第10章:止まらない力と、冬華の覚醒
廃墟と化した学園の中央ホール。崩壊寸前の天井からコンクリート片がバラバラと落ち、床には無数の亀裂が走っている。静まり返るはずのこの空間を、絶え間ない衝撃音と悲鳴が支配していた。
特別プログラムが機能しなくなって以来、学園は完全に無法地帯と化していた。理事長とその配下たちが一時は主導権を握っていたものの、“七つの瞳”を強制的に解放された亜矢斗(あやと)の暴走により、施設の大半が崩壊し、生徒や教職員の多くが逃げ場を失った。もう理事長ですらその制御がままならないほどの破壊力は、学園を“異能の地獄絵図”へと変貌させている。
**冬華(とうか)**は、そんな混乱の渦中にいる――いや、その中心と言っても過言ではない。
ほんの数時間前、かろうじて一度亜矢斗の暴走を収束しかけたが、理事長が再び何らかの手段で彼を操り、暴走を再点火させたのだ。学園各所が連鎖的に崩壊を始め、負傷者が増え続ける中、冬華たちはもう一度、亜矢斗を止めるべく行動していた。
円(まどか)が振動操作を使い、落下してくる瓦礫を砕きながらホールへ入ってくる。彼女の表情は焦燥に満ちており、髪や制服は破れ血の痕が所々に滲んでいた。その後ろを、真琴(まこと)が支えるように蓮見(はすみ)を引き連れて続く。
学園の中心部に亜矢斗がいるとの情報を得て、一度合流したものの、あまりに激しい衝撃波に近づけず、やむなく引き返してきたのだ。
「もう……これ以上、無茶だよ……! あの力を近くでまともに受けたら、私たちも吹き飛ばされて終わる……」
真琴が血の滲む唇を噛み、ぎこちなく立ち尽くす。解析眼によって衝撃波の軌道はある程度わかっても、暴走に合わせて力の規模が常に変動しているため、予測しきれないのだ。
蓮見は青ざめた顔でタブレットを抱きしめ、「理事長は地下の特別研究フロアにいるらしいわ。何かの装置を使って亜矢斗くんへ“干渉”してるみたい。あの状態じゃ、彼自身の意思はもう……」と震える声で呟く。
**そこへ、冬華が駆け寄ってくる。**
学園中を走り回っていたためか、息は荒く、体のあちこちに傷や埃が付着している。その瞳には決然とした意志の光が宿っていた。円が「あ、冬華……大丈夫なの?」と心配そうに問いかけるが、彼女は頷き、「ごめん、少しだけ時間がかかった。けど、私……なんとなくわかったの」と返す。
「わかった……? 何が?」
真琴が不審そうに尋ねると、冬華は自分の胸元に手を置き、ゆっくりと深呼吸をしてみせた。
「私、ずっと“ヴィジョン”らしきものを見ていたの。未来を断片的に予知したり、記憶を垣間見たり。それが単なる幻だと思ってたけど……この学園で色々経験するうちに、それが“接触による精神共鳴”に近い現象だって気づいたの。」
「精神共鳴……?」
蓮見がタブレットを抱えたまま眉をひそめる。記憶干渉とは似て非なる概念だが、確かに“心”を直接触れ合う能力であれば、亜矢斗のような暴走に深く関わる可能性がある。
冬華は続ける。「そう……恐らく私の力は、“相手の精神を安定化させる”共鳴能力。相手に触れると、私の中にある平衡状態みたいなものを与えられるの。どこかで感覚がわかってたんだ。幼い頃から、何となく誰かに触れると、その人の感情が伝わってくるような……」
円は目を見開く。「もしそれが本当なら、亜矢斗くんの暴走を……?」
冬華は力強く頷く。「私が直接、亜矢斗と接触して、精神を安定化させる。理事長が何をしようとも、たとえどんなプログラムを仕込んでいたとしても、私の“共鳴”で一時的に遮断できるかもしれない。……ただ、私にも危険があるかもしれないの。」
