精霊達は効率厨になっていた、ただし長命種ゆえに気は長い

ガラゴス

第1章 冒険者になる~

001

 「遅いよクルト、今は1秒でも速く経験値を稼がなければいけない時だ。早朝からでもよかったのにこんな時間まで待たされるなんて、一体何をやってるんだい?」


「早朝は混んでいて並ばないといけないから時間をずらしたほうが良いって言ったのはミズナの方じゃないか。

 僕にも準備ってものがあるんだからそんなに急かさないでよ」


 先を急かしている、空を飛んだ青く半透明な人型の生き物に文句を言いながら、真新しくて座りの悪い剣とカバンの位置を直す。


「その為に昨日散々荷物の確認をさせただろう?今朝の君に朝食を食べることと着替えをする以外の仕事はないはずなのに、もう朝食後どこか昼食前と言ったほうがいい時間だ。あの老人の無駄話に付き合う必要なんてなかっただろう?

 さっさと追い返せと言ったのに無視するし、若者の時間は有限だというのにあの老いぼれめ、長話出来ないようにトイレが近くなる呪でも掛けてやろうか」


 「お得意さんなんだからやめてよ。お客さんを大事にしないと薬屋なんて直ぐにやっていけなくなるんだからね」


「ならクルトの両親に対応させればいいだろう?どうせ暇なんだからその方が効率的だ」


 言い争いながらも自分も楽しみではあったので目的地に向かい足を速める。

 近所で一緒に育った人族の子供達は皆10歳になったら登録しに行き仕事を始めた、だけどエルフである僕は成長が遅くて15歳まで許可が降りなかったんだ。

 たまに会う友人達の話はまるで英雄譚の様で会うたびに話をせがんでいた。まぁ最近は会うことも少なくなってしばらく話を聞いていないけど。


「さあ着いた。ここが冒険者ギルドだ、入ったら一番左のカウンターで登録するんだよ」


 薬草の買取依頼を出すお使いで何度も来ているから言われなくても分かっているのだけど、建物の中で言い争っていると恥ずかしいので素直に従ってカウンターへと向かう。

 ミズナの種族は精霊といって素養がないと見えないし、精霊術師じゃないと会話ができないんだ。なので人の多い所でケンカしていると一人で怒っている変な奴扱いを受ける事になる。


「ようこそ、ご要件をお伺いします」


 顔見知りの受付嬢に笑顔で対応されてちょっと緊張してきた。数日前どころか数か月前から言っていたし、依頼を出すのは違うカウンターなので相手も用件は分かっているはずだけど、様式美というやつだろうか?


「新規登録をお願いします」


「新規登録ですね、ではこちらの用紙にお名前と年齢、初期職業ジョブをお書き下さい。登録費用は銅貨10枚になります。」


 クルト、15、精霊術師と書いた紙を渡し、名前と登録時の年齢、登録日が彫られた細長い銅貨の様なタグと紐を受け取る。


「こちらが冒険者証になりますから魔物領域で警備兵に言われた場合必ず見せてくださいね。無くした場合は銀貨1枚頂いて再発行するか、再登録になりますが当然ギルドの評価は最初からになりますからお気をつけください」


「分かりました、気を付けます」


 受け取った紐にタグを通し、解けないようにきつく縛る。話の内容は知っているので上の空だけど相手もいつもの事なので早口にまくし立ててくる。

 登録してる人は何人も見かけたけど、最後まで真面目に聞いている人は今まで見たことがない。


「依頼はあちらの掲示板に貼られている物を自由にとってカウンターへお持ちください。失敗した場合罰金が発生し、払えなかった場合奴隷落ちもありえますから十分に内容は吟味してください。

