とあるプロンプトエンジニアの日常

乙島 倫

第1話 私は都内に勤めるプロンプトエンジニア

 私は都内の企業に勤めるプロンプトエンジニアだ。最近、インターネット上の生成AIを使って画像や文書を自動生成するという話がある。挙句の果てには動画や音楽に至る様々なコンテンツまで自動生成できるらしいが、私は生成AIを使ってイラストを作成するプロンプトエンジニアである。

 素人であっても作風、構図など大まかな指示をプロンプトに記述するだけでそれなりのイラストを生成することができる。しかし、そこから腕の向きを変えたり、髪の長さを変えたりといった微調整は難しい。プロンプトを操作して、思い通りのイラストに仕上げていくには私のようなプロンプトエンジニアが必要なのである。

 私の自宅は三浦半島の真ん中ら辺の横須賀にあり、新宿の本社までドアツードアで2時間はかかる。新型コロナは世間を騒がせたが、在宅勤務は私のとってはありがたかった。今日も在宅勤務でPCに向かい、一日中、プロンプトの作業を行った。

 そんな在宅勤務の私に対する会社の指示はメールかチャットメッセージである。テキストでざっくりとした指示を伝えてくる。これ自体が私にとってはプロンプトなんだろう。このざっくりした指示の背景にあるクライアントの要望を踏まえたうえで、的を射たセンスのあるコンテンツを作るのが私の重要な役割であり、付加価値でもある。

 そうこう言っていると、今日も壁伝いにどこかの住民の生活音が伝わってきた。私は集合住宅に住んでいるのである。壁の性質上、高音は遮断され、低音のみが伝わってくる。そのため、音の正体がTVなのか、動画なのか、音楽なのか、会話なのか全くわからない。壁をどんどんたたかれることも珍しくない。集合住宅の住民同士は仲が悪いようだ。以前から思っていたが、この集合住宅は在宅勤務に向いていないように思える。

 実は、たまに、副業で鉄道解説動画を作成して投稿することがある。最近では最寄りの京浜急行を乗り通すという企画動画を投稿したが、思うように視聴数は増えず、今月の収入は・・・たったの135円だった。初乗り料金にすら達していない。継続は力なり。がんばるしかない。


 リモートワーク中心でほとんど出勤することがないのだが、この日は出勤日であった。クライアントの都合で作成したコンテンツにかなり修正が加わったため、修正箇所の説明のため、本社に召集されたのである。

 なんでこうなったのか?それは、もちろん、クライアントの意見を歪曲して理解し、なんでもかんでも修正指示に置き換えてしまう某プロジェクトリーダーの責任によるところが大きいだろう。しかし、そんな中でも癒しが存在した。尾野英子である。

 今日も、職場で尾野英子はお菓子を配っていた。「あ、どうも」なんて言いながら受け取るのがいつものやり方だ。いかにも仕事に集中していて、あたかも直前に気づいたような雰囲気を出すのである。本当は配っている何人も前から、順々にお菓子を配っていくそのしぐさを気づかれないように逐一横目で追い、集中力を高めながら、あたかも直前に気づいたかのような自然なしぐさで「あ、どうも」と言いながら受け取るのだ。

 しかし、尿意がきた。しばし席を外す。

 席に戻ると、私の座っていた席は別の人物に奪われていた。フリーアドレスだからである。おそらく、私が使用していたことに気が付かなかったのだろう。こういった職場ではたまにあることだ。しかし、今回はそれだけではなかった。私が尾野英子から受け取ったお菓子も食べられていたのである。

 しかし、それでも何の抗議をすることもできない。相手は某プロジェクトリーダーの荒川慶太だからである。こいつ、いったい何考えてるんだ。

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