第5話 そこはまるで平安時代だった! By扶久子

 その場所は泡沫夢幻堂ほうまつむげんどうの隣にあった縁結びの神様が祀られているという朱鷺羽ときは神社の境内。

 建屋から少し離れた広い敷地だった。


 そしてそこには何と!絵巻物に出てくるような人々が大勢いた。

 公達きんだち姿の人やまるで下働きのような格好の人、そして壺装束つぼしょうぞくの女性が数人?(※壺装束つぼしょうぞくとは、平安~鎌倉時代に貴族の女性が旅をする時に着用していた衣装のことである)

 何故か、牛車までもがその場にあって小道具まである。

 なんだか、帝姿の人とかいたらお雛様の十段飾りとかできそうである。


 あれっ?でもやっぱりおかしい!今日は写真館に着物体験に来たのは私と亜里沙だけだった筈である。

 このイケメンの公達きんだちのお兄さんだけならまだしも…。

 それに写真撮影でパンフレットにのっていたのは十二単体験だけだったはずだ。


 それに皆、時代がかった服装のわりに良く見ると少々薄汚れている気がする。

 今の地震で転んだりして汚れたにしては中々年季の入ってそうな汚れ具合だ。

 何か生活感?さえ感じる。はて?


 公達きんだち姿とか、ましてや下働きの格好なんて…あ!もしかして何か映画とか大河ドラマの撮影でもあってエキストラが出ていたのだろうか?とそんな考えがよぎった。


 そして再び地鳴りがして振り返ると建物が崩れた!

 雷による火が回り建物が崩れたのだ。


「きゃあああっ!」


 私は地面の揺れにその場に転びそうになったが、先ほどの公達きんだち姿のお兄さんがすかさず手を伸ばし支えてくれた。


「危ないっ!」

 そう言いながら超絶イケメンの公達おにいさんは庇うように私の肩と腰をしっかりホールドした。


 ち!ちちち!近いっ!

 男子との至近距離に免疫のない私は変な嬌声をあげてしまった。

 扶久子十五歳!彼氏いない歴は歳の数!男子に免疫などある筈もなく!


「ひゃわぁあぁぁぁ!」


 それはもう、素っ頓狂な間抜けな声を挙げてしまった。

 その私の声に公達おにいさんはさっと手をひく。


「す、すまぬ!」


「い!いえっ!支えていただいたのに変な声を出してすみません」

 私がそう言うとそのイケメン公達おにいさんはちょっと驚いたような表情をしたかと思うと私とばっちり目があった瞬間、なぜか真っ赤になってうつむいてしまった!


 えっ?ちょっ!

 何か怒らしちゃいましたかっっっ?真っ赤になるほど?

 はっ!もしや!?『不細工が支えてやったのに何、意識してんだよば~か!』とか思われちゃった???


 『いっやあぁぁぁぁぁ!』


 …と、まぁ、そんな風に自虐的な事を考え落ち込んでいる間にいつのまにか落雷による建物の揺れも収まり、お互いハッとしてぱっと離れた。


 そして私は、せっかくこんな男前イケメンとお近づきになれたのに私の馬鹿ぁああああ!と、ひたすら狼狽えた。


 いや、まぁね。こんなイケメンと自分がどうにかなろうなんておこがましいことは一ミリも考えちゃいないけどね?って、あたし!一体全体だれに向かっていい訳してるんだ?


「あ…あの、さっきの変な声は、その…驚いだけで、あのっ」としどろもどろにいい訳すると、それを遮るようにイケメン公達おにいさんが言葉を放った。


「姫君が詫びる事など何もない!わたしのような醜い…むくつけき男が、近づけば悲鳴をあげるのは当然だ。むしろ申し訳なかった!」


「ええっ?貴方が醜いって?何それ!嫌味ですか?そんなにイケメンなのに」

 私は笑えない冗談だなと思いつつ苦笑いをしながらそう言った。


「嫌味?イ…イケメンとは?」とそのイケメンは何かわからないという顔をした。


 へ?『イケメン』って方言だったっけか?


 いやまぁ標準語って訳でもないかもしれないけど、今どきカッコいい男子の事はみんな『イケメン』っていってるじゃんね?イケてるメンズ!イケてる面貌めんぼう!略してイケメン!

 日本全国の共通語だよね???


 なに?京都じゃそんな言葉使わないってか?んな訳ないよね???

 と混乱した。

 すごい真面目な顔してからかわれてるのかな?と思ったが本当に意味がわからないという顔だ。

 これが演技なら主演男優賞ものだ!いや、男優かも?やっぱり何かの撮影なのか?


「もう!イケメンっていったら、物凄く男前って事に決まってるじゃないですか!」


 そう言うとそのイケメン公達おにいさんはとたんにまた真っ赤になった。

 やだ!このイケメンの沸点がわかんない!そんなに失礼な事言ったつもり無いのにまた怒ったの?

 あ、そうか!ひょっとして『お前みたいな不細工が何勘違いしてるんだ』って感じ?


 くっ!イケメンなのにちょっと残念な性格なのかな?

 ふんっ!失礼しましたねっっ!だわよっ!


 そして私は、何だか少し腹立たしくなったけど、そんな不細工な私を咄嗟に庇ってくれたんだから悪い人じゃないんだよね?ちょっと?だけで…と思いなおした。


「っ!ごめんなさいっ!あの、怒らせる気なんて全くなくて!そうですよね!わたしみたいな不細工にそんな事言われたら気色悪いですよね」となんか自虐的な事を言ってしまった。

 くっ、自分で言って凹むわ!

 これが亜里沙だったらこの人も怒るんじゃなくて照れちゃうんだろうけどなぁ~なんて事を思ってしまった。


 するとイケメン公達おにいさんは、心底驚いたように目を見開いた。

「何を馬鹿な事を!」


「は?」


「わたしは貴女ほど美しい女人にょにんを見たことがないと言うのに」


「はぁあああ?」

 その真剣な嘘偽りなさそうな言い様に私は今度は呆れたような大声をだしてしまった。

 私は思った。

 (何、こいつ、真面目な顔して喧嘩売ってんの?)と!



 そう、私はこの時まだ気づいていなかったのだ。

 ここが自分がさっきまでいた世界ではなかったという事を…。

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