第11章:光射す結末と学園の終焉
廃墟と化した学園の中庭に、沈みかけの太陽が一筋の光を落としていた。かつては緑の芝生と生徒たちの笑い声で満ちていたこの場所も、いまや瓦礫と埃の山で、あちこちにひび割れや崩壊した壁の一部が散乱している。空気には焦げたような臭いと、何かが焼け落ちた後の鋭い酸味が混じっていて、否応なく今回の惨劇を思い出させる。
事件は、冬華(とうか)の「共鳴」がなければ、より最悪の形で終わっていただろう。理事長の干渉によって“七つの瞳”を暴走させられた亜矢斗(あやと)は、学園の大部分を破壊し、相当数の負傷者や瓦礫の下敷きとなった者を出してしまった。だが、その直前の最後の瞬間、冬華が身を挺(てい)して“共鳴”の力を発揮し、亜矢斗の破壊的なエネルギーを鎮めることに成功したのだ。
**その代償**として、冬華は自らも激しい精神的な疲労と身体の損傷を抱え、意識を手放す寸前まで追いつめられた。しかし、周囲の仲間――円(まどか)、蓮見(はすみ)、真琴(まこと)らの協力もあって、どうにか命は取り留めることができた。瓦礫の山の中で、重傷を負った冬華と亜矢斗を必死に救助し合った光景は、今でも生徒たちの脳裏に鮮明に焼き付いている。
**あれから数日**。政府の緊急対応チームや警察、消防による大規模な捜索と救助活動が行われ、特別プログラムの実態を知った世間は衝撃に包まれた。学園の名声は一夜にして地に落ち、理事長が計画していた「特殊能力者の兵器化構想」は、一部の証拠資料と生徒たちの証言により白日の下にさらされることになった。
理事長本人は、亜矢斗が暴走を止めた直後から行方をくらまし、いまだに確認されていない。ある者は「崩落した学園のどこかで死んでいる」と噂し、また別の者は「国外へ逃亡したのでは」と推測している。学園に残された研究データは、崩壊と火災によって多くが失われたが、一部は蓮見がタブレットに写し取っており、政府の捜査本部に提供される見込みだ。
一方、**冬華は学園近くの臨時救護所で**、幾度も痛む身体を押して負傷者の世話を手伝っていた。自分もまだ万全ではないが、共鳴の力を使った後遺症でやや意識が不安定になることがある程度で、日常行動には差し支えなくなった。むしろ、彼女が顔を見せるだけで生徒たちが「暴走を止めてくれた子だ……」と安堵の表情を浮かべることが多く、自然と救護活動に身を投じる形になったのだ。
その救護所の一画にある布製のパーテーションの内側。そこには**亜矢斗**が横たわっている。深い眠りに近い状態で、過去の暴走によるトラウマや理事長の薬物干渉の後遺症と戦い続けていたが、数日前にようやく意識を取り戻し始めた。まだ身体を動かすのもままならないが、冬華がときどきそばにいて声をかけると、弱々しく微笑みを返せるまでには回復している。
**ある夕暮れの日**、冬華がトレーに乗せた水と軽い食べ物を持ってパーテーションをくぐると、そこに座っていた亜矢斗がゆっくりと顔を上げた。まだ包帯が巻かれたままの姿だが、以前のような殺気や絶望感はだいぶ薄れている。
「……来てくれたんだな。ありがとう。」
掠れた声で言う亜矢斗を、冬華は柔らかく微笑んで見つめる。
「今日はどう? 痛みは……少しは良くなった?」
「うん……ずいぶん楽になった。円や蓮見たちも、交代で見舞いに来てくれるし。」
そう呟く亜矢斗の瞳には、かすかに穏やかな光が宿っていた。以前のように“七つの瞳”が覗き見えないどころか、彼の右眼には異様な翳りすら消え失せ、どこか普通の少年のように見える。冬華はその変化に気づき、静かに胸を撫で下ろす。
**実は“七つの瞳”は消失した**――と、蓮見が言っていた。血液検査の結果や彼の眼の反応から見て、どうやら能力そのものが完全に消滅したのか、あるいは封印されたような状態になったらしい。理事長が無理やり解放した末に、冬華の共鳴によって根こそぎ浄化されたのかもしれない。
「力が……消えてしまった。オレの中には、あんな破壊力はもうないみたいだ。……正直、ほっとしてる。暴走の恐怖から解放された気もするし、一方で罪悪感は残ってるけど……」