真琴はふと目を伏せて思考する。「精神共鳴……相手の精神を鎮める代償として、あなた自身の精神が削られたり、崩壊する可能性があるというわけね?」
冬華は唇を引き結びながら、小さく肯定した。亜矢斗の力があまりにも巨大で、それを共鳴で受け止めるなら、自分の精神もただでは済まないだろう。蓮見の記憶干渉とは違い、冬華の能力には防護装置がない。それでも、やらなければ止められないのだ。
「……でも、私はもう決めたの。亜矢斗を止めたい。ここで諦めたら、学園は本当に全部崩壊するし、彼は二度と戻れなくなる。みんなが苦しむのはもう嫌……」
その言葉に、円は涙目で首を横に振る。「やめて……あなたまで何かあったら、どうするの? 私たちは……仲間を失いたくないよ……」
冬華はぎこちなく微笑んだ。「もちろん、私だって怖い。だけど、今はそれが最善の手だと思う。みんなには、この場所で周りの人を助けてほしい。私が亜矢斗のところへ行ったら、理事長の干渉を断ち切るまで時間稼ぎをお願い……」
沈黙が重苦しく周囲を包む。誰もが苦渋の表情を浮かべながらも、冬華の決断に理解を示さざるを得なかった。理事長が隠れている地下フロアや制御室を制圧して、プログラムのコマンドを停止させる手立てもあるかもしれないが、それまでに学園が持たない可能性が高い。亜矢斗の力はとどまるところを知らないのだ。
真琴は深いため息をつき、冬華の手を握り返す。「わかった。私たちもできるだけフォローするわ。でも、くれぐれも無理だけはしないで。あなたが倒れたら、元も子もない。私も残る仲間を集めて、理事長を探すから。」
蓮見は泣きそうな顔をしているが、必死に耐えながら頷く。円は振動操作で周囲の瓦礫をどかしつつ、「私たち、あまり長くは持たないと思う。できるだけ急いで……」と声を絞り出した。
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### 1. 冬華、最後の呼びかけ
再び校舎の奥へ向かう冬華。崩壊が進む廊下をなんとか乗り越え、亜矢斗を探す。先ほど会ったとき、彼は再び理事長の干渉を受け、第二の暴走が始まっていると聞いた。力が止まらない限り、校内各所が完全に崩落してしまうだろう。
道中、倒れ込む生徒や職員を目にするが、彼女の力では全員を救えない。苦渋の思いで足を進める。時折、重傷を負った生徒が彼女の名を呼ぶが、円や真琴らが後方支援で救助に回ってくれるはずだと信じ、一旦胸を痛めつつも前へ走るしかない。
(ごめん……今は亜矢斗を止めるのが先……!)
ブチブチというノイズ音が頭に響き、幻惑めいた感覚が生まれる。どうやら理事長が亜矢斗を増幅させるプログラムを再開したらしい。すでに校舎の壁を通じて衝撃波が伝わり、床板が傾いている。もはやあと数分で建物が持たなくなるだろう。
**そこで、冬華はかすかなヴィジョンを感じ取った。**
— コンクリートで閉ざされた地下通路。そこに、理事長がいて、床に倒れ込む亜矢斗の姿が重なる。そこへ何かしらの光線が走り、彼が絶叫している映像が見える。理事長は制御装置を操作しており、再度の暴走を誘発しているかのようだ。
はっと意識を戻すと、ちょうど目の前に地下へ繋がる非常階段が見えた。外壁が崩れかけて大穴が空いているが、かろうじて下りられそうな段差が残っている。
「亜矢斗……そこにいるのね……!」
声にならない声を飲み込んで階段を下る。瓦礫が崩れる音が絶えず耳を打ち、酸っぱい埃が鼻を突く。薄暗い地下通路に出ると、そこには損壊したパイプや配線がむき出しになっていた。奥のほうで不自然な光が点滅しており、響くような重い振動が足下を揺らしている。
