フィードバックライフず〜死後の世界で会いましょう

花水木 鳥夢

第1話 母へ

公務員の33歳、国土交通省で働いている

田中市郎は、去年行われた大型都市開発工事による

着服の濡れ衣を着せられていた。

最初は市郎の弁護士も上司の証言や状況証拠などがあり勝てると

言っていたのだが立て続けに運が彼を見放してしまう。

刑事訴訟に敗訴した彼は、翌日身柄を拘束されることとなった。

当然の事ながら銀行口座も凍結される様である。


疑惑が自分へ向くことを薄々予想していた彼は

銀行口座の凍結を恐れ実は銀行窓口で当時貯金を全て引き落としていた。


金額おおよそ1250万。


判決後のその晩、自分を勇気付ける為

最後の晩餐でスーパーへより

いつもよりも美味しい物を食べようと

涙ながらに半額のステーキを取った。


市郎は節約家でこんな時でも謙虚である。


家に帰った市郎は、保管しているお金をまず確認した。

市郎は、用心深くエアコンの熱交換器を外し、その空いたスペースに市のゴミ袋へ入れた現金を隠していた。

これは、市郎を女で1人で育ててくれた母であるカズコへの老後の当てにと思っての事だった。


その晩、母へ手紙を書いた

女で1人で育ててくれてありがとう。

母ちゃんが、朝も夜もおれが公務員になるために

学費を稼いでくれたのに…

でも、心配しないで。


母への手紙では市郎は、一切無罪である主張や言い訳はすることはなかった。

もう、彼は度重なる裁判前のやり取りから裁判を終えた所で目元もうつろの上、それ以上書く気力はもう無かった。


遺書を封筒に入れ84円切手を貼る

身支度を終えた市郎はステーキをフライパンへ置き

火にかけテレビをつけた

自分が関わっていた事件のニュースだ

担当職員の同期である根倉(ねくら)が汚職のインタビューを答えていた。

市郎にとって根倉は、裏切った中の1人である。

国土交通省に就職し初出勤の頃から同部署にいた同期であり信用していただけに

根倉に裏切られるとは思っていなかったのだが

最後の最後、根倉の虚偽証言により実刑が下ったのであった。

テレビを見て判決時の悔しさがフラッシュバックした市郎は発狂し、ステーキの乗ったフライパンをフルスイングした。


ステーキはテレビに張り付き、市郎は叫びながらフライパンで何度もテレビを叩きつけた。

市郎の家の60インチ液晶テレビは粉々になった、ふと我に返り泣き出して市郎の足元にはステーキが

冷えて転がっていた。

市郎は更にぶつけようの無い怒りを

押し殺した「ありえない…ありえないだろこんな事…」

窓を開け「ふざけんなこのやろう」と叫んだ。

そんな時、市郎のスマートフォンが鳴る。

母の弟の五郎叔父さんからの着信だった。

放心状態の市郎は出ることをせずしばらく放って置いた

5分は鳴りやまず呆れ果てて出ると

五郎叔父さんは一言目に言った

市郎ちゃん落ち着いて聞いてくれ

今、姉さんが息を引き取った

そう、遡ること当日午後1時カズコは交通事故により運ばれていた

息子に迷惑はかけまいとカズコは五郎叔父さんの電話番号を救急隊員に告げ

五郎が駆け付けた頃は手術は成功したと思われた。

しかし、急変し脳を強く打っていた際の脳内出血が収まらず亡くなった。

事情を聞いた市郎は、電話を切り

重なりに重なった出来事によって

自殺を考えた。


市郎は、業務スーパーで買い溜めしていた大好きなウイスキーを棚から取り出した。

そのウイスキーを3本叩きつける様に机に勢いよく置いた。

今まで歯医者や内科外科に、通院はしたが飲んでいなかった10年分の薬入れの引き出しをひっくり返し風邪薬、睡眠薬、痛み止め、数々の薬を机にちりばめた。


市郎は、服毒自殺を図ろうとしていたのだった。


500mLアルコール濃度40%ウイスキーをまず一本イッキ飲みした。

頭に矢が突き抜ける様な感覚が走った。

「あああっあっあ」

身体が焼ける様な熱を持ち、喉が焼け声がでない

指先にも血流が強く通い出すのがわかる感覚だ。


次は意を決し、口に山盛りの薬をぶちこんだ。

