JKアイドル♥萌音のウラのウラ

まさじろ('ぅ')P

第1話 満たされない欲求

「みんな、今日は萌音もねの生誕祭、来てくれてありがとう! みんな、次回のクリスマスライブも来てくれる~?」

 

 私がステージの上から客席にマイクを向けると、会場は再び大きな声援に包まれ、水色のペンライトが揺れる。

「いぇ~い!」

「ありがとう! それではまた、来月会いましょう! 以上私たち、『恋するJKアイドル、もえもえはぁと学園』の萌音と」

「桜でした~!」

「ありがとうございました~!」

 私と桜は、歓声に包まれながらステージを去る。


 

 楽屋に戻ると、私はペットボトルの水を一気に飲みして、まずは乾いた喉を潤す。

「萌音ちゃん、お疲れ~。ごめん、私、『キスはお預け』の歌詞、一か所間違えちゃった~」

「大丈夫、桜ちゃ~ん。私も、『ちょっぴり寂しいぞ』の落ちサビの立ち位置、ちょっと内側だったよね」

 

 そんな会話をしていると、マネージャーの土屋さんが楽屋に入ってきた。

 

「二人ともお疲れ~! 準備出来次第、物販よろしくな。萌音、今日はチェキがたくさん入ってるからなるべく早めにな」

「了解です~」

 私たちはそう答えると、チェキ撮影に備え急いでメイクを直し、物販会場へと向かった。


 

 私と桜ちゃんは、「もえもえはぁと学園」という二人組アイドルグループのメンバーだ。

 今日11月29日は私の生誕ライブだった。キャパが100人ほどという、それほど大きくはない会場ハコだったが、おかげさまで満員となった。


 物販交流は1時間弱で終了。PAさんやその他スタッフさんに挨拶を終えた後、私たちは午後9時過ぎには解散となった。


 金曜日の夜、渋谷の駅前は大混雑だ。私はその群衆をかき分け、地下の駅へと降りていく。駅に到着した時点で既に混雑している車内に大勢の客が乗り込む。

 電車が走り始めると、私はため息をついた。

 

 ――はぁ、とりあえず今日のイベントは無事、終わった。


 

 吊革につかまりながらスマホを開き、陸斗りくとにLINEを送る。

【お疲れ~。今、バイト終わった~】

 陸斗は私の彼氏だ。私より2つ上の18歳で、7月から付き合い始めた。ちなみに私がアイドルをやっている事は言っていないので、ライブやレッスンの時は「バイト」と言う事にしている。まぁ実際、間違っちゃいないんだけど。

 

【お疲れ様~】

 私の予想に反して、陸斗からはすぐに返信がきた。

【明日、休みなんだけど、会える?】

 私が送信すると、やや間を空けて返信が来る。

【わりぃ、明日、急遽シフト入ってくれって店長に頼まれてさ。バイトになっちゃった】

 

 ――多分、嘘だろう。私は直感でそう思ったが、一応かわいらしく返信をしておく。

【そっか~。陸くんと会えなくて寂しいけど、バイト頑張ってね】

 

 めんどくせぇ。もう別れようかな。


 

 地元の駅で降りると、私はまっすぐ駅前のスーパーに向かう。今日、母親は出張で大阪。父親は単身赴任で仙台にいる。父は基本的に週末は戻ってくるのだが、月末は忙しいらしく、戻って来られないことが多い。

 今日は私一人。つまり、夕飯の用意も自分でしなくてはならない。


 ライブで体力を消耗した上に、夕飯の買出しをして既に疲労困憊であったが、そんな私の身体に止めを刺すのが、駅から家まで長く続く坂道だ。


 重い足を引きずりながらもう少しで自宅に到着するという時、向かいからこちらへ向かってくる人影を認めた。

 暗い夜道。背の高い男。必然的に身構える。


 早く通り過ぎてくれ。


 しかし、私の願いに反して、その男は私の方に近づき、声を掛けてきた。


「あれ? 樹莉愛じゅりあじゃないか?」


 