手をかざしてその方向へ進むと、案の定、視界の先で理事長が立っていた。白衣を纏ったまま、何やら端末を操作し、足元には苦しむ亜矢斗がうずくまっている。
彼の身体は先の暴走で負傷しているようで血や埃まみれだが、膝をついて呻くたびに周囲の空気が軋むような圧を感じる。理事長は嘲笑の混じる声で彼に呼びかける。
「ここまで来たか。お前の力こそ、私の研究の結晶だ。後戻りできないようにしてやる。……さあ、さらにその瞳を開いてみせろ。反逆者もこの学園も、すべて吹き飛ばせばいい。」
狂気を帯びた言葉に、亜矢斗は低く唸り声を上げる。完全に理性が壊れかけ、残るは暴走衝動だけのようにも見える。理事長の端末が怪しげな光を放ち、彼の身体を走る神経や血流がさらに昂ぶっていく様子だ。
「やめて……理事長! これ以上、亜矢斗を苦しめるのはやめて!!」
冬華が叫んで飛び出す。理事長は一瞬だけ驚いたように振り返るが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、「まだ生きていたのか。だが無駄だよ。彼はすでに制御不能だ。お前の言葉など届くまい」と嘲笑した。
そこへ亜矢斗が顔を上げ、苦しげに歯を食いしばりながら冬華に視線を向ける。だが、その瞳には白い閃光が宿り、まるで認識が混乱しているようだ。すぐにまた凶暴なオーラが立ち上がり、衝撃波の予兆が周囲の空気を歪ませる。
**しかし、冬華は後ずさりしない。**
まるで先ほど得たヴィジョンを思い出すかのように、そっと自分の手を見つめる。感じるのは熱く込み上げるような感覚――それは相手の精神と触れ合う準備ができたときに生じるらしい。“共鳴”という力を自分の意志で発動できるかどうか、今こそ試すべきだ。
「亜矢斗……待って……! もう誰も傷つけないで……!」
亜矢斗は耳を塞ぎながら呻き声をあげる。理事長は「手遅れだ……」と狂気じみた笑いを続けるが、冬華はまるでそれを無視するかのように、ゆっくりと亜矢斗の胸元へ腕を伸ばす。恐ろしい衝撃波の予兆に体が軋むが、ここで引き下がればすべてが終わると信じ、彼女は最後の一歩を踏み出す。
ぴたりと亜矢斗の身体に触れた瞬間――
**冬華は強烈な眩暈に襲われた。**
視界が反転し、耳鳴りが増幅する。まるで自分自身の精神が飲み込まれるような感覚が走り、亜矢斗の心の深淵が洪水のように押し寄せてくる。廃墟の学園、無数の命を奪ってしまった過去、そして理事長に操られる今……すべての絶望が一挙に流れ込んでくるのだ。
(こんなの……重すぎる……!)
苦しくて、意識を放り出してしまいそうになる。しかし冬華は歯を食いしばり、自分の“中心”を見つめ続ける。自分が得意としていた断片的なヴィジョンは、実は相手と“共鳴”する能力の副作用だった。今こそ本格的に発揮し、亜矢斗の精神を安定化させねばならない。
どこかで理事長の怒鳴り声が聞こえる。「やめろ、余計な干渉をするな……!」という叫びに混ざり、端末を操作する音が聞こえるが、冬華は一切構わず亜矢斗との“接触”に集中する。衝撃波の起点がじわりと弱まるのを感じ、代わりに高熱のようなエネルギーが冬華の身体を蝕んでいく。
**— 大丈夫、焦らないで……**
かすかな声が、冬華の内面で響く。それは、円や真琴、蓮見たちと過ごした時間の記憶、そして自分が少しずつ築いてきた友情や思い出が変換された“心の支え”のようにも感じられた。
それを頼りに、冬華はさらに深く亜矢斗の心を覗き込む。荒れ狂う闇の中、悲鳴と絶望しかなかったそこに、一筋の光を差し込むように、冬華の温かい“共鳴”が染み渡る。
(あなたは一人じゃない。私たちがいる。もう誰も兵器なんかにさせない……!)
