05-要望があったので

 要望があったので、破れてしまったストッキングを渡した。皆さん興味津々に見ている。

 なんだっけ。足を綺麗に見せるために編み出されたものだったんだっけ。確か歴史はとても長かった気がする。ふーん、で流してしまったので、詳しくは全くないのだけれど。


「お慈悲に感謝いたします。そのことも併せて、職人に伝えるようにいたします」

「お慈悲?」

「下着なんて、誰かに上げたくないじゃないですかー」

「シャルロッテ!」

「ああ、そういう。肌着ではありますけれど、直接の下着でもないですし。そもそも洗濯して貰うのであれば、誰かの手には渡ってしまうので」


 そもそも捨てようと思っていたものなので、構わない、というのもある。

 何年かしたら、この国にもストッキングが流行るのだろうか。女性陣の足が少しでも綺麗に見えるようになるのなら、それは喜ばしいことなのでは?


「もしかしたら明日とかには恥ずかしくなるかもしれませんが、少なくとも今はなんかどうでもいい気分なので、今のうちに持って行ってしまってください」

「アイベンシュッツに会ってしまうと、そいういう気分にもなりますよね」

「私の生まれ育ったところには、赤くて腕の四本あるクマさんなんていませんよ!」

「大丈夫ですよ、バルドゥイーン様。アイベンシュッツの生息範囲はこの辺りだとバルリングの森だけなので、騎士団に所属しているか、他の国の冒険者でもないと見たことありませんから。私はありません」

「女神様私に厳しくない?」


 だなんて、シャルロッテさんと雑談をしている間に、ビアンカさんが私の両腕を確認してくれる。ブラウスが破けていたのは袖口のほかに、二の腕もだった。そちらは特にシミなどもなく、何で切ったか分からない状態だとかで、ビアンカさんがしげしげと私の腕を診ていた。見ただけで何が分かるのだろうかと素人の私は思うけれど、毒が傷口から入ればなんか変な色に腫れそうだな、という偏見もある。漫画とアニメと映画とサスペンスドラマのどれかから得たなんちゃって知識で考えるに。


「ええ、傷はたくさんできているけれど、すべて切り傷と擦り傷で、毒は入っていなさそうですね」

「よかったー」


 ずるりと、力が抜けて椅子からずり落ちる。それでも床まで落ち切らなかったので、私の羞恥心はまだ少し残っているようだ。理性かもしれない。


「お茶をお淹れしますね。お風呂の支度が整うまで、少しゆっくりなさってください」

「ありがとうございます」


 完全な下着姿の私に、シャルロッテさんがバスローブを渡してくれた。毒が体内に入っていないことが確認された今、私は自分で脱ぎ着をしていいってことになったのだ。そもそも動いてもいい。足の裏が痛いから、立ち上がりはしないけど。


「エリィさま、それでは私はこれにて失礼いたします」

「色々ありがとうございました」


 頭を下げて退室のご挨拶をしてくれるビアンカさんに、バスローブを羽織った私はあわてて頭を下げる。


「お風呂上がりの傷の手当は看護師でもあるギーゼラが行います。お風呂での付き添いとお風呂上がりのお肌のケアはシャルロッテが。なにとぞお受入れ下さい」


 そこまでしていただかなくても! とか、お風呂の付き添いって何! とも思うけれど、私のこれからの人生で、こんな贅沢ができる日が来るのかというとおそらく考え付かないので、一日くらいはいいかなと思うことにした。

 あと誰かとお喋りしてないと、あの怖いクマが脳裏をかすめるし。出来れば思い出したくない。

 ビアンカさんが部屋を出て行って、無作法にも椅子の上からそれをお見送りした私が、テーブルへと体の向きを戻した丁度その時、シャルロッテさんがそっとテーブルにお茶を置いてくれた。


「ハーブティーは飲まれますか?」

「はい。たまにですけど」


 緑茶もハーブティーと言えばハーブティーな気がするけれど、どうなんだろうか。ジャスミンティーも結構好きだ。

 シャルロッテさんが部屋に備え付けの白い茶器で淹れてくれたのは、黄色いお茶だった。黄金色ではなくて、黄色。レモンティーよりもうちょっと、黄色。


「これは?」

「ヒルパート、と言います。お花の名前を元にした銘柄ではなく、農園の名前のお茶ですね。ヒルパート農園でブレンドされたお茶です」


 カップを手に取って、そっと匂いをかぐ。ふんわりと甘い匂いは、お砂糖なのか。それとも花の匂いなのか。


「一回ストレートで飲んでみてください。お砂糖よりも、はちみつの方が合いますよ」

「え、これお砂糖の匂いじゃないの?」

「ヒルパートは、お花と果物のブレンドですからね。その香りではないかと」


 ちなみにブレンドされているお花と果物は種類も内緒だそうだ。農園の名前を冠するブレンドなのだから、それも当然だろう。

 おっかなびっくりひと口含んでみれば、熱すぎず、かといって冷め切ってもおらず、とても飲みやすかった。果物が入っていると言っても、糖度の高いやつではないのだろう。飲み口はすっきりさっぱりしていた。


「美味しい。好きです、これ」

「お口にあったようで何よりです」


 シャルロッテさんも、ギーゼラさんもニコニコと笑ってくれている。お客様がおもてなしに喜んでくれて嬉しい。純粋にそう思ってくれているようだった。

 ひと口、ふた口、とお茶を飲んでいる間に、ギーゼラさんが私の着ていた服を全部畳んで、一つずつ別の布に包み終えた。それを手に、一旦お暇すると声をかけてくれた。


「お風呂から上がられる頃を見計らって、またお伺いいたします」


 彼女はそう言って頭を下げると、部屋を出た。

 それを待っていたのか、隣の部屋のドアが開いた。


「お風呂のご準備ができました」

「はい。ありがとうございます」


 三人のメイドさんが奥の部屋から出てきて、揃って私にお辞儀をした。私も、彼女たちにお辞儀を返す。


「お手をどうぞ」


 シャルロッテさんの顔を見て、差し出された手を見て、それからもう一回彼女の顔をみた。これはいったい、どういう?


「その足で何にもすがらずお風呂場まで歩かれるおつもりですか。靴を脱がせただけで悲鳴を上げていらしたのに」

「あ! お手をお借りします」


 言われて理解した。まったくもってその通りだ。そもそも手を借りただけでまっすぐ歩ける自信もない。

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