第3話 思いがけない邂逅

 山の中でご飯にありつくのは、難しい。オオカミ達は、うさぎとか小動物たちを狩ったりするけれど、人の僕は木の実や、食べられるキノコを食べたりしている。


 でも、見つけるのが大変。木の上にあったりするし、他の動物たちがすでに食べてしまっているから。何日も食べられないときだってある。


 そういう時は、沢山水を飲んで空腹を満たそうとする。水だけじゃ、腹は膨れない。鳴り続ける腹の虫を気にしないように、体を動かす。


「木の実を探しに行ってくる」

 温かい日差しの下でうたた寝をしているシロに声を掛けると、ピクっと体を震わせた。


「ボクもいく~」

 ぐーっと伸びをすると、僕の足元にやってきた。


「分かった。一緒に行こう」


「うん」


 シロは、舌を出しながら、ヘッヘッと頷いた。


 今の時期はたくさん、木の実や、キノコが取れる。案外、意外なところにあったりするから、木の上を見たり、落ち葉に紛れてないか、注意深く探していく。


「シスイ、みて! オチバがいっぱい!」

 こんもり重なっている落ち葉の山に、シロはボスっと顔を突っ込んでいく。山から顔を出すと、体中落ち葉だらけになっていた。


 くっついている落ち葉に気が付かないのか、はたまた、落ち葉の山に夢中なのか、見つける度に突っ込んでいた。


「そんなに突っ込むと、体中が落ち葉にだらけになるよ」

 言うのが遅かったのか、すでにシロは沢山の落ち葉をくっつけていた。


「取って~」と、よろよろと近寄ってきた。どうやら、体を振っても落ちないくらい、絡まってしまっているようだった。


「シロ、そんなに落ち葉に突っ込むからだよ」


 僕は、シロについた落ち葉を取ろうとその場で屈むと、丁度木の実が転がっていた。木の実を拾って、着物の懐に仕舞う。


 落ち葉を取っていくけれど、毛と絡み合っていているせいか、うまく取れない。


「シスイ、まだ~?」

 そわそわしているシロは、足踏みをしている。また、新しい落ち葉の山を見つけたんだろうか。でも、シロが動くと手元が狂う。


「動かないで。余計に絡まる」

 言葉が通じたのか、ピタっと動きを止めた。けど、気持ちが抑えられないのか、くぅーん、と鼻鳴らしている。


 時間はかかったけれど、やっと最後の1枚が取れた。


「シロ、取れたよ」

「ありがとう!」


 ぴょんぴょん、と飛び跳ねるシロは、オオカミと言うより、イヌみたいだ。シロは、近くの落ち葉の山に、狙いを定めたようで体勢を低くしている。


「飛び込んじゃだめ、また、落ち葉だらけになるよ」

 シロの体に抱き着いて、落ち葉の山から遠ざけようとする。


「シスイ、じゃま、しないでぇ~」

 僕の力よりも、シロの方が上だから、ずるずると、僕の体を引きずるように歩き出した。これじゃもう、止めるに止められないか、と思った時。


 パキッ、と乾いた枝を踏む音が聞こえた。


 聞こえた方向に顔を向ければ、そこには、人が立っていた。


 夜の空と同じ色の髪の毛をしていて、額が見えるように髪の毛を左右に分けている。背丈は僕よりも高くて、首を上げないと顔が見えないくらいだった。身なりからして、男のようだ。


 男には、足があったし、体は透けていないから。多分、人。


 だけど、僕は男が人であると信じる気はなかった。


 大概の人は、僕を見ると怯えて逃げ惑う。


 逃げたら、人。もし、逃げなかったら、人ではない。


 じっと、男を見る。


「えっと……、こんにちは、少年」


 男は僕に向かって話しかけてきた。こんなことは初めてで、全身にゾワゾワっと、怖気が走った。


 今まで浴びてきた人からの言葉の中に、そんな言葉はなかったし、男から敵意は感じられない。


 横にいるシロを見ると、低く唸っているだけで威嚇はしていない。いつも人を見れば威嚇をしていたのに珍しい。


 今、僕に何が起きているのか、分からなくて。ただ、男を見る事しかできない。


「ああ……、えっと……、大丈夫かい?」

 男は、どこかモゾモゾとしながら、もう一度言葉を紡いだ。


 その瞬間、着物の中に隠していた刀を反射的に引き抜いていた。


 狙うのは、首。確実に斬り落とせるように、横一文字に斬りつけた。


 だけど、その手ごたえを一切感じない。


「おっ、と。危なかったぁ~」

 男は、よろよろと後ろに下がっていた。あの一瞬で、僕の刀を避けたんだと、すぐに分かった。僕の刀を避けられたのは、今まで誰もいなかったし、この人が初めてだ。


 バクバクと心臓が脈を強く打っていて、息が少しずつ浅くなっていく。


 目の前に男は、一見弱そうなのに、今は強い男にしか見えない。


 肌で感じる、この男には勝てないって。

 この男に捕まったら、終わる。

 なら、捕まる前に、命を奪う。


「ごめん、怖がらせちゃっ……、わっ!」


 男に口を開かせない。その前に、確実に仕留める。


 僕は、男に向かって刀を振り続けた。何回も、何回も。その度に男はすべてを交わしていく。僕と男には、間違いなく強さの差があった。だから、僕にこの男を斬ることはできないってわかる。


 でも、僕には、戦うことしかできない。


 刀をこんなに振ったのは、久しぶりだ。だんだん、腕がじんじんと痛んでくるし、動きすぎて、息が上がって苦しい。


 なのに、目の前にいる男は、息すらも上がっていない。やっぱり、僕より強いんだ。こんな状況は初めてで、どうしたらいいんだろうか。さっぱり分からない。


 僕は、胸の中に押し寄せてくる何かに、押しつぶされそうになっていた。


「シスイ、大丈夫か?」

 頭の中で聞こえてくるシロの声のおかげで、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。


 戦ってダメなら、逃げるしかない。そう思い立って、足を動かした時。

 目の前に、手があった。手の先を見ると、そこには男がいた。


「ごめんね、君を怖がらせちゃったよね。俺は、君を傷つけるつもりはないんだ。ただ、その……、放っておけなくてさ。君はずっと、この山の中で生活をしているんだろう? よかったらさ、俺の所へおいで。……といっても、君が困るだけだよね。ごめん」


 男は不思議だった。コロコロと顔の色が変わっていたから。


 差し出された手を取るつもりはなかった。


 けど、どうしてだろう。


 無性にその手を取りたくて仕方がなかった。


 男から敵意は全く感じられないし、なにより、僕を見て怖がったりしない。こんな人は初めて会った。


 手を取っていいのかな。


 シロを見ると、くかぁ~と欠伸をしていて、男に興味を無くしたみたいだ。警戒心が強いシロが何も威嚇をしていないのなら、きっと、大丈夫だよね。


 僕はおそるおそるその手を握った。


「俺は、雪之丞ゆきのじょう。君の名前を教えてくれないかな?」


 雪之丞と名乗った男から、敵意とは違う何かを感じた。その何かに感化されるように僕は、名前を口にした。


「……志水しすい


 すると、雪之丞は、どうしてか目と口を細めていた。

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