意志を固めるたび、冬華の身体に負荷が襲うが、それでも止めない。やがて、亜矢斗の絶望の渦がわずかに緩み、暴走の嵐が凪ぎ始めるのを感じた。彼の口から掠れた声が漏れた。
「冬華……? ……オレ……止まれるのか……?」
精神が一瞬だけ戻ったのだろう。その問いに冬華は優しく微笑むかのように目を閉じ、心のなかで力強く答える。
**— 止まれるよ。みんなが待ってる。あなたも、私たちも……学園を出て、生きていかなきゃ……**
その刹那、廊下に充満していた恐ろしい力が、一気に霧散するかのように薄らいでいくのを感じた。亜矢斗の瞳が乱反射を止め、地面を踏みしめる脚が力を失って膝から崩れ落ちる。冬華は共鳴を解放し続けながら、何とか意識を保っていたが、次の瞬間、自身の精神が限界に近づいていることを痛感する。
(……私も……これ以上は……辛い……)
めまいと吐き気が同時に襲い、一気に意識が遠のくような感覚。しかし、ここで自分が倒れては意味がない。最後に残った力で亜矢斗を受け止め、肩を支えながら倒れ込むように二人で床へうずくまる。
廊下には理事長の叫び声が木霊する。「バカな……この私の制御を打ち破ったというのか……!? そんな能力があっただなんて……くそっ、まだ終了ではないぞ……!」
理事長は端末を操作しようとするが、突如、廊下の奥から煙や瓦礫をかき分けるように警備員や特別クラスの生徒が現れる。「理事長、もうこれ以上は無理です……建物が崩れます!」という声が飛び交い、理事長は忌々しそうに顔を歪める。
もはや学園施設の8割以上が崩落し、理事長自身が安全に退避するのも危うい状況になりつつあるらしい。さらに、外の一部では通信機器が復旧し始め、救助隊が接近中だとの情報も流れ始めているようだ。
いずれにせよ、理事長の企みは破綻している。亜矢斗という切り札が使えなくなり、学園も壊滅状態では計画を継続する余地はない。
**しかし、冬華の意識はそこまで考えを巡らせることができず**、朧げなまま亜矢斗を抱きしめて倒れ込んでしまう。共鳴による精神的負荷があまりにも大きく、エネルギーを絞り尽くしたのだ。
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### 2. 冬華の覚醒
しばらくして――冬華がゆっくりと目を開けたとき、そこには瓦礫だらけの廊下と、淡いランプの光があった。空気がどこか冷たく、火や煙の匂いが若干薄れている。もしかすると既に外部の救助隊が近づいて、火災の鎮圧や換気を始めたのかもしれない。
背中に誰かの腕を感じて起き上がろうとすると、耳元で蓮見の声がかすかに聞こえる。
「冬華……よかった……意識が戻ったのね。円と真琴が、救助隊を誘導してくれてる。亜矢斗くんも……かろうじて生きてる……」
意識が朦朧としたまま首を巡らせると、少し離れた場所で亜矢斗が倒れているのが見える。彼の胸は微かに上下しており、どうやら息があるらしい。そばには円が蹲(うずくま)っていて、振動操作で何とか周囲の瓦礫が彼に降りかからないようコントロールし続けているようだ。真琴は救助隊らしき人々と連携して、少しずつ生存者をホールから運び出している。
冬華はぼんやりとした頭で思う。(共鳴……私の力、本当に目覚めたのか。亜矢斗を止められたのは……事実だよね……)
胸の奥にまだ残る火照りと痛みが、能力を発動した代償を物語っていた。自分の精神が深く損耗しているのを実感しつつも、確かに「彼と繋がった」瞬間を思い出すと、温かい感覚が胸を満たした。
「理事長……はどうなったの?」
蓮見が苦い顔をして首を振る。「わからない。あれから姿が見えなくなって、校舎の地下フロアも一部崩壊してるみたい。今は救助隊や一部の特別クラス生徒が手分けして探してるけど、見つからないって。」
もしかすると、理事長は逃げ出したのか、あるいは瓦礫の下敷きになったのか――この混乱の中では確認が難しい。しかし、少なくとも理事長がもう“七つの瞳”を利用できる状況ではなくなったのは確かだろう。