 

 ――いいえ、私は萌音。人違いです。


 とでも言えたらよいのだが、残念ながらこちらが本名。

 アイドルとして「菊川萌音」という名前で活動しているが、私の本当の名は鎌田かまた樹莉愛。ちなみに私の誕生日は10月10日。そう、今日が生誕祭と言うのも「設定ウソ」だ。


 

「もしかして、理央りお?」

 

 地元で堂々と私の本名で話しかけてきたその男は、中嶋理央。幼馴染の同級生だった。


「あ、やっぱり樹莉愛だよな? 元気か?」

「まぁ、お陰様でね。こんな遅くに買い物?」

 私が何気なくそう聞くと、理央は困り顔で答える。

「いや。バイト帰りなんだけど、家の鍵忘れてさ。こんな時に限って親が帰り遅くなるって言うもんだから、家は入れなくて……」


「え? そりゃ、大変だね。この後どうすんの?」

「とりあえず、居場所無いから、バイト先戻ろうかと思って」


「あ、良かったらウチ来る?」

「え? 良いのか?」

 理央の顔がパッと明るくなる。まぁ、相手は親同士も顔見知りの理央だ。何の心配も無かろう。

 

「良いよ。今、うち誰もいないけど」

 それを聞いた途端、理央はがっかりしたような顔をする。

「そりゃ、まずいだろ。誰もいないのにお邪魔するなんて……」

 

「なんで?」

「なんでって……そりゃ、まずいって」

「大丈夫。理央が襲ってきたら遠慮なく股間踏みつぶすから」

 

 

 理央はその後も一人でブツブツ言っていたが、結局他に当てもなく、我が家に来ることとなった。

 食料も明日の分まで買い込んでいたのも好都合だった。


「あ、夕飯代、いくら払えばいい?」

 律儀だね、理央は。

「良いよ。私の金じゃないし」

 そう言って、私は買ってきた総菜類を片っ端からレンジで温めた。

 

「理央と会うの、いつぶりだっけ?」

 二人で夕食を食べながら私は理央に問う。

「中学の卒業式以来じゃないか?」


 理央とは中学までは同じ学校に通っていたが、高校は別々になった。そのため、近所に住んでいても意外と全く顔を合わせる機会が無かった。


 互いに近況報告をしながら夕食が終わったころ、理央が両親に連絡を取ると、まだ東京都心にいるとのことだった。


「わりぃ、まだ遅くなりそう」

「あぁ、全然いいよ。なんか、テレビでも見る?」

 

 食卓からソファーに移動すると、私はテレビをつける。


「ネトフリとかでもいいし」

 私は適当にリモコンを操作する。

「あ、このアニメ、面白いぞ」

「え~? 異世界モノ? どうせくだらないラノベが原作なんでしょ?」

「なんてこと言うんだ! 全国のカクヨムユーザーに謝れよ」

「おい、急にメタいこと言うなよ……」


 

 結局、理央のおススメのアニメを観ることになったが、正直私はあまり興味が湧かなかった。

 それでも、とりあえずは理央に付き合ってテレビを見るふりをする。


 ふと、隣に座る理央の横顔に目が留まる。

 中学の卒業式以来、約半年ぶりにみる理央は、なんだか少し大人っぽく、そして男らしくなった気がした。


 そんな理央を見ていると、不意に私は、理央に抱かれたい衝動に駆られた。


 

 陸斗のこともあったんだと思う。

 

 アイドルを始めてから、本当にたくさんの人に愛されて、日々承認欲求が満たされているはずなのに、それに反比例して私はどんどん寂しくなる。

 

 

 ――そう、みんなに愛されているのは「萌音」であって、私ではない。


 

 だから、私は時折、衝動的に愛情が欲しくなる。


 今日もそうだ。「萌音」が生誕祭で祝福されればされるほど、私の心は空っぽになっていった。

 それを満たしたくて、陸斗に連絡したのに……。


 

