第25話

 そのあっさりとした、大したことではないような言い方に、無性にイラっとした。悠人にとっては大したことではなくても、私にとってはそうではない。それを思い知らされたみたいで、苛立ちと、恥ずかしさがない混ぜになる。


(私だけ動揺して馬鹿みたい)


 ソファに丸まったまま、まだ無言でソファを叩き続ける私に、さすがに止めるべきだと思ったのだろうか。悠人が近づいてくるのがわかった。


 ふっとソファを叩く手が大きな手に包まれて、頭上から優しい声が落とされる。


「央華、もう機嫌直せ。手ェ痛めるだろ」

「っ!うる、さい……」


 口調のわりに反抗する声に勢いが無かったのは、予想よりも近くに来ていた悠人の気配に動揺したからだ。手を包み込む温かさを振り払えないのは、それがどうしたって嫌だと思わないから。


 そんな私の様子に気づいたのか、悠人の体温が更に近づく。


「ぅう……近いし…」

「あ、顔隠すな。赤くなってんの可愛いんだから」

「そんな訳ない…」


 掴まれていない左手で必死に顔を隠してたが、その手は悠人に簡単に剥がされた。せめてもの抵抗としてぎゅっと目を固く閉じる。


 けれどそんな抵抗はまったく意味を成さないまま、両腕をソファに柔らかく押し付けられた。


「そんな訳あるから。このままベッド行きたいくらい」

「何ふざけ…!」


 思わず閉じていた目を開けて、悠人と視線を合わせる。けれどそこにあった燻るような劣情を滲ませた視線に、反論しようとした言葉はかき消えた。


 悠人は少しもふざけてなんていない。私がいいと言えば、今すぐにでも抱くつもりでいる。

 それをありありと訴えてくるその瞳に、絡め取られたように身体が動かなくなってしまう。


(なんでそんな目で見るの)


 去年だっただろうか、那由が言っていなかっただろうか。男は性欲の塊みたいなものだよ。好きになった相手の気持ちだけ手に入れて満足、なんてそんなこと、絶対にないんだよって。


 悠人が今、本当に私を好いてくれているのはわかっているのだ。

 それなら、私と同じ家に暮らしているという今の状況に、悠人はどういう心境でいるのだろう。


(…もしかしなくても、相当我慢させてる?)


 いや、だけどこんな絵に描いたような子供体型に欲情するなんてことがあるものだろうか。


 そんな疑問を浮かべていると、額に軽くキスが落とされて、少しだけ名残惜しそうに悠人は私から身体を離した。


「今はここまでな。後でちゃんとお仕置きしてやる。……央華?」


 すっと立ち上がった悠人が、驚いたように私の名前を呼ぶ。その目を瞠ってこちらを窺っているのは、私が悠人のワイシャツの袖を掴んだからだ。


 その行動にはまったく意味はなく、ただただ手が無意識に動いてしまっただけなのだが。


「どうした?」


 問いかけてくる悠人の声は、やはりどこまでも優しく、そこはかとなく甘かった。


「……なんでもない。ご飯作るの、私も手伝うね」


 誤魔化すようにそっけなく返して、ソファから立ち上がる。


 咄嗟に悠人の服を掴んでしまったことを追求されてしまっても、返せる答えは用意出来ない。私自身がその理由を明確には理解出来ていないからだ。


 けれど本当に私が困るところには、悠人は触れてこなかった。そういうところが優しいなと思う。


 内心で小さく感謝して、そのままキッチンに立ってご飯の支度を始めた。


 なぜか作り始めから食べ終わるまでの間、悠人に後ろから抱きしめられていたのは心臓がおかしくなるかと思ったけれど。

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