 最後に職業ジョブやステータスの変更はこちらのカウンターに来て頂ければいつでも出来ますし、相談にもお乗りしていますのでいつでもお越しください」


 そう言って隣に置かれた神殿のミニチュアの様な魔導具を紹介されて案内が終わる。

 昔は神殿で祈りが届かなければステータスの変更どころか確認すら出来なかったけど不確か過ぎるという理由で誰かによって創り出されたらしい。


「ありがとうございました」


「お気をつけて〜」


 登録のお礼を言って手を降って別れ、依頼の掲示板を見ずにギルドを出る。

 ミズナ曰くレベル0でできる依頼なんて無いからさっさと魔物を倒してレベルを上げろとの事だ。

 僕が普段頼んでいる薬草の納品も、レベル0じゃ集める事は出来ないから僕もその考えに賛成だ。


「当たり前だけど登録してもステータスは変わらないね。早く魔物の領域へ行って魔物を倒そう!」


 精霊術師というジョブの利点は神の使いというか雑用の精霊は、好きな時にステータスを確認して教えてくれる事だろうか。

 精霊達の力を借りるために多くの英雄が精霊術師のジョブに付き、助言を貰って育った英雄達は精霊術師からジョブを変えて最強へと登っていったらしい。

 エルフという種族の利点は生まれつき精霊術師のジョブに付いていて、精霊達の最高の教育を受けられる事だ。と、ミズナは言っていたけどエルフ族からは英雄と呼ばれるような強者はあまり生まれて来ないのは何故なのか不思議でならない。


 この街の近くにある魔物の領域は主にアンデッドが出てくる領域で、難易度は比較的簡単な方だ。

 1層目に出てくるのは10歳の子供でも木剣で倒せるのろまなゾンビで、2層目に出てくるのは武器も持たないレベル0の大人と変わらない強さのスケルトン。

 倒す事に困りはしないけど、当然手に入る物も程度は低く、よく乾いた腕の様に見える木の枝と、茶色い岩塩の欠片だ。

 どちらも売れはするけど買取価格は低くて、子供の小遣い程度にしかならない。まぁ売れるだけましだろう、他の街では植物の種1つなんてところもあるらしい。

 この街の魔物の領域は食べ物は落とさないけど実用的な物が多くて職人に人気だ。その分競争が激しくて新しい店が出来ては潰れていくので、僕の家も潰れないかいつも心配している。


「ねぇ僕も戦いたいんだけど…」


「え?汚れるからやめたほうがいいよ。戦うのは次のスケルトンからで良いんじゃない?」


 そうは言うけどさっきからミズナが水球でゾンビの頭を壊すのを見て木の枝を拾っているだけだ。せっかく冒険者になったんだから戦ってみたい。

 腰から綺麗な鉄の剣を引き抜き、ゾンビに走り寄ると剣を横に振って首を跳ね飛ばす。練習通りに出来たことを喜んだのもつかの間、吹き出た液体が顔にかかって悪臭が漂って来る。


「あーあーだから言ったじゃないか、斬るなら直ぐに離れないとひどい目に会うって前に教えたでしょ」


 何年も前に聞いた気がするけど正直忘れていた。ミズナが頭から水をかけて洗い流してくれたけど、楽しい気分に一気に水を差された。


「魔力を無駄に使っちゃったじゃないか。エルフの魔力量は多いとはいえ最初はゾンビを倒すだけで精一杯なんだから余計な事させないでよね!」


「悪かったよ、僕も汚れたくないしゾンビは倒せる事が分かったから後はミズナに任せるよ」


 分かってはいたけどゾンビは目の前に立って剣を振っても、攻撃されないくらいに反応が遅い。

 カカシを殴ってるのと変わらないからミズナが倒す事に文句は無いんだけど…


「ミズナに任せるのはいいけど、ミズナお勧めの経験値倍化ってボーナスを取るのにどのくらいかかる予定なの?」


「そんなのクルト次第だよ走ってゾンビを探してくれればすぐに取り終わるし、今みたいにのんびり歩いてたらいつまでたっても終わらないよ。

 この速度ならレベル10まで上げるのに10日くらいじゃない?」


 魔物を倒して経験値を稼ぎ、レベルを上げてボーナスポイントを手に入れる。

 そしてそのボーナスポイントで何を習得するのがいいか、精霊達が話し合いその結果をミズナは僕に教えてくれているらしい。

 出会ってから10年間毎日英雄達が辿った軌跡を聞いて育ち、有用なボーナスが何かを学んで来たけどその習得にかかる時間までは聞いていなかった。


「10日もゾンビを追いかけて木の枝を拾い続けるの!?子供じゃないんだからスケルトンを倒しに行きたいんだけど…」


「これでも早い方なんだけどな、本来なら何百体、何千体も倒さないとレベルなんて上がらないんだ。なのに経験値倍化のボーナスをレベル10にするとゾンビ1体で千体分の経験値が貰えるんだぞ!これを取らないと生きているうちにレベル99に到達するのなんて夢のまた夢!大きな損失なんだ!」