 気付けば私は、理央にぴったりと体を寄せていた。


「お、おい。樹莉愛、どうした?」

「え? ダメ?」

 私はわざと、あっけらかんと答える。

「ダメってことは無いけど……」


 動揺する理央を弄ぶかのように、理央の太もものあたりをフェザータッチしていく。

「昔は一緒にお風呂も入った仲じゃん?」

「それは、幼稚園の時の話だろうが」


「そうだったっけ~」

 私は適当に返事をしながら、理央の左肩にもたれ掛かる。

「疲れてんのか?」

 頓珍漢な返答をする理央の頬に、私は突然のキスをする。

 

「お、おい! 何?」

 理央は驚いた顔で私を見る。

「理央だって、ちょっとは興味あるでしょ? に」


 私が右腕を理央の胸の前に回すと、理央は気怠そうに私の腕をよける。

「興味ねーよ」

 しかし私は理央の履くズボンの一部が、不自然に膨らんでいるのを認めた。

「じゃぁ、これはなーに?」

 私はそのふくらみにそっと手を載せると、理央はフリーズしたようだ。

「樹莉愛、ちょっと、待てって……」

 私はそのふくらみをゆっくりと撫でながら、意地悪に言う。

「理央こそ、もう待てなさそうじゃん」


 理央は、申し訳なさそうに言う。

「ごめん。俺、そう言うの、経験なくて……」

「それって、童貞ってこと?」

「あ、あぁ……」

 

 まぁ、冷静に考えて、理央はそうだろうな。

「そんなん、別に気にすること、無いのに」

 

 そう言いつつも、私の気持ちは完全に萎えてしまった。

 別に相手が初めてだから重いとか、そう言った理由ではない。

 もっと、単純な理由。

 相手が初めてならば私の欲求が満たされず、満足できなさそうだったから。

 

 

「樹莉愛は、その……、経験はあるのか?」

「まぁね」

 私があっけらかんと答えると、理央は「そっか」と言って、私に一瞥をくれた。

 

 その視線に私は、戦慄が走った。

 何か汚いものを見るような目をしていた気がして、私の心をえぐる。

 

「あ、なんかごめん、気まずくさせちゃって~」

 私は努めて明るく振舞いながら、理央の一部に触れていた手を離した。


「いや……、悪いのは俺なんだけど……」

 

 

 ――最低。


 高校に入ってからの私は、空腹を有り物で満たすかのように、心のひもじさを誰かと体を重ねることで満たしてきた。相手も遊びだったから、何の罪悪感も覚えなかった。

 自分が初めての時でさえ、特別な感情を抱かなかった。

 

 そうやって、私は心のバランスを保ってきた。――それが良い方法ではないと知っていても。


 そして今、目の前にいるこの幼馴染の少年は、高校に入ってからの私を知らない。



 そんなことを考えていると、今度は理央が突然、私をやや乱暴に抱き寄せた。


「え? ちょっと、理央?」


 私は突然の事に驚き、それ以上、何も言えなかった。

 力強く抱き締められるその腕は、決して不快ではなかった。

 むしろ、一度萎えた欲望が、体の奥で再燃するのを感じる。

 しかし、火照る身体とは裏腹に、頭は冷静のままの自分が残る。


 理央は、これまでに私を抱いたどうでもいい男どもとは違う。

 いま、私が理央を受け入れれば、即ちそれは理央を汚すことにはならないだろうか?


「樹莉愛、あの……」


 理央はそう呟いた後、私と目が合うと、不器用に唇を重ねてきた。


 いつの間にか形勢が逆転している。

 元はと言えば私が蒔いた種。ここで私が拒むのは、寧ろ不自然か?


 私は理央に唇を押し付けられながら、少し笑った。


 そして、色々と思うことが無くはなかったが、私はそのまま理央を受け入れることを選んだ。

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