第2話 墨者・カセ

 飛び回る。とぐろを巻きながら、飛び回る……、この黒き大蛇は、墨雲(すみくむ)といった。

 そして、この墨雲の体に住みついてる人間たち、彼らにも神はこれまた総称をつけた。

 その名も墨者(すみもの)という。

 この墨者のほとんどは現在、墨雲の体内にいる。数えきれないほどだ、とにかくいっぱいだ。

 話を横にしよう。

 そぉら。今日も今日とて、すさまじい雨風と雷の雲がたちこめる激しい気候の中で、一人の墨者が墨雲の背にまたがっている。

 手で豪快にもウロコをけずったり、まんま、かぶりついたりと。って、なんだこれは。いやはや、たんなる食事の真似事だ。

 なぜそうするか?意味などない。ただ、痛がる大蛇が面白いだけだ。ここにいれば、あらゆる神の記憶が、墨者たちの本能に、その血液の中に刻みこまれていく。実際には墨者は空腹を知らず、食事を知らない。だから食事の真似事なのだ。

 かたやその行為を野蛮だとか言う墨者もいた。墨者とて、しょせん人間。悪いことと知っていながら愚行を働いても、なんら不思議はない。

 ちなみに食事の真似事をしていた少年は、名をカセという。

 カセは誰よりも身軽だった。墨雲がその背で受けとめることなんかも折りこみ済みなうえで、気ままに空へ飛びこんだりする。ほれ、今もだ。死ぬか?死ぬか?――いや死なない。っと、こんな具合に。

 言うなれば、やたらと無謀な行動をとりたがる野生児だ。……正確にはカセが空を這う大蛇の動きを読みきって、調子づいてるだけなのだが。

 そんな折、はたっと彼は何事かを思いついた。そしてその勢いのまま、なんと墨雲の顔にへばりついた、時折ふき飛ばされそうになりながら。

 ごおおおおっ。

 そこは荒くれた気候の先端だった。カセの背をぐぅうっと押さえつける強風に、頬をたたく雨、いつカセに落ちるとも知れない周囲の雷。

 まるで死に急いでるようだ、今しか見えてない。何がそうまでして彼を駆り立てるのか、それでもカセは豪快だった。と、次の瞬間。

 うぁああああっ、うぁああああっ、うぁああああっ。そんな墨雲の悲鳴が空中(そらじゅう)に轟いていく。

 何が起きたか、簡単な話だ。カセが大蛇・墨雲の牙を一本、なんと手と腕だけで、ひっこ抜いたのだ。

「はははははっ!墨雲!痛いか、痛いか!この牙、使わせてもらうぞ!」

 カセの引っこ抜いた牙は、そのまま彼の武器となった。

 墨雲を従えるための、そして時として融通のきかない墨者たちを脅すための……。

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