**やがて、時間がどれくらい経ったかわからないが**、校舎外から救急車や消防隊のサイレンが響き始める。どうやら通信遮断も一部解除され、外部に“学園崩壊”という大惨事が伝わったらしい。続々と救援が入ってくるにつれ、残った生徒や職員はホールや校庭へ移動を始める。
その最中、冬華は亜矢斗を担架へ乗せられる前に、もう一度その顔を確認した。焼け焦げた制服から伸びる腕には無数の傷があり、瞳は閉じられたままだが、苦痛の表情は少し和らいでいるようにも見える。
(よかった……少なくとも、彼は生きてる。)
**ふと、背後から円と真琴が駆け寄ってくる。**
円は顔に大きな擦り傷を負いながらも微笑み、「冬華、大丈夫だったんだね……! あなたの共鳴……すごい力だったよ。亜矢斗くんが止まってくれなかったら、今頃私たち全員……」と目に涙を浮かべる。
真琴はまだ解析眼を働かせて状況を整理しているが、「学園施設はほぼ全壊状態。特別クラスの分裂は事実上終わったわ。暴走の危機が去って、皆が助け合いを始めてる。理事長の所在は不明だけど……そっちは救助隊が捜索することになるでしょうね」と静かに伝える。
冬華は蓮見の肩を借りながら立ち上がり、校舎の崩れ落ちた壁から差し込む夕日に目を細めた。崩壊した瓦礫の山が照らし出され、そこにいる多くの生徒たちが必死に救助や負傷者の手当をしている。その光景は悲惨ではあるが、一方で支え合う姿も確かにあった。
**これが、理事長の“兵器化計画”が招いた結末。** しかし、それと同時に、冬華や仲間たちが懸命に抵抗し、亜矢斗を救うために力を合わせた成果でもある。もし共鳴が失敗していたら、学園はもっと悲惨な終わり方をしたかもしれない。
円はそっと冬華の手を握り、「ありがとう……。あなたがいなかったら、本当に最悪のシナリオだった」と呟く。冬華はまだ頭がクラクラしているが、温かい手の感触を受け取りながら、かすかに笑みを返した。
「私……無我夢中だった。いつの間にか、亜矢斗の心を感じ取って……。でも、彼だって本当はこんな破壊を望んでなかった。それを伝えたかったんだ……」
後方で真琴が小声で付け加える。「理事長が本当の意味で捕まるか、あるいは逃亡するかはわからないけど、少なくとも彼の企みは破綻したわ。政府も学園の崩壊を看過できないはず。外部から大々的に報道されるでしょうね。」
蓮見も疲労を隠せないが、険しい表情で唇を噛む。「あの人が残したプログラムや研究データは、きっと焦土と化した学園とともに失われるかもしれない。でも、それでいい。これ以上、こんな研究が続いたら、また同じ悲劇が繰り返される……」
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### 3. 新たな道
こうして、学園史上最大の惨劇となった“亜矢斗の暴走”は、冬華の“共鳴”によって止まった。周囲には数多くの負傷者が横たわり、施設は壊滅的なダメージを負っているものの、少なくとも最悪のシナリオ――学園全域が完全に消滅するような事態は回避された。
救急隊や消防隊が入り、負傷者を続々と校庭へ搬送する中、冬華たちも外へ出されて簡易ベッドで手当てを受けている。そこには氷系や電撃系、振動系といった能力者の生徒たちも姿を見せ、整然と列を作って救急車へ乗り込む者が多い。誰もが疲弊し、悲壮感が漂う。
一部の生徒は震える声で「もう二度と能力なんて使いたくない……」と呟き、他方では「いや、俺たちの力はまだ人の役に立つんだ」と言い合う様子も散見される。亜矢斗の暴走を止められなかったトラウマや、理事長への憎悪、あるいは計画の全容を知った後悔が入り混じっているようだ。
円と蓮見は近くの応急テントで包帯を巻かれ、真琴は警察や消防隊から事情を聞かれながらも、校内に残って取り残された人がいないかの最終チェックをしているという。冬華は自分のベッドに横になりながら、隣のベッドで眠る亜矢斗を見つめていた。
彼は点滴を受け、息は穏やかだがまだ意識は戻らない。医師の話では、過度の薬物投与と洗脳プログラムの反動で身体と脳に重大なストレスがかかっているらしい。短期的には意識混濁が続くだろうが、命には別状がないという。
(よかった……本当に、よかった……)
冬華は深く安堵の吐息を漏らす。学園が崩壊し、多くの犠牲者が出てしまった事実は辛いが、亜矢斗が生きていることが、せめてもの救いだ。