亜矢斗は小さく息を吐きながら、視線を下に落とす。あまりに多くの破壊をもたらしてしまったこと、そして生徒や職員を傷つけた事実は変えられない。でも、同時に彼は「生きて罪を償う道」を選び取れたとも言える。以前の彼なら「死んでしまったほうが……」と考えていただろうが、いまは冬華や仲間たちの存在がそれを思い留まらせているのだ。
冬華は座り込み、トレーの上から水を取って亜矢斗に差し出す。彼はまだ腕を上げるのもきつそうだが、なんとかコップを口元へ運び、少しだけ喉を潤した。それだけでも彼の顔色は幾分か良くなるように見える。
「七つの瞳が消えたってことは……本当によかったと思う。あなた自身が一番望んでいたことでしょ? 理事長の兵器計画も、もうこれで成立しない。いろんな人が傷ついたけど、あなたが戻ってきてくれただけで、私は……」
言葉が詰まり、冬華の目には涙が滲みそうになる。多くの犠牲や負傷者を出した今、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか自分でもわからない。だが、亜矢斗が生き延びて笑ってくれるなら、それだけでも十分すぎるほどの救いだ。
「冬華……ありがとうな。本当に……お前がいてくれたから、オレはここにいられるんだ。」
かすれた声がそう告げ、二人は一瞬、視線を合わせて微笑み合う。ひび割れた学園と数多の負傷者、そして行方不明の理事長――まだまだ混乱は収束していないが、少なくとも亜矢斗の魂はようやく自由になったのだ。
---
### 1. 政府の対応と学園閉鎖
事件から約一週間後、政府の調査委員会が正式に学園を訪れ、今回の特別プログラムの問題点や理事長の兵器化計画を公表。メディアも一斉に報じることで、社会的な非難の声が高まり、結果として学園は「安全管理の不備と研究の違法性」を理由に即時閉鎖が決定された。
実験施設や校舎は既に崩壊しており、立て直しはほぼ不可能。特別クラスであっても、その扱いは宙に浮いたままだ。能力を持つ生徒たちは、政府が今後どのようにサポートや規制を行うか検討中で、ひとまず一時保護や転校先の斡旋(あっせん)などが行われる見通しとなった。
教職員も多くが辞職や調査の対象となり、藤田(ふじた)先生を含む一部の幹部は「理事長の指示に従わざるを得なかった」と主張しつつも、責任を免れるのは難しそうだ。理事長が逃亡している以上、責任の所在がどこまで追及されるかは未知数だが、少なくともこの学園という物理的・組織的な存在は終わりを迎えている。
瓦礫の山となった校舎周辺には、警察の規制線が張られ、立ち入り禁止の札が吊るされていた。救助活動や捜索が続けられているが、すでに遺体の数も固まってきており、新たな生存者が見つかる可能性は薄い。理事長の行方もなお不明のままだ。
**円や蓮見、真琴たち**は、共に政府の調査を受けながらも学園閉鎖後の進路を模索している。振動操作や記憶干渉、解析眼といった特殊能力は残り、今後も活かしたいと思う一方で、この悲劇を繰り返さないために、国や民間の施設を利用すべきか、それとも自分たちでまったく新しい居場所を探すか。悩みは尽きない。
一方で、記憶干渉の蓮見は「母も昔、ここで研究していたかもしれないし……学園がなくなってしまった今、真実を探る術はもうないのかな……」とやるせなくこぼしていた。円は「でも、理事長の闇を見て、もうこんな研究はこりごりかもしれない」と返し、互いに苦い思いを分かち合う。
真琴は比較的冷静に「いずれ公的な制度が整備されれば、私たちの能力だって正当な形で活かせるかもしれない。それまで……どう生きていくかが課題ね」と言い、どこか吹っ切れた笑みを浮かべる。
---
### 2. 亜矢斗との別れ、そして新たな道
事件から二週間ほど経過すると、負傷者の大半が退院・転院の時期を迎えた。すでに学園施設は廃墟となり、“閉鎖”の形がほぼ確定しつつある。冬華もまた、救護所での手伝いを終えて、自分の身体を回復させるために療養が必要だと勧められた。
ある夕方、冬華は亜矢斗がまだ入院している臨時の医療テントを訪れた。彼は大分回復しており、車椅子に乗せられてテントの外で少し夕陽を浴びていたところだった。肌に触れる風は冷たく、秋の訪れを感じさせる。
「調子はどう……?」
冬華が声をかけると、亜矢斗は微笑んで、「だいぶいいよ。お医者さんも、あと数日で退院できるかもって」と答える。すると、冬華はほっと安堵の表情になるが、同時に少し寂しそうな色も浮かんだ。
