第13話「誰か」

 風邪をひいていた子竜看病して、私が徹夜することになり明けた朝。


 子竜守として出勤するよりも、かなり早い時間からジリオラさんが様子を見に来てくれて、体調が良くなった子竜のお世話を引き取ってくれることになった。


「おや……熱も下がって、すっかりと良くなったみたいだね」


「はい。良かったです」


 本当に良かった。風邪で死ぬなんて大袈裟な……と、子育てをしていない人は思ってしまうかもしれないけれど、必要な栄養が補給が出来なければ、か弱い赤ちゃんは死んでしまうのだ。


「そうかい。お疲れ様だったね。これから先、同じようなことがあっても、日中の子竜守だって大事な訳だから、誰かにやって貰う事になるかもしれないけど、自分がやった事があるのとないのとでは、全く事情が違ってくるからね」


「……はい。とても、良い経験になったと思います」


 私もミルクを飲ませなくてはと徹夜していたけれど、眠れなかったという事は体調が悪い子竜だって同じだった。


 止まらない荒い息を吐いて、熱も高くなり吐き気も出たのか、気持ち悪そうにしていたし、薬も効いて症状も落ち着いている今、ようやくこの子も睡眠を取ることが出来ているのかもしれない。


 かなり深く寝入ってしまっているのか、ジリオラさんが抱き上げても、反応なくすうすうと可愛い寝息を立てているだけだった。


「この子は、もう……大丈夫だろう。ただ、他の子竜と一緒にしてしまうとゆっくり眠れないかもしれないから、私の部屋にでも寝かしておくよ。ウェンディはこれから、ゆっくりと休みな」


「えっ……でも」


 ジリオラさんと私の子竜守の仕事は、命に関わることだからこそ、毎日欠かせないものだ。食事を与えて寝床を掃除する。


 そうしなければ、産まれたばかりで弱いあの子たちは死んでしまうからだ。


「……徹夜明けで普通に働くなんて、若いからって、そうそう出来るもんじゃないよ。ウェンディが倒れたら、誰が面倒を看るんだい? それに、そんな事をあんたにさせたと聞けば、流石に責任者のユーシスも怒るだろうからね。ここは私のためと思って、今日のところは頼むから睡眠を取って休んでおくれ」


「あ……すみません」


 私は多忙なジリオラさんを助けるために自分も仕事をしなければと思って居たけれど、アレイスター竜騎士団は、王よりカートライト団長が任されている。


 だから、私が仕事中に倒れてしまって何かあれば、責任を取ることになるのはあの人なのだ。


 自分がどうしてもやりたいからと、我を通してやってはいけない事だった。


「まあ、仕事にやる気はあるのは、大いに結構だけれどね……という訳で、ゆっくり眠ってから食事を取っておくれ。あんた竜騎士団に入った時期も悪かったし、ここに来てからというものの、まともに休みがなかっただろう」


「あ……ありがとうございます……」


 不意に眠気を感じて欠伸をして反射的に目を擦ってしまった私がお礼を言うと、ジリオラさんは何も言わずに片手を振って、部屋を出て行った。


 ここ一ヶ月半ほど子竜守を始めて深夜と早朝にミルクを与えなければならないために、睡眠は四時間取れれば良い方だった。


 そして、日中はあれこれと子竜守の仕事を済ませていたら、時は流れるように過ぎてしまう。


 張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのか、強い疲労を感じた私は子竜が使っていた寝藁の上に腰掛けて、ほんの一瞬だけ目を閉じようとした。


 パッと目を開けるとそこはベッドの上で、横になっていた私の上には、ふかふかとして温かな毛布が掛けられていた。


 それは本来なら竜の卵の孵化に使う毛布で、一定の温度に保たれるような魔法が掛けられた毛布だ……ジリオラさんがここで働く誰かにベッドの上に運ばせ、私の上に掛けてくれたのかもしれない。


 まだまだ覚めやらない微睡みの中で、なんとなくそう思ったけれど、疲れ切っていた私は、最近取り切れてない睡眠を貪るように、夕方まで眠ってしまった。


「……あ。ジリオラさん。こんばんは。あれからずっと眠ってしまっていて……今、起きたところです」


 久しぶりにまとまった睡眠が取れて、私はいつになくすっきりとした気持ちになっていた。食堂に向かえば、ジリオラさんがちょうど食事を取っていたので、彼女の隣へと座った。


