ラスボス勇者
@sayaji
第1話 群の勇者
真っ黒な雲と赤い空が覆う夜。
地上は見るも悍ましい光景が広がっていた。
地平線まで埋め尽くされる何十万もの群れ。大小さまざま、姿形もさまざま。その行軍は巨大な蛇が這うかのように。
そして人間ではない。
群の傀儡と呼ばれる異形の怪物。それがこの列を構成する正体。
蛇の頭に位置する場所。つまり先頭で行われているのは、戦争という名の一方的な虐殺劇。
大きな要塞都市であっただろうそこは、瓦礫と火の海に包まれている。
人海戦術。終わりが見えない数の暴力。相手はその押し寄せる波に耐え切れず飲み込まれたのだ。
統率を失った軍など烏合の衆でしかない。崩壊した都市に住まう全ての生物は傀儡に残らず捕食され、彼等という軍勢を保つ為の食糧になるのだ。
そんな地獄の光景が繰り広げられている中で、群れを率いる司令塔は何処にいるのかと言えば、ずっとずっと遥か遠く、世界を跨いだ場所の真っ黒な空間。
そこで遠見の魔術を使い戦場を俯瞰していた。その目付きは無感動で冷徹そのもの。
群の勇者ーー群司セイシロウ。周囲からは成果もあげれない無能。戦場に出ずにこそこそ身を隠している卑怯者。勇者の資格を名乗れない男と評された人間である。
だが彼はその悪評を見返すことは絶対しない。むしろ喜んでそれを受け入れている。
その誰もが彼に呆れて求めず、路傍の石ころにしかならないと見向きもしない状態が彼の戦いにとって最も重要だからだ。
「要塞も陥落。あとは自由にさせていいな」
「……でもセイシロウくん、もしかしたら敵の増援がやってくるかもよ?」
「ヒナコ。陣地が崩壊した彼処で、俺達の軍勢と戦うのは無謀だ。それなら撤退して兵を蓄えた方が利口だと馬鹿でもわかるさ」
「ご、ごめんねセイシロウくん。でも無望な攻撃を狙って来る可能性があるかもだから……」
「ああ、確かにその線はありえるな。だけどそれらしき奴等が街から出ていくのは確認済み。ソフィアが建てた計画通りだ」
セイシロウが座る場所の対面に座る小柄な少女。少しナヨナヨした陰気な雰囲気を漂わせ、彼の顔をちらちらと窺っている。
陰の勇者ーー陰宮ヒナコ。群司セイシロウと行動を共にする勇者の一人。無能と評される彼と一緒にいる彼女もまた風聞は良くはない。
だがそれでいい。それこそが彼等の戦い方。
彼等には他の勇者よりも劣る部分がある。
それは戦闘向きなスキルを持っていないこと。
戦場の前に飛び出て民草の為に絶大な力を振るう。人知を超えた戦士としての活躍が彼等にはできない。
むしろサポート的な力。隠蔽や足止めといった補助的なスキルが彼等が得意とするもの。
セイシロウの能力は群を率いる力。群れという軍団を指揮する能力と配下を作る能力。
これだけ聞くと何とも自由度の高い圧倒的チート能力だがーー
「……相変わらず、自由にさせると共食いを始めるか」
遠見で映るのは、彼の指揮下から解放された巨大な傀儡たち。統制が取れていた彼等は、自由になった途端に本能のまま近くの仲間を捕食し始めた。
「しょうがないよ。人食べるより、大きな魔力の塊を食べる方がお腹いっぱいになるもん」
「豆より大きな肉塊が魅力的か」
群の傀儡はセイシロウが製造した、身体を魔力で構成した人工生物。つまりは動く魔力体。
彼等は活動しているだけで構成物質の魔力を消費していく。ならば生きるために魔力を取り込む必要性がある。
だからより長く生きるため、仲間を食べたほうが効率が良い。
また本能のまま生きているので、敵味方の識別なんてつくわけもない。
何なら巨大な魔力を持つ他の勇者とかち合えば、同士討ちをした人類の敵という汚名を戴けるであろう。