そのとき、看護スタッフが近づいてきて言葉をかける。「まだ動かないほうがいいわよ。あなたも相当な負荷がかかってる。検査したところ、脳波に不安定な領域が見られるって……」と心配する。
冬華は痛む体を起こそうとするが、「大丈夫です……私には、やるべきことがあるんです……」と微笑を作る。自らの異能“共鳴”の代償として精神が削られた実感はある。それでも亜矢斗を救い出し、理事長の計画を破綻させた意義は大きいと思っている。
**ほどなくして、夕暮れが校庭を染め始めた頃**、冬華はゆっくりと立ち上がり、自分に拘束の意思がないことを確認した警察関係者の目をかいくぐるように、まだ気絶したままの亜矢斗のもとへ向かう。
円や蓮見、真琴も同じタイミングでテント前に集まり、黙って見守っている。冬華は亜矢斗の頬に手を当て、微笑んだ。
「あなたは兵器じゃない。暴走させられたけど、最後に戻ってきてくれた……。たとえ理事長が何を言おうと、もうあなたは自由なんだよ。」
まるで寝顔に囁くような声。亜矢斗はまぶたを動かし、一瞬だけ掠れた息が混ざる。無意識下でも、彼は確かに冬華の言葉を感じ取っているのかもしれない。
円は目を潤ませ、真琴は複雑な表情で腕を組む。蓮見はタブレットを抱え、「理事長、まだ見つからないみたい。外へ逃げたか、瓦礫に埋もれているのか。政府関係者も捜索してるけど、どこまで信用できるかはわからないわ……」と呟く。
**だが、もう理事長が戻ってこようが、この計画は失敗に終わっている**。崩壊した学園には実験環境も研究設備も残っておらず、多くの特別クラス生徒が理事長に敵対的な証言をするだろう。
冬華は空を見上げて思う。もし“共鳴”の力に気づかなかったら、亜矢斗が暴走を完全に止めることはできなかったはず。多くの生徒が死に、学園が跡形もなく崩れていただろう。自分自身も巻き添えを喰らったかもしれない。
**そして、冬華自身の覚醒**。自らの能力が接触による精神安定化“共鳴”だと知った今、彼女は思う。こうした力があるなら、まだ世の中に役立てる余地があるのではないか。円や蓮見、真琴のように強烈な力を持つ生徒たちも、正しく使えばきっと多くの人を救えるのではないか。
(理事長の兵器開発なんて、最低な利用法だったんだ……私たちの力は、本当は人を救うためにあるんだよ。もっとも、犠牲も大きかったけど……)
胸を刺す罪悪感や悲しみと同時に、ほんの小さな光が冬華の心にともっている。それは、己の道を切り拓くささやかな希望。学園は壊滅してしまったが、たとえ新たな学校や環境が与えられたとしても、きっと彼女たちはもう同じ過ちを繰り返さないはずだ。
**ピピッ……**
蓮見のタブレットが小さな通知音を立てる。どうやら政府からの緊急救助隊やマスコミが近くまで来ており、学園の惨状を公に発表する段取りが整ったらしい。円が顔を強張らせ、「これから、いろんな調査や裁判みたいなものが始まるのかな……」と呟く。
真琴は「私たちが正直に証言するしかないわね。理事長が生きているなら、彼が責任を問われるだろうし、もし死んでいれば私たちが彼の所業を暴露しないと」と淡々と告げる。悲しい現実だが、それが唯一の清算方法だろう。
「ふぅ……少し落ち着いてから、私たちで話し合おう。亜矢斗くんが回復したら、今後のことを一緒に考えないとね。」
蓮見がそう締めくくり、タブレットを閉じる。円は無言で頷き、真琴は肩の力を抜いて、ようやく安堵の息を吐く。冬華は微笑みながら亜矢斗の隣にしゃがみ、彼の手をそっと握りしめる。体はボロボロだけど、心には不思議な充足感があった。
(私にこんな力があるなんて思わなかった。でも、これが私の道なのかもしれない。誰かが暴走しそうになったとき、支えられるなら……それはきっと、無駄な力じゃない。)
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### 4. 終わりと始まり
黄昏が訪れる頃、救助隊の明かりが学園の崩壊した建物を照らしている。校庭には多くの負傷者が集められ、一部はヘリコプターで搬送されているらしい。校舎周辺にはマスコミと警察車両が停まり、閃光が瞬いている。どうやら理事長の行方不明や多くの犠牲者が出たというニュースが、一気に全国へ伝わりそうだ。