「そう……よかった。実は、私も近々ここを出るんだ。政府の職員さんが、転校先の学校を斡旋してくれるって言うから、少し離れた町に移る予定で……」
亜矢斗は目を瞬かせ、やや驚いたような様子を見せる。「そうか……そっちのほうがいいよな。ここに残っても、もう学園も何も残っちゃいないし……」
冬華は苦笑いしながら、「そうだね。円たちもそれぞれ別の進路を選ぶみたい。蓮見は母親との思い出を探すって言ってたし、真琴は政府の研究委員会に協力するかもって」と簡単に近況を伝える。
亜矢斗は小さく笑みを浮かべ、「そうか、みんなの力があれば、どこに行ってもきっと大丈夫だろうな。……オレは、まだ先のことは何も決めてないけど……」と言葉を濁す。冬華はその曖昧さに胸が痛む。彼は自分の犯した破壊の罪をどう償うか、自分のアイデンティティをどこで取り戻すか、考えがまとまらないのだろう。
「……オレは、いったん療養先に行くらしい。政府の専門家が来て、身体と精神のリハビリをしばらく受けろってさ。治るかわからないけど……その後、どうするかは自分で選んでいいって。七つの瞳はもうないし、国としても兵器にしたいわけじゃないって話だ。」
肩をすくめる亜矢斗の姿に、冬華は逆にほっと安心した。つまり、誰も彼を利用しようとしていないということ。理事長のように力を求める者がいない状態で、彼は初めて自由に生きられる可能性が生まれたのだ。
「そっか……だったら、ゆっくり休んで。それでまた……もし会えるなら、私……連絡するよ。」
亜矢斗の瞳には、一瞬だけ不安げな揺らめきが浮かぶ。彼は視線を下げ、「オレはそれでいいのかな。皆にこんなに迷惑かけて、学園を壊しちまって……。どうしたって許されないと思うんだけど、まだ生きてるなんてさ」と自嘲気味に呟く。
冬華はまっすぐ彼を見つめ、静かに首を振る。「私たち、誰もあなたを許さないって言ってないよ。むしろ、生きて何か新しい道を探してほしい。罪の意識は一生背負うのかもしれないけど、それでも、きっと何かできることがあるはず。」
小さな沈黙が流れ、夕陽のオレンジが二人を包み込む。周りでは救急隊員やボランティアが瓦礫の片付けを続けており、トラックが何台も出入りしている。亜矢斗はその光景を眺め、「生きるのは……難しいんだな」と呟くが、同時に唇の端がかすかに上がったようにも見えた。
「……わかった。冬華、もしお前がまた共鳴の力で誰かを救いたいと思うなら、オレも力になれるように努力してみるよ。今度こそ、誰も傷つけずに済むように。」
その言葉に、冬華はうるんだ目を逸らさずに微笑む。遠くで円や蓮見たちが声をかけるのが聞こえ、「冬華、そろそろ行くよ!」と呼んでいるらしい。彼女は名残惜しそうに亜矢斗の車椅子を押さえ、「じゃあ、またね」と一言だけ告げる。
別れというには不確定な要素ばかりだが、お互いが生きている限り、いつか再会できると信じている。それは悲壮感よりも未来へのわずかな希望が勝る感覚だった。
---
### 3. 学園の終焉
その翌日、政府の指示によって学園は正式に閉鎖された。崩壊した校舎や実験棟は取り壊しが進められ、再建の予定もない。敷地全体が高いフェンスに囲まれ、立ち入り禁止区域となる見込みだ。
メディアは「特別プログラム」の惨劇を大々的に報じ、社会の関心は「能力者の扱い」や「政府と理事長の関係」に集中している。だが、世間が騒げば騒ぐほど、当事者たちは苦しい立場に置かれているのが現状だ。円や蓮見、真琴もマスコミに追われ、インタビューを何度も拒否している。
冬華は「共鳴」という新たに発現した能力について話すことはほとんどない。もしそれを公表すれば、また別の理事長のような人間に狙われるかもしれない――そんな恐怖や懸念があるのだ。彼女自身もまだ自分の力を完全にコントロールできるわけではなく、副作用で意識が混濁することがあるため、人前で誤って使えば大きなリスクがある。
ともあれ、学園は**終焉を迎えた**。広大な敷地に聳え立っていた校舎や寮は、もはや無人の廃墟と化し、学園に眠っていた研究資料や設備も多くが失われた。特殊能力研究の実態が公になったことで、政府は「今後、能力者の管理を適切に行う」と声明を出し、臨時の法律整備を進めるという。だが、その詳細は不透明で、彼らが本気で能力者を保護するのか、それとも監視するのか――誰にもわからない。