頬が膨れる程積めた、そしてウイスキーの2本目をイッキ飲みした。

アルコールで胃袋が焼け頭の中がぐるぐるまわる。

それでもまだ、市郎は止まることなく

薬をもう一度積め3本目のウイスキーをイッキ飲みした。


目の前が真っ暗になった。




微かに声が聞こえる

田中さーん、田中市郎さーん

3番窓口までお願いしまーす。


どこかの受付だった…

なんだろう…

なんかしてたっけおれ…

頭がスッキリして

身体がポカポカする…


「職業安定所?おれは新卒公務員だから噂にしか聞いたことないけどハローワークかここは?」


目に見える感じで判断出来るのは

それぐらいだった。


言われるがまま3番窓口へ行った市郎

小太りのメガネを掛けたおじさんが言った

私が自殺科担当の毒山朧月殺しです。(どくやまおぼろづきごろし)


市郎は、目が点になった。


毒山は続けた、いいんですいいんです

あの~、皆そうですから

単刀直入に言いますとね

田中さん、死んだんですよ。

でね、手続きしてるんですわ

大変だったでしょう、あなたの書類読みましたよ。

是非私も力になれればと思っておりますんで。


市郎から見た毒山は、強面の風貌ではあるがよく笑う気さくなおじさんという感じがした。


毒山がその後も説明を始めた


えー、田中さんのポイントが

16200ポイント。ヒューマンコイン1250万ダラスありますけど

如何なさいますか?


市郎 如何?どういう意味ですか?


毒山 あのね、田中さん現実世界コース人間界でお勤めになられて、16200ポイントたまってるんですわ


市郎 だからなんだよそれ


毒山 言うたらこのポイントつこて

もう一回次のステップに行くみたいなもんですわ


市郎 はあ?おれ帰るよ


毒山 その格好ででっか?


市郎 あ?なんで裸なんだよ


そう市郎は、衣服や装飾品など何も着ていなかったのだ。


毒山 そら死んでますもん


市郎 なんだよそれ!まず服くれよ頼むよ


毒山 仕方ないでんなあ

田中さんのダラスから決済しときますよってん

天引きですよ田中さん。

しかし、どえらい金もってまんなあ(笑)

中々死ぬ手前にこないな金持って死ぬ方いまへんで。もったいない。


市郎 うるせえ、早くしてくれよ


毒山 そこのタブレットで選びなはれ


市郎 はあ?早く持ってきてくれっ…


毒山 ええから選びなはれ


汚いシルバーのタブレットには、ファッションサイトの様なホームページにたくさんの洋服ではなく、コスチュームが揃えられていた。


市郎 うるせーな。

なんだよこれ、勇者様セット?だっさ!

なんだよこのでっかいブローチ、毎日ホームパーティでもすんのかよ。


市郎がタブレットを覗くと、

ファッション通信【メンズ勇者】と書かれており

サムネイルの勇者モデルはハリネズミの様な髪型に、金の鎧を上下地肌に直接着込み、金属アレルギー対応と記載され。

横にはアフロの巨乳のビキニを着た女性が中指を立てて

ヤンキー座りをしていた。


(なんなんだこれは。金属アレルギーとかよりも大事な部分が擦れて痛いだろ…あと、ムレるわ)


毒山 えらい言い様でんな怒りまっせ

今ならファンタジーコースの人間界でドラゴンが暴れてるもんで

勇者様セットでポイントやダラス無い人でも低価格で購入して、人生のやり直しが効くんですわ。


市郎 なんだよそれ?服は他にもねえのかよ


まだ、市郎は毒山に耳を貸さずに

焦る一方で服のみを探していた。


毒山 あんねえ田中はん、あんたが現実世界コースでいてただけで

あんたんとこのスーツかて

他のコースからしたら間抜けな格好ですわ


市郎 なんだよコースって、じゃあ他になにがあんだよ


毒山 かしこまりました。

では、人生やり直しプランの説明しますよってに


毒山は、机の引き出しから1色印刷のクシャクシャで

ペラペラなパンフレットを見せてきた。


毒山 今のポイントやと田中さん

全て選べるんですわ

ファンタジーコース

現実世界コース


どうしますか?