「おや。おはよう。良かった。だいぶ、疲れも取れたようだね」


「はい。ありがとうございます。今日ゆっくりすることが出来たので、明日からまた頑張ります。あ。それと……毛布もありがとうございました。よく眠れました」


「……何のことだい?」


 お礼を言えば彼女は不思議そうな表情になったので、私も首を傾げて頷いた。


「私をベッドの上に寝かせてくれて、毛布を掛けてくれたのは、ジリオラさんではないんですか?」


「いや、それは違うよ。誰だろうね。竜舎の中に入れる役職は、限られているはずだけどね……」


 もし、ただ自分がベッドの上に移動していただけなら、意識のない時に移動したと思えたのかもしれない。


 けれど、あの毛布は誰かが意図的に持って来てくれて、眠っている私の身体の上へ掛けてくれたはず。私が眠りながらも歩いて、物置にまで取りに行っていないのなら。


「あれ! ウェンディ。ジリオラ。君たち二人がここに揃っているなんて、なんだか珍しいね」


 セオドアが私たちが、食事を取っている卓へとやって来た。カートライト団長も一緒だ。


「今日は、ウェンディがお手柄だったからね。風邪をひいた子竜を、徹夜で看ていてくれたんだよ。それで、今日は夕方まで眠って貰っていたって訳さ」


 これまで私たちはいつもは交替で食事を取っているので、同時に見掛けないのは当然のことだった。


「そうなんだ。ウェンディって、本当についこの前まで、優雅で高貴なことが美徳な、貴族令嬢だったの? 疑わしいよ。あまりにも逞しくて」


 セオドアはそう言って私を見て肩を竦めたけど、私はそれに対し苦笑してしまうしかない。


 ここで働きたいと言った時に協力してくれたセオドアは、これまでの行動や言動を考えれば、私がもっと落ち込んだり辛そうにしているところを見たかったのだと思うけれど、そんな彼の期待に応える義務もないもの。


「女の子が逞しいのは、大いに結構じゃないかい。めそめそうじうじしている面倒な子より、私は大分好きだね」


「わかってないなあ。ジリオラ。守ってあげたいくらい、かよわい女の子の方が可愛いに決まっているよ。ねえ。ユーシス」


「俺は……」


 団長は不意に私を見て、言葉を止めた……驚くほど、綺麗な青い瞳が私を見つめている。


 ……なんとなく、この前に会った彼の竜ルクレツィアの瞳にも似ていると思えた。色は全く違うけれど、浮かんでいる光が同じように思えて。


「……どちらかというと、逞しい方が良い。何も言わずに、泣いているだけでは困る。何かやりたい事、言いたい事があるなら、はっきり言ってくれる方が好ましい」


 そう言って、彼は食事へと目を戻した。


 そうなんだ……団長って、そういう女性が好みなのね。こんなにも素敵な人なのに女性との噂を聞いたことはないけれど、もしかしたら、男勝りな性格の婚約者でも居るのかしら。


 高位貴族なら幼い頃から婚約者が居る男性も多いし、団長も決まった女性が居て、その方について語っているのかもしれない。


「えー。ユーシス。君って、わかってないんだね。不器用な子が守ってあげなきゃと思うから、可愛いんじゃないか。わかってないよ。本当に」


「セオドア。ユーシスが自分の考えに同調しないからと、何を言っているんだい。見苦しいねえ……あんたってそういう所さえなければと思うよ。残念だ。顔は良いのにね」


「僕は、顔も良いだよ。ジリオラ。助詞を間違えているよ」


「はいはい。顔は良いよね。それは、私だってちゃんと認めてあげるよ」


「だからー!」


 団長は仲の良さそうな二人の会話には、全く興味なさそうな何処吹く風な様子で食事をしていた。


 そんな彼を時折盗み見て、団長は美形らしいと国で噂になっても仕方ない素晴らしい容姿をお持ちなのよねと、私は密かに思っていた。


 ……あ。そういえば、団長。私とこの前に歩いた時に『女性と歩くことがあまりなく』って、言ってはいなかった?


 ということは、団長には仲を深めるような婚約者も居ないのかもしれない。それに、恋人の関係になられるような女性も。


 こんなにも素敵な男性なのに、それは何故なのかしら……いえいえ。それって、ただの部下でしかない私には、何の関係もないことなのだけど。

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