第1話 神の瞳と墨雲
あれはそう、神の瞳ができあがったばかりの頃だった。
まぁ、その神の瞳というやつは、まっことだだっ広くも晴れやかな青空でできていたんだが……、そこへある日、一筋ほどの墨汁がこぼれた。
ん?青空に墨汁とな?そんな不可解な。今一度目を凝らしてみる。
あぁ、なんだ、あれは墨汁なんかじゃない、空の彼方でぬたうってる蛇じゃないか……とまぁ、そんな風に地上から青空を指させたならよかったのだが、あいにくこの空間には地面やらという足場はない。ただ津波のように雲がせまってくるという珍妙極まりない場所なのである。
さて、話を戻すが。つまりは、空しかない場所で暴れてるんだよ、蛇がな。それもそいつは墨汁のように黒い大蛇。だから神はやつにこう名づけた。
墨雲(すみくむ)、と。
だが、そんなことはついとウヤムヤとなった。それどころかやつは、うぁあああああっと苦しみ続け、ぬたうち続けた。うん、そらぁもう真っ赤な血反吐を吐き散らして。
飛び散った血の粒たちはな、ビッという勢いを失うと、丸くなって、ある生き物に変化(へんげ)していった。巨体の墨雲よりうんと小さな存在、それは神のごとく言葉を操れる、人間だった。
苦しみながらも、それでも墨雲は失った血を取り戻さんとして、その人間どもを丸呑みにしていくんだ。ぐぁあっと。
一方の神はやつの苦しみやらをはらうために、なんと、稲妻をピシャリまたピシャリと雲づたいに降らしたのさ。それが墨雲の体に見事に落ちると、やつの中の苦しみはサッと消えた。
だがどういうわけか、この雷の雲は空にとどまり残ってしまった。前途しての通り、この空は神の瞳でもあるわけで……、つまりは神からすれば盛大に視界を奪われてしまったということになるわけだ。
しかし、それを好機ととらえた大蛇・墨雲は自身の体のありとあらゆる箇所に人間という名のチリをまとって、今もなお、雷の雲の中を這いずり、飛び回っている。
そこでだ、いいか。
神や墨雲はともかく、人間には忘れるという美点というか、欠点がある。とにかく、いいも悪いも、いずれ忘れる。だから神と墨雲に代わりここに……、血の奥底に、俺は残すことにしたんだ。
すなわち俺のこの声が届く頃にゃ、やつら人間は悟るんだ。この、ことのあらましを。
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