闇堕ちライバルキャラの二週目最強ルート

瀧岡くるじ

第1話 プロローグ

 もし、この世界が物語だとしたら――

 それが人知れず魔物と戦う魔法使いたちの物語だとしたら、きっと主人公は俺じゃない。


 この世界を守るために。名も知らぬ誰かのために命がけで戦い続ける英雄。

 苦しみながら、傷つきながら、それでも信念を曲げない正義の魔法使い。


 そんな物語の主人公のような存在がいるのだとしたら、きっと俺の目の前にいるこの男を指すのだろう。


 山門零丸やまとぜろまる


 ひたむきに真っ直ぐで、努力家で、優しくて、天才で。

 俺が必死に努力して越えた壁をひょいっと、才能だけで飛び越えていく。

 初めて会った時から気に入らないと思っていた。

 世界はコイツを中心に回っているのではないか、いつもそんな気がしていた。


 そして今、零丸と戦っている俺は、さながら主人公のライバルキャラってところだろう。


 魔法学園に入学したときには対等だった実力も、今では大きく差がついた。強敵と戦う度に覚醒し大きくパワーを上げていく零丸に、努力するしか能がない俺では勝ち目がなかった。


 才能。血筋。運。その全てで、俺はコイツに負けていたのだ。


 だが、俺が何よりも負けているのは人間性かもしれない。


 俺は……名前も顔も知らない誰かのために命がけで戦うことを最後まで受け入れることができなかった。

 強敵を前に、仲間たちは次々と死んでいった。みんな俺なんかよりよっぽどいいヤツらだったのに。

 全てがこぼれ落ちていく。友人も。先生も。初恋の女の子も。みんな、この世界を守るために死んでいった。


 でも。そんな風に守られていることに、一般人たちは決して気付かない。気付けない。

 俺は、それがどうしても許せなかった。大切な人たちの命が、自分が価値のないと思っているもののために消費されていく。耐えられなかった。


「くっ……」


 俺と零丸は、持てる力の全てをぶつけ合った。


 失ったものをどうしても取り戻したくて、俺は悪魔に魂を売り渡した。

 人間を辞め、魔人と成り果て、強力な魔法を手に入れた。

 だがそれでも、また一歩。この男には届かなかった。


 零丸の魔法が俺の体を貫いたのだ。


「一果……ッ!」


 零丸が俺の名を呼ぶ。それに応じることはできない。魔力を使い果たし、致命傷を受けた俺の命の火は今まさに尽きようとしている。


「……?」


 地面に倒れた痛みがない。身体の感覚がなくなった? いや、違う。


「はぁ……一果ぁ……」

「泣くな零丸。男前が台無し……だ、ぞ」


 倒れる俺の体を零丸が抱き止めたようだ。視界には、子供のように泣きじゃくる零丸の顔があった。


「どうして……こんなことに」

「俺の……ことなら、気にするな。馬鹿なヤツだったと……笑って……くれ」


 大切な幼馴染み。一緒に笑い合った仲間たち。散っていった恩師たち。守れなかった人たちにもう一度会いたい。一度も勝つことができなかった零丸に勝ちたい。そんな心の弱さをつけ込まれ、闇堕ちし、敵に利用された。


 そして違えた道の先で、かつて親友ライバルだった俺たちは殺し合った。


「笑うかよ! だって一果は……俺のたった一人の親友なんだから!」

「……っ!?」


 どんな罵倒よりも。どんな嘲笑よりも。


 その真っ直ぐな言葉が、俺の心を締め付けた。沢山の仲間を傷つけた。お前にだって、沢山酷いことを言った。そんな俺を……親友だと言ってくれるというのか。


「は……はは……」


 人としての器が違いすぎる。端から勝てるわけがなかったんだ。


「なぁ零丸。お……れは……どこで間違えた……んだろうな」


 結果が出なくても腐らず、折れず、ひたむきに努力していれば。俺は今でもお前の側にいられたんだろうか?


「間違えてなんかいない。お前は真面目過ぎた。優しすぎただけだ。だから死ぬな! なぁ一果。俺たちが二人揃えば、最強だろ? お前が……お前がいなくちゃ……俺はなんにもできないよ」

「駄目だ。コアが壊れたんだ。こうなれば……魔人はお終いだ……ああ、辛いな」


 ずっと思っていた。俺にはどんな罰が下るのだろうと。大好きで、大嫌いで、やっぱり大好きだった。親友の悲しい顔を見ながら逝かなくてはいけないなんて……。


「零丸……ありが……と……う」

「一果? おい一果! うああああああ」


 後悔は山のようにある。だが、零丸がいればきっと大丈夫。コイツなら、ヤツらの野望を打ち砕き、再び平和な世界を取り戻すことができる。


 親友の腕の中で、俺の意識は眠るように遠くなっていった。


 ***


 ***


 ***


「くん……結城くん」

「……むにゃ?」

「起きなさい。結城一果ゆうき いちかくん。授業中ですよ!」

「……あ?」


 ぼんやりと意識が覚醒する。どこか懐かしい木と埃の匂いに目眩がした。どうやらここは、学校の教室のようだ。だが、俺が在籍していた魔法学園のものではない。


 見たところ小学校。その証拠に、周囲は子供ばかりだ。その奥。黒板の前には怒り心頭といった様子の教師と思われる女が立っていて、こちらを睨んでいる。


「なんだ……一体どうしてこんなことに。あれ?」


 そこでようやく、自分の体が縮んでいることに気が付いた。声が幼い。声変わり前の自分の声なんて憶えていないが、おそらくこんな感じだったかもしれない。


 俺は立ち上がって改めて自分の体を確認してみるが、間違いない。体が小学生くらいに縮んでいる。


「馬鹿な……こちらを幼児化させるなんて、一体どんな魔法だ? いや。そもそも俺は零丸との戦いに負けて死んだはず……何がどうなって……ぐあっ」


 この教室の支配者と思われる女に出席簿で頭を叩かれた。この程度の攻撃でダメージを!?