田中 (パンフレットを見る。)


パンフレットには、

タイトルで【誰でもできる簡単転生攻略】と書いてある。

そこには、イエス、ノー問題で進んでいくアミダくじの様になっていた。


進めていく市郎


田中 なんだよこれ。


そこには、かわいいポンチ絵で質問がならんでいた。


思い返せば良いことがあんまりなかった…yes


朝は強くてバリバリ働ける…NO


田中 おれがいたのが現実世界なら

もう朝早く働くなんて嫌だし

人間関係もうんざりだよ



毒山 ほうでっか。ほなファンタジーコース行きなはれ


田中 だからなんだよそれ


毒山 RPGみたいなもんで

冒険者になってもらいますんや


毒山 ポイント的にも現実コースが

一番コスト高いんですけどな

田中はんのダラスとポイントあれば

次の人生選び放題、薔薇色でっせー


市郎 嫌もう現実世界は嫌だよ懲り懲りだ


すると、ふと思い返した市郎


市郎 おい、ちょっと前に田中カズコって来なかったか?


そう。市郎は悟ったのだ

皆が死ねばここを通るのであれば母もここに来たはずだと。

問いかける市郎。


毒山 いやあ、わかりまへん

自殺でしたら内の科ですけども


市郎は、安心した

色々な出来事があり母を自殺に追い込んだのでは、という懸念点もあったからだ。


市郎 違う事故死なんだ


毒山 それがなんでんの?


市郎 頼むよ母親なんだよ


毒山 (書類を見る)ほんまでんな

ほな違う科に聞いてきますわ


市郎は、自分が死んでいる事も忘れて母に会えると

胸を躍らせていた。

もう、嫌なことは忘れ…嬉しさと待ち遠しい気持ちが勝っていた。


市郎 頼むよ まだかよ?(待つこと30分)


毒山 もう次の人生行ってはりまんなファンタジーコース選ばはったみたいでんな


市郎 なんでだよ母ちゃん!

なにかの間違いだろ


市郎は会えると思っていただけに

愕然としたのであった。


毒山 なんでもよーできた人で、ポイントもわんさかあって、平々凡々の生活も選べたのに

なんでもファンタジーコースのドラゴン討伐の方に行ったみたいですわ


市郎 うそだろ。ポイントあんなら

母ちゃんは薔薇色の人生で良かったじゃないか

ファンタジー界はいくらなんだ?

ドラゴンてなんだよ!


毒山 田中はんもうファンタジー界は現在無料や。

そんぐらい危ない事なっててレートも低いねわ

あとね…保証もないんですわ…


市郎 タダなのか?危ないって?


節約家で貯蓄家の市郎でも、タダで危ないと聞き、一瞬でカズコの状況が何かしら危ない予兆を悟った。


毒山 ゲームと違ってモンスターってのはどえらいムキムキですわ

現実世界コースに(カタログのゴリゴリのデーモン)このモンスターがもしおったら

握力はとても計れまへん

せやけどまあ、タブレットのデータでは村人5人いっぺんに、右手で…

握り潰して搾りカスはカサカサみたいやったて書いてますわ。


タブレットを見る市郎


市郎 こいつこんなデカいのかよ


毒山 デーモンの子供で現実世界でいいますと身長3メートルですわ


市郎 子供で!


毒山 みたいでんなあ…まあお母さんはファンタジーコース行きましたけども

現実世界コース行ったらどうでっか?


市郎 (母との思い出が込み上げる)


市郎が幼稚園の頃、近所の公園で見た光景

そこには風に吹かれて麦わら帽子を押さえる

若い頃のカズコだった。


市郎 母さん老けたよな…

苦労かけたよな…

いつも遊んでくれたよな…


涙を堪えた市郎


市郎 また会いたいから、また会いたいから…

毒山さん色々アドバイスしてほしい。


毒山 ほなポイントの振り分けと

ダラスの振り分けに

行きまひょか

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る