第10話 眠れないのは

 夜になれば、今までは大木のうろに入って寝ていた。


 けど、雪之丞は違うみたい。

 夜になれば、行灯あんどんという、明かりをつけるらしい。そうすれば、夜でも昼間と同じように明るいそうだ。それに寝る時は布団というものを被って寝るのだという。


「志水くんは、布団で寝てもいいし、シロくんと寝てもいい。眠りやすい方でいいよ」


 さっきまでご飯を食べていたところは、居間というらしく、ほかほかの四角は囲炉裏いろりというそうだ。


 今いる居間の奥にある部屋は、寝室というらしく、寝るところみたいだ。雪之丞が部屋の奥と手前側に二つの布団を並べてくれた。

 雪之丞は奥にある布団の中に体の下半分を入れながら、隣の布団を指し示した。


 僕は、布団というものを知らない。それを被って寝るのは、少し抵抗がある。だから、いつものようにシロと共に部屋の隅っこで丸くなって眠ることにした。


「志水くん、おやすみなさい」

 雪之丞は、行灯の中から小さな皿を取り出すと、その瞬間から部屋は闇夜と同じくらいに暗くなっていく。外から、月の光が差し込んでくるから、ほんのり明るい。これは、山にいた時と同じで、見慣れた光景だ。


 差し込んでくる光をぼーっと、見れば次第に眠気がやってくる。けど、今日は違う。まったく眠気がやってこない。


 また、胸あたりが、ソワソワとしてきてどうにも落ち着かない。これを静めなきゃ眠れない。だけど、肝心な方法を、僕は分からなければ、知りもしない。


 どうして、こんなに落ち着かないのだろう。


 頭の中で考えれば、考えるほど落ち着かなくなるから、寝ている雪之丞に目を向ける。月の光を浴びている雪之丞を見たら、少しはマシになるかなと思ったけど。


 もっとソワソワとしてきて落ち着かなくなった。


 そういえば、落ち着かなくなったのは、雪之丞と出会ってからだ。なら、これはきっと雪之丞が関係しているんだ。そうとしか考えられない。


「ねむれない? シスイ」

 膝の上で寝ていたシロは顔を上げて、僕の頬にすり寄ってきた。


「眠れない」

 雪之丞が起きないように見張りながら、聞こえないように声を小さくする。

 シロは、僕が見ている方向を追うように目を向ける。


「ユキノジョウが気になる?」

「うん。アイツを見ていると、ソワソワする。きっと、アイツのせい」

「なら、たべちゃう?」


 シロは、ヘッヘッと息をしながら、口を半分開けている。口から見える牙の間から、涎が滴っていて、月の光に当たるとキラキラと輝きを放っている。


 もし、シロに食べてもらったら、このソワソワは落ち着くのだろうか。


 そんなの、わからない。


「僕がやる」


 僕は、服の中に隠していた刀を手にして、ゆっくりと立ち上がる。雪之丞が起きないように、音を立てないように忍び足で歩く。


 雪之丞の傍にいくと、静かな寝息を立てて寝ていて、起きる気配はなさそう。


 殺すなら、今だ。


 僕は、首元に目掛けて刀を振り下ろした。


 頭のどこかで、そんなことをしても意味はないと思い浮かべながら。


 刀は、首に触れる直前で止まった。


 と言うより、刀がなくなった。立っていたはずなのに、視界がぐるん、と変わっていて、いつの間にか空を寝そべってみるように仰向けになっていた。


 目の前には、寝ていたはずの雪之丞がいた。


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