第5話 涼葉と一緒に過ごす放課後

 今日の体育の時間は、亜寿佐沙織あずさ/さおりからチラチラと見られてばかりだった。

 特に彼女の方から話しかけてくる事はなかったものの、凄く気まずかったのだ。


 今は放課後。鈴木斗真すずき/とうまは教室内で帰宅するための準備をしている。

 通学用のリュックに課題などを入れ、整理整頓をしていた。

 後は特に学校に残って行う作業などもなく、すんなりと学校を後にできそうである。


 斜め前の席にいる沙織に関しては、斗真の事を見ることなく帰宅準備を済ませると、教室を立ち去って行く。


 体育の時間は何かを話したそうにしていたのに、帰り際になった途端、彼女から視線を向けられる事もなくなり、話しかけられる事もなかったのだ。


 なんだったんだろうという感想が、斗真の心には残っていた。


「斗真。一緒に帰ろ!」


 丁度、支度が終わったところで、神谷涼葉かみや/すずはから話しかけられた。

 彼女は通学用のバッグを肩にかけており、元気よく斗真の手首を掴んできていたのだ。


「斗真って、課題のやり残しとかもない?」

「無いよ」

「じゃあ、帰ろ」


 斗真は、彼女と共に少々強引な形で教室を後にする事になったのである。




「今日は斗真が行きたいところでもいいよ」

「俺が行きたいところか」


 急に問われても、どこがいいか、すぐには思い浮かばなかった。


 斗真は校舎の昇降口で外履きに履き替えながら考え込んでいたのだ。


「じゃあ、飲食店以外でもいい?」


 一つだけ行きたい場所が、斗真の脳裏をよぎる。


「別に、どこにもいいよ。斗真がイチオシな場所であればね」

「イチオシかどうかはわからないけど。丁度いい場所があるんだよね」


 斗真がたまに訪れる場所があった。

 そこに、涼葉を連れて行こうとしたのである。

 喜んでもらえるかは別として、そこしか思いつかなかったのだ。




 二人は学校を後にすると、街中に向かって一先ず歩く。

 斗真がたまに訪れる場所というのが、街中から少し外れた本屋だ。


 外観からして、その建物の大きさがわかるほどである。

 二階建て仕様であり、一階に受付カウンターがあるのだ。


 二人が入店しようとすると、自動ドアが音を立てて勝手に開いた。


 本屋とは思えないほどに広々としており、店内にいる人を妨害しない程度のアニソン系のBGMが小さく流れていたのだ。


 本屋といっても、ただの本屋ではなく他にも多くの設備が供えられた最新型の施設。

 基本的には漫画喫茶みたいな場所ではあるのだが、飲食したり、小説を書く部屋だったり。それから、パソコンを使えるエリアもあったりする。


 一時間一人千円で利用できるプランがあり、その代金を支払う必要があるものの、その一時間内であれば、店内で自由に本を読んだりも出来る。

 飲食に関しては、ちょっとしたサイドメニュー的なモノがあり、プランによっても違うが、一時間プランだと、千円分まで無料で購入する事が出来るのだ。


「こういう場所ってあるんだね。漫画喫茶とは少し違う感じ?」

「そうだね。漫画喫茶は個室に入る必要性があるんだけど。このお店は個室制じゃないんだよ。だから、店内の椅子やベンチを自由に使用してもいいんだ」

「へえ、珍しい場所ね」


 涼葉は斗真と一緒に会計を済ませ、店内に入ると、物珍しい視線で辺りを見ていた。


「あとね、本はここの本棚から自由に取って読んでもいいんだよ」

「色々あるね」


 涼葉は本棚を全体的に見渡した後、本を手に取っていた。


「そう言えば、この漫画って結構前に発売された作品じゃない?」

「そうだよ」

「最新刊とかって無いの?」

「それはネットで配信されている漫画もあったりするから、この施設内では、基本的にパソコンを使わないと見れないよ」

「そうなんだ。じゃあ、ここには昔の漫画しかないってこと?」

「んー、そうだね。でも、半年すれば、新しく仕入れてはくれるとは思うけど。よっぽど人気漫画じゃない限り、ここの本棚には並ばないかもね」

「そっか。今は電子書籍が主流だもんね。私、こういう紙で見る方が好きなんだけどね」

「それはわかる」


 涼葉の考えに、斗真も共感していたのだ。


「ちなみにさ、斗真は何の漫画にするの?」

「じゃあ、この漫画。前回訪れた時に途中までしか読んでなかったからね」

「その漫画は?」


 涼葉は、斗真が手にしている漫画を物珍しい目で見ていた。


「昔から続いている漫画なんだけどね。一〇〇巻以上あってさ。一から本を買うのも大変だから、巻数が多い作品はここで読むようにしてるんだよね」

「一〇〇巻も?」


 彼女は素っ頓狂な声を出していた。


「そうだね。確か二十五年前に連載が始まった気がする」

「それ、私らが生まれる前の作品じゃない」

「確かに。後ね、この漫画って作画も良くて、昔の作品にしては現代の漫画にも劣らないって感じなんだよね」

「ちょっと見せて」


 涼葉は、斗真が見開いたページを覗き込んでくる。


「それって、冒険系の漫画かな?」

「そうだよ。知ってる?」


 斗真は彼女の方を見て聞いてみた。


「えっとね……わからないかも。何となくしか……主人公たちが冒険するってのは知ってるんだけどね」


 涼葉は苦笑いを浮かべていた。


「一〇〇巻以上続いてはいるんだけど。ちょっとマイナー寄りなんだよね。知らなくてもしょうがないよ」


 斗真が読んでいる冒険系の漫画というのは、世界に散らばった秘宝を集めて行く物語である。

 今年になってから、ようやく最終章に突入したばかりで、これからさらにスケールが大きくなっているところだ。

 噂によれば、後五年くらいは続くらしい。

 もしくはそれ以上と言われていた。


 二十五年も続いていれば、漫画家からしても大変そうである。

 生きている間に完結してほしいものだ。


「ちなみに斗真って、どこら辺まで読んだの?」

「俺、まだ最初の方なんだよね」

「最初って序盤のところ?」


 涼葉は首を傾げていた。


「いや、物語の最初ってのは、ようやく一章目を読み終えた感じ。巻数的には、一五巻くらいだね」

「その漫画って一〇〇巻もあるんでしょ? そんなに読めるの?」

「これから頑張っていくつもり。そうだ、涼葉さんも読んでみる?」

「私は後にするわ。電子書籍もあるし。試し読みしてから読み始めるかも。そろそろ、一緒に本でも読もうよ。どの場所に行く?」

「あっちのエリアが結構空いていたはずだよ」

「じゃ、行こっか」

「そう言えば、涼葉さんは飲み物はどうする?」

「それは後でいいかも」


 二人は隣同士でやり取りをし、通路を歩いて目的地まで進んで行く。


 椅子が設置された、比較的空いたエリアに到着する二人。

 席に座ろうとした直後、斗真の視界に見知った人の姿が入り込んできたのだ。


 それは同じ学校に通っている後輩。

 彼女は席に一人で座り、黙って本を読んでいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る