ともだち

やまこし

ともだち

ぼとっ

という大きな音を立てて、空から何かが降ってきた。

ぼくは、思ったより足りなかった新年の食料を買い足しにスーパーへ行こうとしているところだった。まさかふたりでこんなに食い尽くしてしまうとは想像できなかった。新年一発目の本気のじゃんけんをして、惨敗したぼくが買い物に出ることになった。


空が青いと、どうして胸が苦しくなるのだろう。

手を伸ばしても届かないような、向こう側が永遠にも感じられるようなその青さが、たとえ元日でもあっても胸を締め付けてくる。新しい年になっても、変わらないことがいくつかある。


立ち止まって、ムカつくくらい青い空に向けてスマホのカメラを起動したところだった。

「ぼとっ」

何かわからないものが、目の前に降ってきた。


「あぶないっ」

と反射的に一歩下がって、おそるおそる目を開ける。

そこには、蛇が落ちていた。


「蛇だ……」

体長は50センチくらいだろうか。真っ白で、目が赤い。いかにも毒がありそうで、近づくのはなんとなく憚られた。どうして空から、もしくはどこかから蛇が落ちてきたのかをすこし考え込んでしまったが、自分の口から出た白い息を見て我に返る。今は寒い。とりあえずスーパーに行こう。


「ねえ、待って……」


どこかから、高くてかぼそい声が聞こえてくる。

反射的に後ろを振り返るが、そこには蛇だけがいる。蛇がしゃべるわけがない。正月ボケか、疲れているのか、よくわからないがもう一度前を向いてスーパーに向かおうとする。


「そうだよ、君だよ」

「え、ぼく?」

思わず返事をしてしまう。

「そう、君」

「蛇……がしゃべってる?」

「君、僕の話聞いてくれない?」

「え、ぼくいま、蛇としゃべってる?」

「そうだよ。ちょっとだけ、お話してもいい?」

「ここにいると、車に轢かれてしまう。さわってもいいかい?」

「そんなことを聞いてくれるのは初めてだ。ありがとう、今は噛まないから、動かしてほしい」


ぼくは、その白い蛇が言った通りに道の端に蛇を移動させた。そのときぼくは、蛇に初めて触ったことに気がついた。ひんやりしていて、弱々しくもくねくね動くのがすこし気持ち悪い。こういう生き物をなんていうのだっけ、変温動物だっけ……?移動させた後に、しゃがんでもう一度蛇を眺める。


「ありがとう」


やっぱりちゃんと、口から声が出ている。蛇が変温動物だということは学校の授業で教わったけれど、蛇に声があるということはいままでだれも教えてくれなかった。


「君は、僕が怖くないのかい?」

「怖くはない、初めて近くで見たから、すこしじろじろと見てしまった。ごめんな」

「いいんだ。ところでここは、どこ?」

「ここは……」


「どこ」という質問は意外と難しい。蛇がその辺の森から来たのであれば、電柱に書いてある住所を教えるのがいいのだろう。もし、日本ではないところから来たのであれば「日本」が正解だし、宇宙から来たのであれば「地球」が正解だ。


「むしろ君は、どこから来たんだ?」

「僕は……多分天から来た」

「天?」

「天。ずっとずっと、上の方」

「じゃあここは、日本。地球の上の、日本という国の、東京だ」


蛇がいうには地球ではないどこか、「神」だと教えられている存在がいるところにいたらしい。そこにはいろいろな種類の動物のような存在や、さまざまな考えをもった「神」がいるらしい。その中にも、ひときわ強い力を持った「神」がいるらしく、その使いとして働いていたのだという。

ある日蛇は仕えていた「神」のおつかいにでかけたところ、道に迷ってしまい、別の「神」に助けを求めた。するとそこでは「悪魔」と罵られ、その知らない「神」に投げ捨てられてしまったのだそうだ。


「君は、僕を捨てたりしない?」

「しないよ。ぼくにとっては、動物の一種だ。今こうやって話しているんだから、友だちってとこかな」

「ほんとうに?」

蛇のちいさな目が少しだけ、ほんの少しだけ大きくなったような気がした。


大学時代、表象文化の授業で蛇について学んだことがあった。

長い体が生命の強さを表していると考えられたり、男性器を想起させることから「再生」を意味していると考えられたりしている。基本的にはポジティブな信仰の対象だが、ある宗教にとっては悪魔そのものだと考えられてもいた。蛇がどこかの「神」に忌み嫌われた状況は理解することができた。


「うちに来るかい?なにか、食べさせてあげよう。人間が食べるものでよければ」

「いいのかい?」

「うん。あと、ぼくは一緒に住んでいる人がいるんだ」

「うん」

「ぼくがね、その人と手を繋いだり、その人に好きだよ、というだけでぼくらのことを怒ってくる人がいるんだ」

「なんてことだ」

「だから、たぶんぼくも、一緒に住んでいる人も、君の気持ちがわかると思う」

「僕にとっても、君はただの人間だった。でもいまは友だちだ」

「ぼくらはきっと、少しだけ似ている」

「似ているね」

「それからね……」


ぼくはその時、あることをふと思い出した。

「これを見て」

スマホにWHOのロゴを表示して、蛇に見せた。WHOのロゴには蛇が描かれている。生命力の象徴らしい。

「これはなに?」

「世界の人々の、健康を守る組織のしるしには、君が描かれている」

「ぼくは、君の健康を守っている?」

「そうだね、そういうことにしよう」


家に誘った時には、酒につけたら効果のある酒でもできるのかな、などと考えていたのだが、小さいけれど向こうが見えないくらい澄んだ瞳に見つめられたら、そんなことは忘れてしまった。


「まずは一緒にスーパーに行こう。そこで食べられるものを見つけようね」

「わかった。そこに、大きなネズミは売っている?」

「さあ……どうだろう……」


(了)

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ともだち やまこし @yamako_shi

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