第二十一話

 アルバートの元へ行こうと扉を飛び出した瞬間、防護服をまとった男とぶつかりかけた。

 彼はちょうど部屋に入ろうとしていたらしい。俺と目が合うと、ギョッとして一歩退いた。

「うわ……」

 若い声だった。

 この男は、ラシールが言っていた“協力者”の一人だろう。手には円盤のような装置を二つ握っていた。

「ちょうどいいところに来た! その男を捕まえろ! それから、この拘束を外せ!」

 ラシールが床から叫んだ。

 男はラシールを見下ろし、戸惑いの色を濃くした。

「ええっと……」

 慌てて背後を振り返る。

「なにをしてる、ネグリス! さっさとしろ! 」

「でも……僕には無理だよ」

「もういい、俺がやる」

 別の防護服の男が現れた。俺を見ると舌打ちし、部屋の中にいるラシールを見るなり眉をひそめた。

「何があったんだ?」

「分かんない」

 こちらもどうすべきか迷った。二対一では不利だ。解剖中を狙って逃げるつもりだったが、扉の前に立っているとは思わなかった。

「時間がない。とりあえず、計画通りに動くぞ」

 男はネグリスから装置を奪うと、部屋の壁とラシールの体にそれを取り付けた。

「何をしている……?」

 ラシールが目を見開く。

「もう、お前の指示に従う必要はないってさ。解放された気分だ」

 ラシールの顔が驚愕に染まる。

「何を言っている?」

「じゃあな、オッサン」

 そう言い残し、男は部屋を出て鉄製の扉を閉じた。

 次の瞬間、内部から轟音が轟いた。

「は?」

 思わず声が漏れる。

 扉に手をかけようとしたが、 高熱で火傷しそうになり、慌てて手を引っ込める。布ペーパーで手を包み、再び扉を開けた。

 そこに広がっていたのは、言葉を失う惨状だった。

 爆風がすべてを薙ぎ払い、 ラシールだったものが、黒焦げの肉片となって部屋中に飛び散っている。死体の山も同じだ。鉄製の檻は熱でフレームが歪んでいる。中にいた人間はすべて、物言わぬ物体と化していた。

「全部まとめて吹き飛ばすって話だ。爆発に巻き込まれる前に、さっさとずらかるぞ!」

「待ってよ!」

 二人は逃げるように走り去っていった。

 そのとき、別の爆発音が下から遠く響いた。

 ――アルバートがいる階だ。

 彼らの正体を追うよりも、まずアルバートの安否が優先だ。

 心臓を鳴らしながら、全速力で駆け出した。


 地下は、煙に包まれていた。

 視界は真っ白にかすみ、前に進もうとすれば煙が壁のように立ちはだかる。。

「アルバート!」

 叫び声が階段の下に響く。必死に前をみつめていると、煙の中から影が現れた。薄い輪郭が見えた瞬間、髪をこがしたアルバートが姿を現した。

「ロクス! 無事か。話はあとだ。ここは危ない!」

 アルバートの声が響く。同時に背後で爆発が起きた。爆風が突き抜け、建物全体が揺れる。

「逃げるぞ」

 バランスを崩し、倒れ込みそうになる体をアルバートが支える。強い力にひきよせられ、よろめきながら足を踏み出す。

 廊下を駆けて、息を切らしながら、必死に進む。背後でさらに爆発音が轟く。崩れゆく音が響き渡る中、走り続けた。




 外へ飛び出した瞬間、背後で轟音が響いた。

 振り返ると、地下の構造が崩れ、黒煙が噴き上がっていた。しかし、地上部分は大部分が無事であった。彼らは施設ごと吹き飛ばすつもりだった。それなのに、何かをしくじったように見えた。

「地下に閉じ込められていたはずだろう。どうやって脱出できたんだ?」

 埃を振り払い、隣にいるアルバートに聞くと、彼は肩をすくめた。

「監視役の人と仲良くなったら、出してもらえた」

「どうやって?」

「話をしただけさ。閉じ込められている間、退屈だったから毎日しつこく話しかけてた。最初は無視されたけれど、そのうち口を開いてくれてたよ。話の中には、信者たちが次々と行方不明になっているというのもあってね。教祖に不信感を抱く人が増えていたそうで、僕がこっそり探ってみようと言ったら、出してもらった。ただそれだけさ」

 なんでもないことのようにアルバートは言った。俺だったらそんなことできない。もし立場が逆だったら、今頃、爆発に巻き込まれて死んでいただろう。

「すごいな」

 自然と口をついて出た言葉に、アルバートは小さく笑った。

「しかし、この爆発、妙じゃないか?  建物を壊すにしては中途半端すぎる 」

「あーそれなんだけど」

 アルバートは視線をそらし、気まずそうに口を濁した。

「お前、なにをした?」

「いや、君を探しているときに、怪しい部屋を見つけてさ。ピッキングで開けたら、何かの保管庫だった。その中の箱の一つに爆弾が保管されていてね。ダイヤル式で簡単に操作できそうだったから」

 アルバートは頭をかいた。

「ちょっと爆発させてみたくなって、何個か拝借した」

「それで?」

「地下で人のいない場所を見つけて試そうとしたら、教団の連中じゃなさそうな若い連中がうろついてるのを見かけてね。どうも爆弾が減ってることに気づいたみたいだった。 見つかったら面倒だから、そのまま隠れてやり過ごしたんだけれど、出てきたときには彼らが爆弾を設置し終わったあとでね。何個か解除したものの、間に合いそうになくて、あわてて逃げてきたわけさ」

 要するに、この中途半端な爆発の根本的な原因は、アルバートの爆弾ネコババによるものだった。彼が持ち去ったせいで爆弾の個数が足りず、建物は完全に破壊されずにすんだのだった。

 俺は深いため息をついた。おかげで命拾いしたとはいえ、頭が痛くなる。

「まあ、お互い無事だったことを祝おう。さてこれからどうする? そろそろ列車が復旧していたらいいのだが」

 のんきにアルバートがそう言った、その瞬間だった。

 視界の端に、赤い光が見えた。

「危ない!」

 とっさにアルバートの肩を押し倒す。次の瞬間、鋭い衝撃が腕を走った。

「っ……!」

 遅れて、耳をつんざく発砲音が響いた。

 二発目がないか、光が見えた方へ視線をむけるが、狙撃手はもう去ったあとだった。うまく爆破できなかった腹いせにアルバートを狙ったのか。

 一息をつこうとして、腕を見たら、だらだらと血が流れていた。銃弾がかすめていた。流れでる血を見て、青ざめた。

 ――かすかに赤い光が見えた、気がした。

「大丈夫か、ロクス。腕から血がでているじゃないか。早く止血しないと」

 アルバートの声がする。気遣うように差し出された手が、腕に近づいた瞬間、思わず振り払った。

「触るな!!」

 思わず叫んでいた。

 空気が凍り付く。アルバートの動きが止まる。目を見開いたまま、何か言いかける彼を制して、俺は絞り出すように言った。

「俺はもう一緒にいられない。アルバート、ここでお別れだ」

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