第3話 掛け軸の姫と落雷 By扶久子

 撮影も終わり、亜里沙と私はこの後どうしようかと話していると、おばさんが不意に何かに気づいたように私の真正面に来て声をかけてきた。


「じろじろ見てもうて堪忍な?いやね…なんや最初会ったときから、嬢ちゃんどっかで見た事あるような気がするなあと思てて…あっ!そや!嬢ちゃん、あれやわ!境内の方の建屋に飾ってある掛け軸のおひぃさんにそっくりなんやわ!」


おばさんの言葉にスタッフのお姉さん達も私の顔を改めてまじまじと見直した。

(ううっ!何か照れる?)


「ああ!ほんまや!ほんまや!私も何か見た事あるような気がしててん!」


「いや!ほんまや!似てるぅ!」


「そやろ?ちょうど今着てる唐衣も掛け軸の絵とよう似てるしぃ!ちょっと加奈ちゃん!あんた、撮影済んだら、連れてったって見せたりぃな!」と、女将さんが亜里沙をメイクしてくれていたお姉さんに言った。


「ええっ?女将さんかまへんの?」


「かまへんかまへん!今日はどうせこのお客さん二人しかおらへんのやし、神社の方にこの恰好でつれてったりぃな」


 スタッフのお姉さん達とおばさん(実はこの店の女将さんだったらしい)が、がんがん話を勝手に進めて私達はこの姿のままスタッフのお姉さんの案内で、その掛け軸とやらがある神社の建屋の方まで散策できることになった。


 思いがけないが、それほど似ているなら是非とも一目拝んでみたいものである。


「おもしろ~い!ねぇ、そんなに似てるんだったら掛け軸の横に扶久が並んだとこ写メ撮ってあげるよ!」と亜里沙が、携帯を鞄から取り出してきた。


「あっ!いいね!じゃあ私もっ!お互い撮りっこしょうよ!」そう言って私も自分の鞄からスマホを取って胸元に差し込んだ。

 ちょうどスマホカバーを昨日、ホテルのロビーの土産物コーナーで買った京風の和柄の布地の物にしていたので、胸元から少しはみ出した部分も着物の雰囲気を壊すこと無くいい感じである。


「あら!いいわね。そのカバー!あたしも明日探してみよう!」

「うん、ホテルのロビーで買ったんだけど色んな機種のサイズで色々な柄があったよ!」


 そんな事を言い合いながら私達はわたり廊下を伝って神社の建屋の方へと案内されたのだった。


 ***


 そして掛け軸を前にして亜里沙が仰天の声をあげた。


「うっわ!ほんとに似てる~!ってか、まんま扶久だよね?」


「んな訳ないでしょう?ん?っ…でもホントに似てるかも?しかも着物の柄まで似てるよね?」


 写メの自撮りモードで自分の十二単姿とその掛け軸の絵を見比べつつ思わず呟く私。

 何というかたまたま選んだ装束の柄とか色合いも何だか似ているのだ。

 まぁ、掛け軸の絵の方は大分くすんだ色合いなのだが…。


「そやろ?ほんま、やっぱりよう似てはるわ!この掛け軸の絵は正真正銘、平安時代からこの神社に奉納されてる物の写しやから、案外嬢ちゃんのご先祖様やったりしてなぁ?京都に親戚とかいはるんちゃうのん?」

 私達を案内してくれたスタッフさんが溜め息をつきながらそう言った。


「え?写しって本物じゃないの?」


「ああ、そりゃあ本物は大事に宝物殿の方にしもてるんよ。これはレプリカっちゅうやつやわ。色みも本物そっくりなんよ」


「「へぇぇぇ~」」


「あっ!ほらっ!扶久っ!その掛け軸の横でおんなじポーズとってほらっ!写メ撮ったげるよ!インスタ映えするよ~っ!」


「えっ?そ、そうかな?えっとこう?」


 そう言いながら掛け軸の絵をまねて掛け軸のとなりに同じポーズで扇を口元に添えつつ座って見せる。

 うん、私も結構ノリノリだよね?

 そんな事を思いながらお互い写メし合っていたその時だった。

 ゴロゴロと何やら遠くの方から雷らしき音が聞こえた。


「あれ?雷?雨降ってないよね?」

「うん、雨音はしてない。でも何か急に暗くなってない?」

 気がつくと明かりとりの窓からの光が陰り室内は薄暗くなっていた。


 そして何やら不穏な音と共に明かり窓からピカッという稲光が見えた瞬間!

 光とドォォォォン!という音が同時に放たれような衝撃が響いた!

 

「「「えっ?雷っ?」」」

「「「きゃぁあああ」」」


 突然の激しい光と衝撃に私達と一緒にいたスタッフさんは同時に声をあげた。


 落雷だ!

 雷がよりにもよって落ちたのだ!


 そして、その衝撃に上から天井のはりが落ちてきた。

 そう、ちょうど亜里沙と私の間にである。

 とたんに凄い粉塵ふんじんが舞い上がり前が見えなくなり私の視界から亜里沙とスタッフさんの姿が消えた。

焦げた匂いと煙と粉塵が舞い上がる!


「えっ?やだっ!亜里沙!亜里沙!大丈夫っ?げほっ!んっ!まっ!亜里沙ってば!返事してよっ!」


 どうなったのかはりの下敷きにはなってはないとは思うものの返事がない。

 私は慌てて落ちてきたはりを乗り越え辺りを見回すが人影も見当たらない。


「え?何?やだ!どういう事?」

 まるで自分一人しかそこにはいないかのように亜里沙やスタッフさんの気配がのである。


 まだもうもうと立ち込める埃の中口を押えながら目を凝らすが二人が倒れていたりはりの下敷きになっている様子もない。

 本当に『いない』のである。


 私は怖くなって震えた。


 パチパチと木材が燃える音が聞こえる。

 じわじわとくすぶるように火が回り始めているようだ。

 まだ崩れてくるかもしれない。


 二人は一体どこに?

 建物の外に咄嗟に避難した?

 いや、が声もかけずに自分を置き去りにして行くなど考えられない。

 だって亜里沙ときたら本当に私の事が疑い様のないくらい大好きなのだから!

 

 だが、今ここにいないのも事実である。

 全く気配すら無いなんて。

 全くの一瞬の事なのにだ!


 まるでこの世界から自分以外の人が消えてしまったかのような感覚に陥りぞっとした。


 私はともかく冷静になろうと努めた。

 とにかく二人はここに居ないのだから自分も火が回る前に外に出なければと、わたり廊下の方まで戻って外に出ようと考えた。

 屋根が落ちて来たらそれこそ大変だ。


 もしかしたらそう判断したもののスタッフさんが慌てて近くに居た亜里沙の手だけ引っ張って行っちゃって亜里沙も気が動転してて声も挙げられなかったとか?そういう事かも…と努めてポジティブに考えた。


 そして私は壁伝いに外へ出る為に来た道を戻って行った。

 渡り廊下のところまで戻ればそこから外に避難できると思ったのである。

 案外、外に出たら二人ともばったり!なんて事になるに決まっている!そう無理矢理にも考えて…。

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