冬華は応急テントから外を見つめながら、包帯の巻かれた腕をそっと撫でる。痛みは強いが、心は少しだけ晴れやかだ。事件は悲惨な結末を迎えたが、亜矢斗も生きているし、これから先、どんな形であれ生き延びていける希望はある。
円と蓮見が寄り添い、「ここからは私たち、どうなるんだろうね……」と不安そうに話す。理事長の研究は崩壊し、特別クラスの存在意義も問われるはずだ。政府はどう対応するのか、社会はどう受け止めるのか――何もかも未定だが、もう“兵器化”という選択肢は潰えたと信じたい。
真琴も加わり、「私たちが持つ異能は、誰かに奪われるべきものじゃない。理事長のような人間が現れないよう、しっかり監視と規制が必要かもしれない」と冷静に展望を語る。
さらに遠くのテントで寝かされた亜矢斗を見つめ、「彼が目を覚ましたら……一緒にここを出よう。学園はもう、私たちを必要としていないし、私たちもここに留まる理由はないわ。」と微笑する。
冬華は静かに頷く。自分の“共鳴”の力が確かなものだと知った今、彼女は亜矢斗を含めた仲間たちと、また別の場所で新しい道を歩むのかもしれない。理事長不在の荒廃した学園に未来はないが、彼女たちにはまだ未来がある。
**こうして“七つの瞳”の暴走**は、冬華の覚醒によって沈静化した。自己犠牲を伴う苦しい対峙だったが、その果てに見えたのは、学園の崩壊と多くの負傷者という痛ましい現実。それでも、これが物語の完全な終わりではない。次なる舞台は、理事長の失踪と政府の対応という新たな問題へ移行していくだろう。
最も重要なのは、冬華が気づいた自分の力――**接触を介して対象の精神を安定化させる“共鳴”**――が、この先どれほどの人を救えるか、あるいはどんな課題を伴うかということ。亜矢斗が目を覚ましたとき、彼は自分の罪悪感とどう折り合いをつけるのか。それを支えるのが冬華や仲間たちの新たな使命となるのかもしれない。
**陽が沈み、学園のシルエットが夜闇に溶けていく**。遠方からヘリコプターのライトが煌めき、視界を横切る。まるで終わりと始まりが重なるような静寂の中で、冬華は痛む腕をそっと押さえながら思う。(私たちの生きる場所は、きっとここではない。でも、どこかに――きっとある。)
学園の崩壊がもたらした血塗れの結末を前にしてさえ、冬華の心は折れなかった。共鳴の力に目覚めた彼女は、この力が“誰かを救うため”にあると信じるからだ。理事長のように兵器化を求める者が再び現れるかもしれないが、そのときはもう一度、共鳴によって暴走を止め、悲劇を防ぎたい――そう誓っている。
すべてが瓦礫にまみれた学園の廃墟をバックに、冬華と仲間たちは今日を生き延びた。それだけでも、先ほどまでの絶望を思えば奇跡のように尊く、辛くもあり嬉しくもある。明日からどうするか、その答えは誰も持っていない。
けれど、**止まらない力**に立ち向かった彼女自身が、**“共鳴”という覚醒**を果たしているなら、もう道を見失うことはないだろう。自己犠牲を厭わずに救いを求める行為は危険と隣り合わせだが、冬華はそれを恐れない。仲間たちが支え合えば、かつてのような絶望に支配されずに済むはずだから。
傷つきながらも生き残った若者たちは、ここから新たな物語を紡ぎ始める。
**この終着点は、同時に始発点である――。**
こうして、**冬華の“ヴィジョン”の本質が「対象の精神を安定化させる共鳴能力」**であることが明らかになる。亜矢斗の暴走を止めるため、冬華は自らの精神をも削りながら共鳴を行い、理事長の陰謀は破綻に追い込まれた。だが、学園は崩壊し、多くの犠牲者を出すという悲惨な結末を迎えることになった。
それでも“止まらない力”が鎮められた事実は、彼らにとってかすかな希望の光であり、冬華の覚醒によって仲間たちもまた、新しい未来を探そうと立ち上がる。理事長の行方や政府の対応など、まだ数多くの問題が山積みだが、最も重要なのは――暴走を止める可能性を持った“共鳴”の力が、今後どんな奇跡をもたらすか、ということである。物語はさらに次のステージへと進んでいくだろう。
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