すべき事を考える。別に何かしろとも生き続けろとも言われていない。

だけど、目的がなく動きもしないのは嫌だ。


「お腹に違和感…?」


そんな事を考えていると身体に違和感を覚え、身体が求めるがまま動く。

僕の身体は自然と木の実を手に取り、齧り付く。次の瞬間、口の中に広がるモノに脳を直接殴られたかのような衝撃を受ける。


「美味い?これが美味しいって事なの?この木の実はどんな味なの?分かんない。」


舌に来る衝撃も初めてであるが為これがどの様な味なのか表現出来ない。

だが何個かその木の実を口に運ぶ事でお腹の違和感は消えたのでこれが食事と言うものなのだろう。


「点滴でしかご飯食べた事ないから初めて…。」


ただ木の実を食べただけなのに僕は不思議と達成感と喜びに満ちていた。


「決めた。僕の知らない事を知りに行こう。」


当てもなく幽霊の様に彷徨う事になろうとも僕は僕の知らない事を知りに行く。そうしている間はきっとあの虚しさからは解放されるのだから。

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