これが彼の能力のデメリットの一つ。他にもまだあるが、一番大きいのはこれ。
「まあいい。この攻撃で魔界のリソースを大量入手できたから結果は黒字だ」
「そうだね。これで色んな計画の進捗が進む。ここまでちょうど一年だよ、長かったねセイシロウくん」
「ああ、ようやくだ。この一年でようやく始められる」
明るい雰囲気で醸し出しながら物騒な事を話す二人。
彼等にはもう映しだされている惨劇なんぞには関心がない。それどころかこれからの予定に対して思いを馳せるのに意識を集中させていた。
もうやる事は終えたとばかりにセイシロウは遠見の魔術を消して、ゆっくりと立ち上がる。
「繋がりは切った。片付けを済ましたら、ソフィアの所に行くぞ」
「うん、わかった」
ヒナコが指を鳴らす。すると黒一色で覆われていた世界が一変し、そこには朝日が照らす小汚い宿屋の一室となった。
これは彼女の保有する能力で創り出された『陰の世界』。世界の陰を亜空間にして潜むという規格外な能力。
陰の勇者ーー陰宮ヒナコが持つ生存特化の力。
逃走や潜伏に特化しており、相手から隠れるという点なら他の追随を許さない。無論、彼女の能力にも弱点はあるが。
化け物の群れを遠方から操る司令塔とその指揮官を徹底的に隠し、最悪の事態になれば安全に撤退できる術者。色んな意味で相性が良すぎる凹凸コンビ。
そして徹底された目立たない行動。振りでも何でもない、一般庶民に紛れて人目につかないように生きる生活。
それを息をするかの如く日常的にこなすので、彼等は勇者ではなく大衆の一市民という立ち位置に収まっていた。
「行こうか」
「うん!」
外套を纏い、魔力等の痕跡を消しながら足を運ばせる。
部屋の窓から見える景色は、遠見で起きている地獄とは真逆の活気付いた市場と人々であった。
◇
かつてこの丘から見える街並みはとても美しかったらしい。
堅牢な外壁の中で栄えた要塞都市カノン。中央にある不落と呼ばれた白い城塞が、この街を象徴するシンボルであったと言われている。
歴史も古く、何世紀も数多の戦争で侵攻されてきたが一度と足りて陥落したことはなかった。
その功績からカノンに住む民は、『我らカノンを落とせるものなし』なんて誇りを抱いてすらいた。
だがそれも昨日までの話だ。
赤黒い雲が空を覆い、雲の中で雷が渦巻いている。
光り輝く無数の粒子が、雪のように降り注いでいる。
粒子で汚染された漆黒の大地が全てを埋め尽くしている。
膨大な魔力の波動が大気と衝突を繰り返して起きる『死神の雪化粧』と呼ばれた現象。
しかしこれは普通では起こり得ない異常事態。
何せこの現象が記録された書物は数少なく、それが記述されているのは神話や聖典の類。それも終末戦争での項で記されたもの。
つまりは神様レベルの話で、起きたとされる不確かなもの。それが今まさに目の前で発生している。
しかし、今やこの世界にとっては日常風景とも言える天気となっている。
現在進行で終末が訪れているのだから。
ーーああ、私たちは終わりなのか。それならば……いっそのこと……
「マルテ将軍。お気を確かに!」
隣に侍る臣下の言葉で正気を取り戻す。
そちらに目を見やれば部下が顔をくしゃくしゃにしながら、彼女の腕を掴んでいた。
気付けば己は崖から落ちる一歩手前。危うく落下するところだ。
「まだ希望はあります。一度、首都に帰還し各国と連携を取って対抗策を練りましょう!」
「そうだな。まだ間に合うはず……」
「そうです! 私達はまだ……まだ終わってません!」
彼等は地獄と化している要塞都市カノンを遠方の崖上から胡乱気に眺める。
炎が巻き上げる中、闊歩するは見たこともない生物たち。