「それは聞いたし取ることに問題は無いけどスケルトンを倒してレベルを上げてもいいわけでしょ?さっきも言ったけど僕も戦ってみたいんだよ」


 10歳の子供ですらレベルが上がったら、筋力倍化などのボーナスを取ってさっさとスケルトンを倒しに行く。

 それなのに理由があったとはいえ、15歳の僕が何日もゾンビの落とした木の枝を売りに行くのはかなり恥ずかしい。

 ギルドの受付嬢達は僕が魔物を倒すのを楽しみにしていたことを知っているから、何も売りに行かないのも目立つはずだ。


「倒すのに必要な魔力が結構違うし、内側に行くと魔物の数が減るから外側を回っていた方が効率がいいんだけどな…」


 魔物の領域は大体円形だ、半径10km程の大きさがあって大体1km毎に魔物の種類が変わっていく。

 内側に行くほど良い物を落とすけど、冒険者の数によっては魔物の取り合いになって度々喧嘩が起きる。


「そこまで言うなら内側へ向かおうか。効率は落ちるけどモチベーションは大事だからね」


 ミズナの許可も出て内側へと進路を向ける。途中でゾンビを倒すとレベルが上がったので経験値倍化Lv1を習得する。

 この操作も精霊術師の特権と言っていいだろう、精霊が祈りを神々へ伝えやすくしてくれるので神殿や魔導具が無くてもステータスの操作が出来るんだ。おかげで一度街へ帰らずに狩りを続けることが出来る。


「レベル2になるためには本来はゾンビを百体も倒さないといけないんだ。でも経験値倍化ボーナスのおかげで50体ですむ、スケルトンなら25体だ。どうだいお得だろう?」


 確かにお得だけどそれを取っている間僕は強くはなれない。レベルが上がれば多少は強くはなるけれど倍化ボーナスに比べれば微々たるものだ。

 多くの冒険者はまず筋力倍化を取る。物を持ち上げる力も攻撃する力も走る速度も筋力で上がる。まずは強い魔物を倒せるようになって金を稼げるようになる。それが今の冒険者の常識になっている。

 スケルトンはレベル0の大人くらいの強さとは言うけど僕達エルフの成長は遅い。15歳でようやく人族の10歳くらいの身長で、人族は20歳くらいまで成長し続ける。

 成人は15歳だけど大人と呼ばれるのは20歳くらいになってからだ。

 何が言いたいかというと、武器を持っているからといって小さな子供が大人に勝つのは簡単じゃないってことだ。


「ごめんミズナ無理!助けて!」


「何を言ってるんだい、クルトが戦いたいと言ったんだからもうちょっと頑張ってみなよ、いい訓練になりそうだ。」


 僕が放った最初の一撃は、骨が切れずに腕の骨を半分傷付けただけで終わった。

 殴り掛かって来る拳を飛んで躱し。斬ろうとして近付くと剣を怖がらないスケルトンは平気で殴って来る。

 素振りしかやった事がない僕はすっかり腰が引けて、ミズナに助けを求める事にした。


「せめて腕を1本動かない様にしてくれない?いきなりボーナス無しで戦うのは無理だったよ。」


「もう、頭を吹き飛ばすのも、腕を吹き飛ばすのも使う魔力は一緒なんだよ?そんな無駄な事に魔力を使いたくは無いんだけど、肩を壊して動きを悪くするくらいなら出来るかなぁ」


 そう言ってミズナは水の球をスケルトンの左肩にぶつけると、吹き飛ばされて立ち上がったスケルトンの左腕の動きは鈍くなっていた。

 右腕だけ気にすれば良くなった僕は、頑張って右腕を切断し、攻撃のできなくなったスケルトンの首を何度も斬ってようやく倒す事ができた。


「いい訓練になりそうだね、魔力の回復中はこれをしようか。」


 すべての生き物には魔力があり、身体を動かすのにも魔力を使っている。当然魔力が減れば疲労感があってそんな状態で戦うのはかなり大変なんだけど。まぁ冒険者になって疲れて戦えないなんて言ってられないし訓練にはなるんだろうか?

 ミズナが水球一発で倒すスケルトンを、負傷させてもらって必死になって倒す。だんだんと動きには慣れてきたけど攻撃力の無さはどうにもならない。

 筋力倍化を取れば楽に倒せる様になるのは分かっているけど、間違いなくミズナと喧嘩になる。

 僕もミズナからどのボーナスを取るのが効率がいいかは聞いているし、筋力倍化を取るのはまだまだ先。勝手に取ったら怒られるのは間違いない。

 しばらくして様子を見てから相談してみようかなぁ

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