第16話 失ってしまった約束

 学校にいると騒がしいのはいつも通りの事であり、教室にいる鈴木斗真すずき/とうまは、自身の席に座ったまま、近くの窓から外を眺めていた。

 亜寿佐沙織あずさ/さおりの件に関しては大きな進展はない。


 月曜日の今日から新しい週が始まったのだが、そこまで距離感が縮まっている感じはしなかった。


 元々、沙織とは仲が良かった。

 幼馴染として、幼少期の頃から友好的な関係性を続けてきたのだ。

 中学になってからも放課後一緒に帰宅したり、休みの日は妹の恵美えみとも遊んでくれたりもした。

 恵美も昔から沙織から良くしてもらっていたのである。

 そういった過去があり、恵美は沙織の事を忘れられないのだろう。


 やはり、恵美の心の中には、沙織の良い一面があるからこそ、そうそう切り捨てられないのだと、斗真は外の景色を見ながら考え込んでいたのだ。


 恵美も気持ちもわかる。

 けれど、状況的に、沙織と和解できそうな雰囲気もなく。朝、教室にやって来た時に、軽く挨拶をしたのだが、良い返事は貰えなかった。


 斗真も妹の気持ちを尊重したい反面。

 沙織に対して、気軽に話しかけられない状況では、関係性の修復は困難を極めると感じていた。




 この前の休日。街中で見かけた沙織は、付き合っている相手と楽しそうに会話していたのだ。


 今、土曜日の事を振り返ったとしても、斗真に対しての想いはもうないのだと改めて考えてしまうのだ。


 沙織と出会ったのは、小学一年生の頃だった。

 最初は全然知らない同士だったが、たまたま席が隣同士だった事もあり、授業を通じて仲良くなっていったのだ。

 家同士は、意外と近い距離ではある。

 行き来する場合、徒歩で大体五分ほどはかかるものの、大幅に離れているわけではなかった。


 小学生の頃は学校が終わると、どっちの家で遊ぶか話しながら帰宅したり、学校からの帰宅途中も一緒に言葉遊びみたいな簡単なゲームをしていたものだ。

 妹の恵美が小学生になった時は、一緒に登校してくれたりもしたものである。

 数年前の事なのに、遠い昔のように感じるから不思議だ。


 今では幼馴染とまともに会話もしていない。


 斗真が幼馴染である沙織と将来の事について約束を交わしたのは、中学二年生の頃であり、受験が始まる数か月前から高校を卒業した後の事に考えるようになったのだ。


 沙織は高校を卒業したら大学に行くと言っていた。

 斗真も大学に行く予定ではいたのだ。


 実際に結婚するのは、大学を卒業して、社会人としての生活が順調になってからにしようと約束していた。

 それまでの間に、社会人としての自立した生き方をしようという約束も交わしていたのである。


 斗真も大学に行く予定ではいたが、将来どんな仕事をしようかというプランは曖昧だった。


 斗真は将来にやりたい事を見つける為に、高校に入学してからバイトをしてみたり、体育会の部活をやってみたりと、今までやった事の無い色々な事に挑戦したのである。

 がしかし、不得意なことが多すぎて長続きしなかったのだ。


 なかなかうまくいかないもので、将来のプランを上手に構築できなかったのも、沙織から約束を破棄されてしまった要因の一つなのだろう。


 それでも、急に約束は破棄するのは、どう考えてもやりすぎな気がする。


 斗真は自身の不甲斐なさを痛感してながらも、大きなため息をはいてしまったのだ。




「斗真? 大丈夫そう?」


 隣に椅子に座っている神谷涼葉かみや/すずはから優しい口調で言われていた。


「え? まあ、大丈夫だけど。でも、なかなかうまくいかないものだなって思って」

「まあ、人生だからね。上手く行かない方が多いと思うよ。それでも、斗真も高校に入学してから色々な事に挑戦したんでしょ? それなら、偉い方だよ」

「ありがと、そういう風に言ってくれて」


 午後の時間。

 斗真のクラスは、急遽担当の先生が諸事情で帰宅してしまった事により、午後の時間は自由時間になっていた。

 本来は美術の授業だった事もあり、クラスメイトの大半は美術室にいる。


 美術の授業では、外で景色を書いても描いてもいいし、美術室にそのままとどまり、好きな絵を描いてもいいという事になっていたのだ。


「斗真って、絵が上手い方だったりする感じ?」

「いや、そんな事はないよ」

「そうかな? 私よりもうまくない? 私の見てみる?」


 斗真は涼葉が描いている絵を見やると、お世辞にも出来の良いイラストではなかった。

 それでも、何を描こうとしているのかは何となく伝わってくる感じである。


「言っておくけど、俺もそんなに上手く方じゃないよ。ほら」


 斗真は別のページを見せてあげた。

 そのページには自分で考えて描いたオリジナルイラストがあったのだ。


「そ、そうかもね。でも、さっきの絵はかなり上手かったよね」

「まあ、模写するのなら上手いんだよね」

「模写だけ?」

「そう。自分でキャラを作るってのが難しくて」

「あー、そういうのは何となくわかる気がする。私もそういうのが苦手だったからね」

「わかるよね」

「うんうん。でも、模写しない絵でも、普通にセンスがあると思うし。その道に進んでもよくない?」

「俺、そんなに得意じゃないし。元々、イラストを描き始めたのは、二次元ライバーのファンアートがきっかけなようなもので。本気でやってないんだよね」


 斗真のスケッチブックに描かれているイラストは、昔応援していた二次元ライバーのファンアートだった。

 懐かしく、この前、自宅にいる時に、パソコンの保存ファイルに残っていた二次元ライバーの写真を元に模写したのである。


「そうなんだ。でも、センスがあると思うのよね。斗真って、自分が出来る事を探すために色々な事に挑戦していたんでしょ? いっその事、イラストの道に進んでみるのもありかもね」

「まあ、考えてみるよ」


 斗真にとってイラストは、本当に単なる趣味でやっているだけだった。

 ただ、二次元ライバーのイラストを描くのが好きで始めただけである。


 本格的にやろうと考えた事はなかった。

 今は、昔応援していた二次元ライバーはもう活動していないのだ。


 斗真は、スケッチブックの新しいページを開いた。


「涼葉さん、外に行って絵を描かない?」

「いいけど。どうして?」


 美術室内には、沙織がいるからだ。


 少し気分を変えたいという気持ちもあり、斗真は涼葉を連れて校舎の外へ向かって行くのだった。

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