第2話 泡沫夢幻堂 By扶久子

 その日は、もう十一月だと言うのに、やけに暑かった。


 修学旅行二日目、楽しみにしていた女子達だけのコース。

 着物体験で『舞妓体験』と『十二単体験』がある中、十二単体験の方を選んだのは私と私の趣味に合わせてくれた亜里沙の二人だけだった。


 他の女子は皆、着物姿のまま京都の町をお散歩できるという舞妓体験コースを選んでいた。


「はいはーい!女子達~!こっち向いてちょうだ~い?」


 副担任の五十嵐先生(女性教諭)がパンパンと手を叩いて女子達に呼びかける!

 男子達はすでに二グループに分かれ、担任の須藤先生(男性教諭)の指示の元『刀鍛冶体験』と『忍者体験』の方に出かけた後である。


「着物体験を選んでる子達は二人一組で、指定の写真館にいってね!撮影がおわったら、三時までに着替えて集合場所であるこのホテルのロビーに戻ってくる事!いいですね~?」


「「「「はーいっ!」」」」


 私と亜里沙は早速、修学旅行の栞とガイドブックを小さめのショルダーバックに詰めて写真館『泡沫夢幻堂ほうまつむげんどう』を目指した。

 隣に大きな杉の木がある古い神社の隣にあるという。

 このホテルから歩いて十五分ほどらしい。


 方向音痴な私は、こんな時いつもしっかり者の亜里沙に頼りっぱなしである。

 亜理沙は本当に頼もしい!

 …というか、物心ついた頃からずっと亜里沙に世話を焼かれて甘やかされてきた私は、もはや亜里沙なしでは一人で生きていけない気がする。

 逆に亜里沙さえいてくれたら何処ででも生きていけそうな気がするから私も大概、亜里沙に依存しまくりなのである。


「あっ!あった!あった!きっとあれよっ!」

 確かに大きな杉の木のある神社の隣に古ぼけた木の看板に『泡沫夢幻堂ほうまつむげんどう』と書かれたいかにも古めかしい感じの写真館がそこにあった。


 そして、その建屋たてやは、どうやら神社の境内とも内側の庭の方で繋がっているようだ。

 しかし、どうにも他のお客さんがいる気配がない。

 やはり着物を着たまま散歩もできる『舞妓体験』の方に皆、行っちゃっていて『十二単体験』の方には、あまり客がいないのだろうか?


 そんな事を思っていると中からお店の人らしき人が出てきた。

 中年の着物姿のおばさんだ。


「ああ!修学旅行で予約してきた中学校の生徒さん達どすか?」


「「えっ?あ、はいっ」」と私と亜里沙が同時に答える。


「ああ、どうぞどうぞ~!実は今日はお二人さんだけなんですよ。なんだかんだ言うて日に二十人くらいはお客さんがはるんやけど、今日はたまたま団体さんの予約がキャンセルになってもうてねぇ。その分、着物もいっぱい選び放題やから、ゆっくりみれるしね?さぁさぁさ!入って入って~」と、おばさんが中へと案内してくれた。


「やった!ラッキー!」と亜里沙が両手をパンと打ち合わせて喜んだ。

 私も何だか得した気分だ!写真館を二人で貸し切ったようなものだものね♪


 中に入ると数人のスタッフさんが居て、かつらや着物の説明をしてくれて、まずは自分の着たい着物を選んだ。


 亜里沙は季節に合わせて萌黄と薄萌黄色の合わせのものを選び、私は季節に関係なく好きな色で淡紅、萌黄色の合わせの春っぽい桜の花のイメージのものをチョイス。


 十二単と言っても本当に十二枚も着る訳では無い。

 幾重にも重ねるのでそう呼ばれているだけである。

 それにここの着物は撮影用の作りなので、襟元だけ重ね合わせて縫い合わせてあって簡単に着付けが出来る仕様になっていた。

 情緒には欠けるが修学旅行の自由時間は短いので時間短縮が出来るのはありがたい!


 この十二単体験は舞妓体験のように外には出歩けないが、メイクに入る前にサービスで和菓子と濃茶まで振る舞ってくれた。

しかも、この写真館と隣の神社の建屋にも渡り廊下でつながっっていて、今日は二人しかいないし、特別に着物を着て建屋の中だけなら神社の方まで出歩いてみても良いと言ってくれたのである!


 自分達でスマホで撮ってもいいというので、私達は大喜びした。


「まぁ~っ!やっぱり若い子は白粉おしろいのノリもええわぁ~」

「ぴっちぴちやわねぇ!中学生やて?お肌つるつるやしぃ~」とスタッフのお姉さんたちがはしゃぎながら念入りにメイクしてくれた。


 最初は、真っ白けにされて「げっ」とか思ったけど目の縁や、唇に紅が入るとそれなりに綺麗に見えるから不思議である!


「まぁあ、嬢ちゃん!あんさん、めっちゃ似合うてはるでぇ!」

「ほんまほんま!ほんまもんの御公家おくげのおひぃさんみたいやわ!」

 メイクを施してくれたお姉さん達が口々に誉めそやす。

 さすが客商売!プロだ!何てのせ上手なんだと感心する!

 私のような下膨れちゃんにまで心からの賛辞のような熱のこもった『お世辞』に私は感心した。

 サービストークだとは思ってもその褒めようについつい私の顔も笑顔になった。


「あっ!ほんとだっ!扶久、可愛いっ!ってか綺麗~!」と横でまだかつらをつける前の亜里沙までもが褒めてくれた。


「う~ん、私はイマイチだなぁ~?扶久ほどしっくりこないや!」といつもなら自信たっぷりの亜里沙がため息をついた。


「ええ~?そんなこと無いよ。亜里沙は元々美人なんだから何でも似合うよ!」

 そう言いながらも正直、この十二単に関してだけは、ちょっと自分の方が似合ってるかも?と思ったのは内緒だ。

 華奢で背の高い亜里沙には少しばかり違和感があったのだ。

 でも、素が超美少女なんだし普段の格好が超絶にあっているのだから、そんくらいいいじゃないかと思ったりもしてしまった。


「ほんまほんま!確かにこっちの嬢ちゃんは和装より洋装の方が似合うんかもしれへんけどかつらまでつけてもたら、どこの女優さんかと思うで?二人ともように似合うてるわ!」と、スタッフのお姉さんが満面の笑顔で私たちを持ち上げる。


 そして衣装も鬘も化粧もばっちり済ませるとお姉さんたちが言ったように亜里沙はすっごく綺麗になった!

 う~ん!やっぱり美人は何着ても美人なんだよね!と素直に感じた。


 しかし、自分で言うのも何なのだが私もこの十二単姿はこれまで来たどんな服よりも似合ってるなと思えて、ちょっとばかり嬉しくなった。

 浴衣や正月の御振袖よりもいい感じの仕上がりにスタッフのお姉さんたちや店に招き入れてくれたおばさんにも大絶賛され私はかなりいい気分になっていた。

 ほんとに褒め上手だ!こういうのを”褒め殺し”って言うのかな?勘違いして己惚れてしまいそうである。


 撮影は数ショット撮ってもらって直ぐに終わった。

 すぐにもCDに焼いてくれるらしい。

 プロが取ってくれた画像だし楽しみだ!


 ***


 そう、この時はまだ確かに…

 私達は日本のにいたのだった。

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