数多の負傷者、行方不明者、そして亡くなった生徒や職員の犠牲。それらは簡単に償えるものではなく、冬華たちの胸に深い爪痕を残し続けるだろう。
---
### 4. 光射す結末
**数か月後**。廃墟の取り壊しが進められている学園の正門前に、一台のタクシーが止まった。そこから降り立ったのは、制服姿の冬華だった。すでに在籍していた学園は消滅し、別の学校へ転校したはずの彼女だが、今日だけはこの場所に用事があって足を運んだのだ。
盛り土が積まれ、アスファルトが剥き出しになった地面の向こうに、かつての校舎の面影はほとんど見られない。巨大なクレーン車が瓦礫を取り除いており、夜には作業を中断するため、一帯は薄暗いままだ。
「……もう、こうなっちゃったんだね。」
冬華は呟き、何とも言えない空虚な気持ちになる。ここで出会った仲間や思い出は、すでに形としては消えてしまった。だが、別れが来たからこそ、新しい一歩を踏み出せるとも感じている。
数週間前、政府の進める法律により、能力者への支援制度が仮に整えられそうだと発表された。完全に安心できるわけではないが、亜矢斗のように大きな力を持った能力者が再び兵器化される可能性を低くするための仕組みが検討されているという。これが理想的に機能するかどうかは未知数だ。
冬華が校門跡に近づくと、そこには数人の人影があった。円と蓮見、そして真琴の三人。どうやら今日が“学園最後の日”として、各々のケリをつけるために集まったようだ。
「やっぱり来てたんだ、冬華。私たちも、この目で見送ろうと思って……」
円は複雑な表情で眉をひそめ、地面を見つめる。振動操作の力があっても、もうこの廃墟をどうこうできるわけでもない。蓮見は一歩前に出て、旧校舎のあった場所を眺め、「母がいたという研究棟はもう……完全に取り壊されてるわね。これで私の探し物は何も見つからないまま……」と溜息をつく。
真琴は腕を組み、遠くを見据えるように瞳を細める。「結局、理事長は見つからなかったけど……亡くなってる可能性が高いでしょうね。いずれにせよ、もう彼の企みは実現しない。今度は私たちが自分の力を正しく使えるよう、情報を発信したり、法整備に協力したり……できることが山ほどあるわ。」
冬華は三人に微笑み、視線を交わしてから、カバンの中から一枚の写真を取り出した。そこにはかつて学園が平穏だった頃、共に撮ったスナップが写っている。周囲には先輩や後輩の笑顔があり、背景には整然とした校舎が映っていた。
「……あの頃に戻れるわけじゃないけど、私、後悔はしてない。共鳴の力を見つけられたし、皆にも出会えたし。何より、亜矢斗が生きてる。理事長のことは許せないけど……こうして生き延びた先には、きっと新しい道があるって思ってる。」
言葉に詰まる円たち。しかし、その瞳にはそれぞれの想いが浮かび、ゆっくりと微笑みを交わす。崩れた学園は、もう元の姿に戻らない。だが、ここで学んだことや紡いだ友情は、失われたわけではないのだ。
四人はそっと手を重ね合い、しばし黙祷を捧げる。周囲では作業員の機械音が響くが、今だけは耳を塞ぎたいような気持ちだ。たとえ苦しい事件でも、ここで終わったからこそ得られた気づきや、守られた命がある。
「そろそろ行こうか……」と真琴が呟く。時間がくれば、取り壊し作業は再開され、立ち入りが完全に禁止される。最後に一度だけ、この場所に別れを告げられる機会は今日が限界だ。
四人は無言のまま、その場を後にする。遠くの瓦礫の向こうには、金色の夕陽が入り混じる雲の切れ間から、一筋の光が差し込んでいた。まるで希望の道を示すように、一瞬だけ学園の残骸を照らしては、ゆっくり消えていく。
**こうして、光射す一つの結末が訪れる**。冬華の命がけの共鳴によって、亜矢斗の“七つの瞳”は失われ、理事長の目論見は破綻し、学園は閉鎖を迎えた。多くの犠牲が出た爪痕は決して消せないが、同時にこれをきっかけに社会が能力者との向き合い方を考え始めるだろう。事件を経てなお、冬華や仲間たちには、未来が残されている――いや、彼ら自身が未来を作り出していくのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます