第2話 本当に好きなのは……

 社会人三年目、クローゼットの中身がオフィスカジュアルな私服で埋まるくらいには社会人にも慣れたしがないOLの日野伽耶乃ひのかやのです。


 それくらいにもなれば仕事もバリバリこなせる――かと思いきや全然そんなことはなく、今日も今日とて残業です。むしろ一、二年目より仕事が辛い……? なんでぇ……?


「今までは新人が辞めないように仕事振るにも気を遣われてたんでしょ」

「何それぇ……じゃあ今から『辞めたい』って言ったら気ぃ遣ってくれるかなぁ? 楽な仕事振ってくれるかなぁ?」

「甘えんな。あたしだって同じ扱いなんだから」


 そう言って定時過ぎにさっさと帰っていった同期入社の女。なぜ同じ扱いを受けているはずのあいつは残業せずに帰れるんだ? スペックの差なの?


 軽い絶望を覚えながらも、それでも今日の私はどこか浮ついている。残業で疲れてはいるけれど、会社を出る足取りもいつもより軽い。


 なぜなら、今日もあのコンビニに寄ろうと決めているから……! 昨日の今日で残業だし、となると今日もご飯を作ってる余裕もないし、仕方ないよね! と誰に言い聞かせるでもなく繰り返しながら電車に乗り最寄りの駅へ。駅からコンビニまではほとんどスキップだ。


 ピロリンピロリン、と軽快な入店音に乗って、


「いらっしゃいませー」


 少し低めで、けれど輪郭の柔らかな声がした。ちら、と目を向けるとレジにはシルバーアッシュのウルフカット。良かった、今日もいてくれた!


 また会えて嬉しいけどあんまりジロジロ見るのも失礼というかキモいかも……と極力視線を俯けたままなぜか忍び足でお弁当のコーナーへ。というかぶっちゃけお弁当とかどうでもいいので目に付いた昨日と同じスープを手にとってそわそわと彼女のいるレジへ向かう。


 ど、どうしよう……なんか話しかけてもいいのかな……? さすがにキモいか……? あぁぁこういう時ってどうしたらいいの〜〜⁉︎


 澄ました顔でスープをレジに置きながら脳内でのたうち回る。いやでも昨日の塩飴のお礼ならセーフか……?


「きっ、昨日は飴、ありがとうございましたっ。あの、おいしかったですっ」


 緊張のあまりどもるし、小学生みたいなお礼になった……。もっと大人の女らしくスマートにお礼しろよ私〜〜!


 そんなド緊張小学生並女の私に向かって、彼女は小さく頷く。顔を縁取るウルフカットの髪がさらりと揺れて――待って顔小さすぎない? お人形?


「飴一個なんで、別に。……今日は元気そうですね」


 昨日からずっと変わらないクールな表情のまま彼女は私の顔を確認し、また、くい、と小さく頷いて――待って真顔のその仕草可愛すぎでは?


 私が地の文にキモキモ感想を混ぜて垂れ流している間に会話は終わり、彼女は淡々とレジ業務に移る。伏し目がちの仕事モードも良……。いやさすがにガン見しすぎでは? 自重しろ私……! と全理性を集中させて視線を彼女から引き剥がす。本能が粘着質すぎる……!


「あの」


 本能と理性を必死に戦わせているとふいに呼びかけられ、びくりと肩が震えた。顔を上げると冬の海みたいに澄んだ瞳がこちらを見つめていて息が止まりそうになる。


「は、はぃっ」


 止まりそうな息で返事をしたからすごいブスな声が出てしまった……死にてぇ……っ!


 が、


「――好きなんですか?」


 続く彼女の言葉に、本当に死んだかと思った。……え、好、……えぇ⁉︎


 どどど、どうして私の好意がバレてっ……そんなダダ漏れな顔してる? てか顔熱っヤバっ息、苦しっ……あれこれマジで死……? いやでも最期に見るのが彼女の顔なら本望、か……?


「――このスープ。昨日も買ってたし、2日連続って相当好きかなー、て」


 ……あれ?


 すとん、と落ち着いた呼吸で、私はじっと彼女を見た。……す、好きってそっちか〜〜!


 返事がない私を不思議に思ったのか、彼女はく、と小さく首を傾げる。


「お姉さん?」

「……ぇっ、あっ! は、はいっ、これすごい好きでハマっちゃって〜〜!」


 低めの落ち着いた声でお姉さんって呼ばれるの、いいな……って思ってたら普通に不自然な間ができてしまい、私は慌てて早口で答えた。本当に好きなのはスープじゃなくてあなたです――なんて言えるかバカ! ……ダメだ情緒がおかしくなる! 今日はもう撤退! ごちそうさまでした!(何が?)


 こちらにレジ袋を差し出しながら、彼女はつい、と視線を手許に落として何気なく言う。


「それなら、わたしも食べてみようかな」

「……へ?」

「だってお姉さん、今日レジまで歩いてくる間すごい嬉しそうな顔だったから。よっぽどおいしいんだろうなー、って」


 違うの? と言うみたいに、くい、と首を傾げてこちらを覗き込む彼女に、私は顔面が爆発しそうだった。


 それはっ! あなたとまた会えたのが嬉しかったからですっっ!!


 ――なんて言えるわけないでしょ!! 告白かっ!!!!


 結局誤解を解くこともできずに私はコンビニを後にした。


 …………明日は違うやつを買おう。

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