11-シャルロッテさんに先導してもらって
シャルロッテさんに先導してもらって、朝食会場へと向かう。なんかこう言うと、旅館みたいだ。
私が泊めて貰った部屋はお城の向かって右側だったけれど、食堂はどうやら左側にあるらしく、シャルロッテさんは玄関ホールを横切った。勿論私もそれに従う。
同じように長い廊下があって、足音の響かない絨毯が敷かれているけれど、絨毯の色と柄が違うような気がする。詳しくないから、気がする、止まりだけれど。
いくつかのドアを素通りして、シャルロッテさんはブラックのドアをノックした。ステンレスとかの金属製でなはく、木材を黒く塗った……わけでもなさそう。多分、経年で黒く光って見えるのだろうドアだ。
「失礼いたします」
中からの返事を待たずに、シャルロッテさんがドアを開けた。
部屋の中には、四角いテーブル。
正面には男女が二人。片方は肖像画で見た人だから、当主様だろう。つまりお隣に座っているのは奥様かな。
その左隣、当主様の右隣の辺にも男女が二人。その隣にも男女が二人、最後の辺にも男女が二人で、四面全て男女が二人座っている。どういうことだ。
「おはよう、エリィ。よく眠れた?」
私を手招きしてくれるベアトリクスさんは、ご当主様の奥様の左隣の辺にいた。そこだけ椅子が三脚あり、ベアトリクスさんの左隣が空いているということは、そこが私の席なのだろう。一応末席であるけれど、すべての辺が埋まっていることからそう言う訳でもないのだろうか。
その辺りは、まあおいおい分かればいいかなと思う。現実世界のこういうマナーだってややこしいのに!
「おはようございます。はい、とてもよく眠りました」
入口で、そのまま軽く頭を下げる。頭を上げてから、ベアトリクスさんの手招きに応じて席に座らせてもらう。なぜかシャルロッテさんではなくて、ベアトリクスさんが椅子を引いてくれた。
「初めまして、バルドゥイーン殿。私はディーデリヒ・ファビアン・クリスタラー。ここ、アーベル国の南の果て、バルリング森の守護を任されている」
威厳たっぷりな、重低音だ。なんかこんな声の声優さんいたな、と思うけれど私は詳しくないので誰かは分からない。でもゲームとかCMとかで聞いた気がする。
ところで、こういう時ってどうすればいいんですかね。笑顔でニコニコしてましたけれど、私も何か言わないとまずいよね。でも何を言えばいいのか。
「父さん、昨日も言いましたけれど、エリィは庶民の出で、そのように堅苦しく言うから困ってますよ」
「致し方なかろう。最初はちゃんと言わねばならないのだから」
なんと言っていいのか分からないでいた私の気持ちを、ベアトリクスさんが代弁してくれた。とてもありがたい。会社の先輩たちなら、なんとなく卒なくコメント返しそうだけれど、それは買い被りなのだろうか。どうだろう。立派な社会人でもこれは難しい?
「保護していただき、ありがとうございます。月島絵里と申します。どうか、エリィとお呼びください。これからお世話になるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
先輩なら、なんていうか。そう考えると、なんとなく答えが出た気がしたので、頭を下げた。座ったままだけれど。
「貴方、わたくしたちのことも紹介してくださいな。このままでは、バルドゥイーン様にお声もかけられないわ」
「ああ、すまん。バルドゥイーン殿、ひとまず我が家族を紹介させていただこう。隣に座るのが、我妻ハンネローレ」
「ご挨拶が遅くなりました。わたくしも、トリクシーにならってエリィちゃんとお呼びしても?」
にこにこというよりはふんわりと微笑みながら、貴婦人がゆったりと問うてくださる。お召し物はワンピースだけれど、私がお借りしたものよりも、ドレスに近い気がした。気がするだけで、一人で着れそうではあるのだけれど。
「とりくしー?」
「私の事だよ。ベアトリクスの愛称だ。エリィにもぜひそう呼んでもらいたい」
隣に座ったベアトリクスさんが、教えてくれる。ベッキーとかじゃないのか。
「ありがとうございます。是非、エリィと。その、バルドゥイーン、は、聞き慣れない言葉なので」
ベアトリクスさんにもお礼を言って、奥様にも頭を下げた。もう是非、皆さんエリィで統一してほしい。
「ディーデリヒも言いましたけれど、わたくしたちはあなたを歓迎いたします。実家のようにはくつろげませんでしょうけれど、どうか親戚の家に遊びに来たと思って、くつろいでちょうだいね」
「ありがとうございます。そうできるといいな、と思います」
生憎私の両親の実家はそんなに広くなくて、田舎に帰ってもこんなに広い家に遊びに行けたことはない。いや勿論こんな広い家の方が少ない、っていうのは百も承知だけれど、それでも。普通の日本家屋におけるスタンダードな一軒家しか知らない身としては難しい。
「食事の前に、紹介だけしてしまおう。これは、長男夫婦だ」
ディードリヒ? ディーデリヒ? ベアトリクスさんのお父さんが右手で、右隣に座る男女を指し示した。
「これとはひどいな。トリクシーの上の兄、フェリクスだ。こちらは妻のエレオノーラ」
「お目にかかれて光栄ですわ、バルドゥイーンさま」
お父さんによく似たがっしりした体格の金色の髪の男性が、金というよりは茶色に近い髪色の奥さんを紹介してくださった。覚えられる自信はないが、まだあと三人もいるのである。
「その隣が、次男夫婦だ」
「グスタフと、その妻のヨハンナだ。トリクシーも含めてよく似た四兄弟と言われているから、俺のこともフェリクスの事もひっくるめてお兄さんと呼んでくれて構わない」
自覚があってくれるようで何よりです。その隣で奥様は、くすくす声を殺して笑いながら、軽く会釈をしてくださった。多分、あれは声が出せないくらい笑っている。
「それから、未婚の子供たちだ」
「イグナーツと申します。弟です」
「よろしくお願いします」
確かに弟さんだけ、お兄さんたちと似ているのだけれど若く見える。若いというよりは、幼いというか。多分まだ、高校生くらいじゃなかろうか。
「アーベル、食事にしてくれ」
「かしこまりました」
さらっと一周紹介が終わったところで、ずっと控えてくれていたのだろう、黒いスーツの、多分執事服とかそういうたぐいの服を着た男性に、ご当主様が指示を出した。
執事さんの指示を受けて、メイドさんたちが銀色のワゴンに乗せて朝食を運んできてくれる。
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