女子高生蓮宮玲子の怪異ミステリー『廃校舎の呪い』
白兎
第1話
「廃校舎の呪い」
これは、この学園では有名なミステリーの一つだった。古い校舎で、崩れる危険があるため、立ち入り禁止となっているが、学生たちはその怪異に興味を抱く。本当に噂されている怪異が起こるのか、それを確かめずにはいられない。そして、その好奇心により、毎年、ここでは事件が起こるのだった。
月曜日の放課後、学園新聞部の
「蓮宮さん、いますか⁉」
少女がそう言って、部室内を見回すと、
「あら、山岸さん、どうしたのかしら? そんなに慌てて?」
蓮宮が席を立ち、山岸に笑みを向けた。蓮宮と山岸は同じクラスで、それほど仲がいいわけでもなかったが、こうして、蓮宮を頼るには、何か良くない事が起こったのだと、肌で感じていた。
「助けてください!」
と息を切らせながら山岸が言った。
「分ったから落ち着いて。何があったのか聞いてあげるから、そこに座って」
と蓮宮は山岸に向かって言って、
「この記事、仕上げておいて。今日の帰りまでにね」
と部員に声をかけた。
「さて、話しを聞きましょうか?」
蓮宮が山岸と向かい合って座ると、彼女は語り始めた。
それは一昨日の土曜日の夜。私と同校の藤崎夏美と吉川綾、他校の斎藤萌の四人で、「廃校舎の呪い」を体験しに行った。斎藤萌は配信をするためにスマホを片手に実況をしていた。
「ここは、桜蘭学園の廃校舎。毎年ここでは、失踪者が出ると言われています。しかし、事件として報道されたことはない。その真相を確かめようと思います」
ジャーナリストを目指しているという斎藤萌は、やる気満々と言った様子で、ぐんぐんと、奥へと進んでいく。藤崎と吉川は、興味本位でオカルトチックな廃校舎を楽しんでいるように浮かれていた。私はこの企画には反対だった。何かが起こってしまっては遅いのだから。私は幽霊を見た事はないし、霊感があるとは感じたこともない。けれど、この廃校舎の醸し出す空気の異質さに、肌は敏感に反応し、初夏だというのに寒気を感じていた。足を踏み入れてはいけない領域なのだと、気付いた時には既に遅い。もう、その怪異に触れてしまっていた。
「あれ?」
斎藤はスマホを小手に返したり、振ってみては、
「どうしたのかな? 調子悪いみたい。こんなことは初めてなんだけど?」
と言っている。藤崎と吉川は、ふざけ合いながら斎藤のあとを歩いていて、私はその後ろを歩いていた。斎藤が足を止めると、必然的に、皆の足も止まった。
「なに、なに? どうしたの?」
藤崎が聞くと、
「スマホの調子が悪い。最悪~。これじゃ配信できないよ~」
不満そうに斎藤が言うと、
「また来ればいいじゃん、今日は止めて帰る?」
吉川が言った。
「仕方ないね。そうするよ」
斎藤が諦めて進むのを止めて来た方向へ身体を向けた。すると、誰もいないはずの奥の方から、床板の軋む音が聞こえてきた。皆がその音に固まって目を合わせた。皆が同じ音を聴いたのだと分かる。その軋む音は一度ではない。人がゆっくりと歩くように、何度も、そして、近付くように聞こえてくるのだから、恐ろしさのあまり、藤崎と吉川は悲鳴を上げて、昇降口へ向かって駆けだした。斎藤は私と目を合わせて、
「ねえ、スマホのカメラを起動させて、あれを写すのよ」
と言って来た。斎藤は怖いもの見たさや、興味本位ではない。真実を伝えたいという、強い意志を私に向けて来たのだ。断ることも出来ずに、カメラを起動させて、奥の闇へとスマホを向けた。もし、生きた人間だとしたら、それも怖いが、死者であれば、それもまた怖い。それでも、ジャーナリズム魂に燃える斎藤の爛々と輝く強い眼光を見ていると、少し恐怖心が薄らいだ。
「あなたは何者なの? 生者? それとも死者なの?」
斎藤はそれに向かって問いかけた。しかし、返事はない。そして、その歩みを止める事もなく近付いて来た。音は目の前まで来たが、姿は見えず、そのまま通り過ぎて行った。私には、それが生きた人間ではないと分かったが、何も起こらなかったと安堵した。しかし、それも間違いだった。自分には何も起こらなかったが、斎藤が突然、バタンと音を立てて倒れたのだ。私は驚いたが、救急車を呼ぶという考えもなく、外に飛び出して行った二人を呼び戻しに行った。
藤崎と吉川は、抱き合いながらわんわん泣いていたが、
「ねえ、二人とも、しっかりして! 何もなかったよ。だからもう大丈夫。それより、斎藤さんが貧血で倒れた」
と嘘をついて二人を連れて再び廃校舎の中へと戻り、三人がかりで何とか斎藤を連れ出した。その時の私は、あの場から斎藤を救い出すために、ただただ必死だったのだ。
その後、公園でしばらく休んでいるうちに、斎藤が目を覚まし、そのまま自宅へと送って行き、それぞれも家に帰ったのだった。藤崎と吉川は、月曜日の今日、何事もなかったかのように登校してきたが、廃校舎での出来事については一切話さなかった。恐ろしい体験を思い出したくないからだろうと思ったが、斎藤の事は気になっていた。私は斎藤とはあの日が初対面で、連絡先を知らない。だから、藤崎と吉川に聞いてみた。
「ねえ、北高の斎藤さん、あれからどうなった?」
と。
「え? あれからっていつから? っていうか、萌のこと知ってるんだね? ああ、配信者だしね」
と藤崎が答えて、
「で? 何? 萌の近況? 調べてみるね」
と吉川がスマホを操作して、
「今日、学校休んだってさ」
と答えた。彼女たちは、廃校舎の事をどうしても話したくないのかもしれないが、斎藤が学校を休んでいる事を、まるで何でもないような顔をしているのが妙に違和感がある。
「ねえ、土曜日、私たち四人で廃校舎へ行ったよね?」
と話を切り出すと、
「え? 廃校舎? うちの学校の?」
藤崎が小首をかしげて、
「行ってないよ。夢でも見た? てか、四人って誰よ?」
と吉川も怪訝な表情を見せた。あまりの恐怖に記憶を失くしたのか? しかも、二人そろって? 彼女たちが嘘をついても、何となくそれが嘘だと分かる。けれど、今の言葉に嘘はなさそうだ。これ以上、この話をしても、彼女たちが混乱するだけだと悟った。それでも、斎藤に何が起こったのか、それを知りたい。
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