雨の奥

雨が降っている。

昼間は晴れだった天候が夕方から曇りだし、日が落ちると少しずつ降り始め今は豪雨となっていた。

滝が天空に現れたような降り方だった。

人々は急いで家に帰り窓や扉を閉め切った。

誰もが今夜は外へ出るのを諦めた。

村の屋外には誰もいなかった。

雨雲が月明かりを雨音が他の音を全て覆い隠した。


「今日はお疲れさん!」

大きく快活な声でディオンが右手に持った杯を掲げた。


「お疲れ様!」

「お疲れー!」

「うめぇ」


アマリア達は酒場にいた。

飛竜を討伐後滞在している村に戻っていた。

ディオンの乾杯の挨拶を受け杯を空ける者、挨拶の前にすでに空けた者それぞれに先の竜討伐の話題を酒の肴にして楽しそうに飲み食いし始めていた。


アマリアのパーティも入り口に一番近い席に座り食事をし始めていた。

アマリアが酒場に着たのが最後で残っていたのがその席だったのだ。

酒場は外の大雨を吹き飛ばすくらいの喧噪で五月蠅かったがアマリアの席は静かだった。

アマリア本人が疲れた様子で食事をしていたからであった。


竜を討伐した後荒い呼吸をなんとか落ち着かせたものの身体の疲労はなかなか回復しなかった。

戦果としての竜の処理は別のパーティに任し馬や荷物を預けている村まで徒歩で帰ってきたのだ。


「大丈夫です?」

「だめ、無理、寝る」

「そのまま寝ないで!ほら!」


酒場の二階は宿となっておりアマリア達はそこに泊まっていた。

部屋に帰り着き同室の女性弓師の助けを借りて鎧を脱ぐやベッドに倒れ込み老騎士と弓師に無理矢理起こされるまで起きる事は無かった。

老騎士から夜にディオン教官が慰労会を開くということを伝えられた。


「疲れてるの、明日まで寝させて」

「教官のディオン様のお誘いです。欠席するのは失礼に当たります。最初だけでも出席なさってください」

「そうよ、だめならすぐにここに戻れば良いんだから」


女性の部屋に入るわけにはいかないので扉越しで説得する老騎士とベッドの横で困り顔で話す弓師の意見を聞き渋々アマリアは承知したのだった。

ただいざ時間になってもアマリアはなかなか起きようとしなかった。


ベッドの上で正座をして身体を起こしたと思ったら頭を膝につけるように丸くなりそのまま寝ようとしたりもした。

そんな様子を目にした弓師から「もう、しっかりして!」とベッドから引き離され髪や服を整えられて一階の酒場に下りて来たのだった。


テーブルに着き目の前の薄味で具は少ないがスパイスだけは効いている温かい鳥のシチューを口にすると少し元気が出て来た気がした。


「飲んでるかぁぁぁ」


急に大きく快活な声がアマリアの後ろから聞こえた。

アマリアの席の全員が声の主を見た。

そこには少し酔っ払ったディオンが右手にビールが半分ほど入ったジョッキと左に小ぶりの樽を小脇に抱え立っていた。


「アマリアぁぁ飲んでるかぁぁ、今日の主役は飲まなきゃだめだぞぉぉぉぉ」

とディオンはアマリアと老騎士の席の間に立ち樽を突き出した。

アマリアが少し身を引き戸惑う仕草をすると隣の老騎士がディオンに声を掛けた。


「お嬢様はお疲れでお酒は控えていただいております。代わりに私が」

と杯をディオンに差し出した。


「お、そうか、じゃぁってワインじゃねえかよ、ちょっと待ってな」

「あ、いやこれで」と老騎士が杯をあおり空けた杯を再び差しだそうとしたがすでにディオンは酒が置いてあるカウンターの方へ歩き出していた。


酒場は縦長で入り口から店主のいるカウンターまでは離れている。

ディオンは途中様々な方向から声を掛けられ返事をしたりあしらったりしているためなかなかたどり着けないよう様子だった。


「ふふっ」


ディオンが引っ張られよろけた拍子に樽の栓が外れ周りの者にビールをぶちまけて騒いでいる様子を見てアマリアは声を漏らすように笑った。


「少しお元気になられたようですね」


老騎士がアマリアに話しかけると「そうね」と微笑みながら返事をした。

同席している者もつられるように微笑んだ。


バン!


突然入り口の扉が荒々しく開けられた。

入り口に一番近い所にいたアマリアは少し驚きながらも開かれた入り口の方を見た。



そこには女性が激しい雨音を背にずぶ濡れで立っていた。

着ているものは服と言えず、ただ穴の空けられた布を被っているようであった。

立ち方もかろうじてという感じだ。


その女性がおぼつかない足取りでふらつきながら入ってきた。

目は今にも閉じそうで口元も緩く開いている。

意識が朦朧としているのは明らかだった。

女性は扉に寄りかかろうとしたが当然扉は開いていくので支える事ができず倒れかけた。


「危ない!」


アマリアは素早く立ち上がり女性を抱きかかえるように支えた。

布越しの感覚で驚いた。


(この人中に何も着ていない!?)


ずぶ濡れの女性は抱きかかえられた事で安心したように力が抜け、頭が前に垂れ下がった。

「ちょっと、大丈夫!?」

アマリアの呼びかけにも応えない。どうやら気を失ったようだった。


「どうした?」

「何があったの?」


その様子を見た人々がアマリアの周りに集まってくる。

集まってきている半数以上が若い男性だ。

しかも荒事を生業とする者が酒に酔っている。

おそらく下着も身につけていないと思われる女性のあられも無い格好を見て何も起こらないとは言い切れない。


「何か覆う物をちょうだい」

隣にいた老騎士に小声で伝えた。

「わかりました」

老騎士がその年に見合わぬ素早さで二階に駆け上がっていった。


老騎士が戻ってくる間アマリアは女性と共に床に座り、相手の女性の布から染み出る雨水に自分の服が濡れるのもかまわず抱きしめた。

男達の目から女性を出来るだけ見せないようにするためだ。


「どうした?」


声の方向を見るとディオンが真剣な顔でこちらを見ていた。

その態度は先ほどの酔っ払っていた様子など微塵も感じさせなかった。


「この人が急に入り口から入ってきたのです」

「ふ~ん、気を失っている?」

「はい、そのようです」


ディオンとのやりとりをしている内に老騎士が戻ってきて、持ってきた大判のタオルで女性

を包んだ。

ディオンが「ここの主に部屋を・・」と言いかけたところでその酒場であり宿の店主の叫び声が店中に響いた。

「そいつを放り出してくれ!」








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竜魂のドラゴンスレイヤー ハヤシタスキ @HayashiTasuki

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