神サマ殴るまで死ねない
固定標識
第1話【鳥葬】
無風の花園の中心で目を覚ます。
しかし突然の意識の覚醒に追いつけず、身体は持ち上がらない。痛みとも苦しみともつかない重痒い倦怠感が頭の回転を鈍くさせて、地面に溶けてしまったかのように動けない。
不自由の鎖に縛られたまま頭を傾けて、花園を見渡す。
彼方へ、此方より。白い花は永遠に続く。道は無く、間隙などまるで──許さないとでも言うようで、感動よりも先に寒気が臓器に走った。だから嗚呼これは人の造ったものではないのだと納得すると同時に、こんな完璧な光景に人の手が介入していないハズがないとも考えていた。
混迷に視線を絡ませて、けれどもなに故か気分は穏やかだった。俺は何処へも向かわなくていいという確信があった。疲れることも嫌なことも、全て忘れて失墜してゆけるのだと、いつの間にか理解していた。
温かいお湯に浸かっているような心地だった。広い風呂で、漠然と湯気の流れを眺めている時のような特別な安寧に満ちていた。春の盛り、そろそろ暑い夏がやって来るあたりの、のどかで掛け替えのない季節。気付いた頃には見失ってしまうような刹那の温度が、此処では永遠に回転していた。秒針の音も眠ってしまって、此処の時間は目を開けない。
だから永遠の中で微睡みを繰り返して
命と動作という二つの歯車が距離を置き始めた、その頃に
現れた彼女は何者よりも派手に見えたし、恐ろしくも思えた。
俺の身体の殆どは白い花に埋もれていた。花の細い根が血管をなぞってから、一層この世界の温かな日差しを嬉しく感じるようになったのは、植物と一体になっていたからなのかもしれない。この世界が久遠の棺桶であると知ったのは、随分後のことだった。
彼女は軽蔑の瞳で俺を視る。
「この花園には──私以外は入れない」
しかし苛立ちに似た焦燥は、俺ではなく彼女自身に向けられていた。
「だから貴方は私が呼んだんでしょうね。覚えていない過去か、未来か、夢の中かもしれない」
彼女はゆっくりと膝を折る。白い花は彼女を避けて、根差した石肌を覗かせた。石の上で咲く花は、その足元とは違って柔軟に生きていた。
対照的に身動き一つ取れない俺の身体に吸い付く、その白い花を払おうとして──彼女の細い指は触れることを厭うように立ち止まる。
綺麗な顔が歪んでいた。惜しいほどに。
二度と見たくないほどに──
温かな流れに晒されて忘れていた感情の井戸の蓋が、日の光を求めて微かに震えた。
だから彼女が意を決してこの冷え切った身体に触れた時──報われるような心地に至ったのだ。何年も野ざらしにされた屍が、ようやく誰かに弔ってもらえたかのような、幸福な諦めがあった。
心臓は動き出す。
とっくに忘れていた赤色が身体を巡る。
運命の輪が廻る。
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