 幼児化した上に、弱体化までしまったのだろうか。


「結城くん。ちょっと廊下で反省していましょうか?」

「ちょっと黙ってろ。今考え事をしている」

「ああ!? 結城、今なんつった?」

「えっと……はい。廊下いきます」

「よろしい」


 俺としたことが、すさまじい圧に屈してしまった。

 子供の体を通して見る大人の威圧感プレッシャー……凄まじいな。

 しかし元号が変わってかなり経つというのに、まだ体罰のようなことが行われているのか。そう思いつつ、俺は廊下に出た。周囲の子供たちがクスクス笑っていたが、気にならない。

 今は何が起こっているのか確かめるのが先だ。


「とにかく情報が欲しいな……」


 そう思い、学校の中を歩き回る。すると、掲示されていた校内新聞を目にする。そして、その日付を見て驚いた。


「20XX年……4月……何故……」


 それは、零丸との戦いから約十年前の日付だった。ちなみに俺の享年は18歳。


「時間が……巻戻った?」


 だとすると、縮んだこの体は丁度10歳分若返って、8歳……小学二年生の体ということだろうか?


「いやいや、どんな魔法だ?」


 とても信じられないが……とはいえ受け入れるしかない。


 この状況、確かに十年前まで時間が戻ったとしか思えない。


 しかも、記憶を維持したまま。


 どおりで見覚えがあるはずだ。

 この学校は俺が通っていた小学校で。あの教室2年1組は俺がいた教室で。あの女は担任の先生だった。

 にわかには信じがたいが。もうこれは、確定だろう。


「何故だか知らないが、俺は十年前まで戻ってきたんだ……」

「ようやく見つけたわよ?」

「げっ」


 途端、強い力で首根っこを掴まれる。どうやら担任の女に見つかったようだ。

 担任の女に引きづられて教室に連れ戻された俺は、長い長い説教を食らうのだった。


 ***


 ***


 ***


 放課後。夕日の差す下駄箱で、俺は待つ。

 もし……ここが本当に十年前なら。


 きっとあの子が現れる。


「もう! 一果ったら~!」


 声のした方を振り返る。その少女が視界に入った瞬間、息が止まった。そして、どうしようもなく泣きたくなった。


 阿空双葉あそら ふたば

 隣の家に住んでいた幼馴染みで。

 初恋の人で。

 俺がずっとずっと好きだった人で。

 零丸の恋人になった人で。

 絶対に。絶対に幸せになって欲しい人だった。


 たとえ隣に並ぶ男が俺ではなかったのだとしても。それでもずっと笑っていて欲しかった人で……守ることができなかった人。

 君の笑顔をまた見られるのなら、悪魔に魂を売ってもいいとさえ思った。


「双葉……よかった。生きて……」

「も~誤魔化されないよ! 駄目じゃない。授業は真面目に受けないと!」


 少し怒った表情のまま、幼い双葉がこちらに近づいてきた。先生から、今日の俺のやらかしを聞いていたのだろう。ぷんぷんと怒りながら、お説教を始める。


「そんなんじゃ、お兄さんを越える魔法使いになれないよ?」

「うん……ごめん」

「何? 今日は随分素直だね……え? え? どうしたの急に!?」


 もう二度と会えないと思っていた彼女の体を思わず抱きしめた。懐かしい彼女の匂いと伝わってくる温もりが、双葉がちゃんと生きているのだということを教えてくれた。


「えっ? ええ!? だ、駄目だよ一果。こういうのは結婚する人としかしちゃいけないんだから」

「うん……ごめん。ごめん……君を守れなくてごめん。約束を守れなくてごめん。みんなをたくさん傷つけて……ごめん……ごめん」


 口から溢れるのは、ずっと心に溜まっていた懺悔の言葉ばかり。道を間違えてしまった。にもかかわらず、最後まで立ち止まることができなかった馬鹿な俺の、一方的な謝罪。


「どうしたの一果? 怖い夢でも見たの? よしよし。泣かないで。怖くないよ?」


 何も知らない双葉は俺の頭をなでると、そう言って励ましてくれた。


「大丈夫。一果ならきっと大丈夫だから。ね?」

「ありがとう」


 きっと大丈夫。その言葉は双葉の口癖のようなものだった。双葉に大丈夫だよと励まされるだけで、俺はどんな困難にもくじけずに立ち向かえた。

 もう二度と会えないと思っていた双葉から、一番欲しかった言葉を貰うことができた。


 それだけで、十分に奇跡だった。


 まるで夢みたいだと思いつつ、目は覚めない。どうやらここは。この十年前の世界は、現実のようだ。

 俺は本当に十年前に戻ってきたのだ。やり直すチャンスを貰えたのだろうか?

 愚かだった俺に、友を。仲間を裏切った馬鹿な俺に、償いのチャンスが与えられたのだろうか?


「だとしたら……」


 俺はもう、絶対に間違えない。双葉を。そして零丸を裏切るような真似は絶対にしない。


 もっともっと。

 一週目よりも強く。みんなを守れるくらい強く。誰も失わないほどに強く――最強になってやる。



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