小さいのでも家よりもでかく、最大は山よりも巨大。
人型、動物、虫、軟体。集団で動いているのに統一感もない。
そして生物に不必要なパーツがある個体が多く、キメラのような異質さを感じられる。
ちょうど周りの仲間もろとも街を踏み潰している最大個体の悪夢ーー厄災級がわかりやすい。
何十の巻角が生え、平たい顔に無数の目玉が付き、身体は羊のように毛で覆われ、四足は鶏のような形で、尻尾はドラゴン、鳴き声は山羊。そして口から山を貫通し、着弾地点にキノコ雲を発生させる熱線を放っている。
大よそ生物として歪な化け物。
そんな怪物どもが街を荒らしている。
我々は、あれに対抗できるのだろうか。
「もう一年か……」
「……そうですね。予言の日から一年です」
予言。それは魔界に住む彼等が最も恐れていた事態。
四年前に預言者である星魔の巫女から告げられた言葉。
『これより三年後、かの人界より我等の世界を踏み潰すものが終末を率いて現れん』
人界。それは此方を魔界と呼んでいる世界。魔素の濃度や人種に生態系が違う場所であり、太古の昔から侵攻したりされたりを繰り返して争い合ってきた。
また人界の国々は、卑劣な召喚魔法で異世界から勇者を呼び出す姑息なことをしている。
勇者。そう勇者だ。
異世界の人間。人界に来ると共に強い能力を保有して現れる存在。
預言の日は人界で勇者召喚の儀式が行われていた。
即ち『踏み潰すもの』は勇者であり、あの軍団の親玉は勇者というのが現在の定説だ。
何せ預言の日から数週間で此方に化け物どもが現れ、この一年で世界の二割を失い、数十の国が滅んだ。
悪夢というべき終末。これまでの勇者とは毛色が違いすぎるが、特異な能力を持つ彼等の仕業だと思えば納得がいった。
だから血眼になって元凶の勇者を魔界中で探しているが、そのような存在は未だ見当たらない。
それどころか我等の劣勢を人界の国々は勘付いてすらおらず、人界に駐留する我等の軍勢へ、召喚した勇者を使って小競り合いをしている真っ只中。
ではこの化け物たちは何なのか、どこから生み出されているのか。そして魔界にもいるだろう人界側の間諜も、どこに行ってしまったのか。
もしかしたら『踏み潰すもの』は
その予想が合っているのなら人界も死の嵐が巻き上がるだろう。体験したこともない夥しい犠牲者を出しながら。
こちらと同じ地獄が誕生するであろう。
『踏み潰すもの』は我々との対話を望んでいない。こちらの全てを絶滅させることだけが目的だ。
かの軍勢が通過した災厄の跡地で生物は存在しない。
辛うじて襲撃前に離れれば助かるが、隠れてやり過ごすことは不可能。奴らは何らかの感知方法で正確に獲物を発見して殺し尽くす。
ゆっくりとしかし確実に我々を追い詰めながら殲滅していっている。
今までの人界との戦争は、今回のに比べればもはや児戯に等しい。これは魔界の全生物と『踏み潰すもの』による生存競争。どちらか一方が滅びなければ終わらない絶滅戦争なのだから。
「諦めてたまるか……」
部下の覚悟に満ちた呟きが諦観気味であったマルテの心を浮かび上がらす。
そう、まだ自分たちは死んではいない。生きているのだ。ならば立ち向かい続けられる機会は残っている。
諦めなければどんなに絶望的であろうとも可能性があるのだから。
燃え上がる炎と共に怪物たちの鳴き声が木霊する。
その嘶きはマルテたちの心身を震わせるが、それは果たしてどのような感情からくるものだったのか。
「諦めない、決して……!」
未来での彼等の行く末のみが知る。
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