月の影
文乃綴
第1話
―シナイ半島南端 イスラエル呼称『オフィラ』 エジプト呼称『シャルム・エル・シェイク』 オフィラ空軍基地―
『ザ、ザ――ハアイ。G・I・ジローの皆様。ご機嫌いかが? 全日本の首都・仙台から放送致します。西の皆様は、米国人なんかのために日々を過ごし、無為に血を流す羽目になって、とっても可哀相! 噂によれば西日本の人たちは他国と比べても米国国籍が取りづらいんですってね! 東日本ではそんな差別はどこにもないわ。私達は平穏に暮らしていける……敬愛する田中角栄総書記と、中華の聡明なる革命の旗手、同志
ラジオの放送はそこで途絶した。
「何よ、このポンコツ!」
そう言って、編隊長はボロボロのラジオを思い切り叩く。ラジオはガアガアとノイズを吐き出すばかりだ。
「編隊長。壊れますよ」
「いいのよ。元々壊れてるようなもんなんだから」
「もうやめましょうよ。東日本のプロパガンダ放送を聴くなんて」
「いーえ。やめません」
「何が面白いんですか? あれ」
僕が言うと、編隊長はニカっと笑う。彼女のこの臆面もない、裏の意図の一切ない表情が僕は好きだった。
「仙台ノンは最高よ。向こうの政府の主張の裏にある情報を読み取るのがとにかく楽しいの……この前なんてYMO流してたのよ! 信じられる? 一九八〇年に出てきたようなグループを、アッチの連中は知ってるらしいんだわ」
「ウチの政府の公式見解によれば、正統なる我が国の西側文化は東側では全否定され、聴いていると知れれば即座に道北の集団漁場送りになるとか言われていますからね」
でも、と僕は付け加える。
「正直その楽しみ方は変わってると思います」
「そうかなぁ? ――ま、いいや」
そう言った後、彼女は視線を変えオフィラ基地から見える海をその目に映す。
「左はアカバ湾。右はスエズ海。遠くを見れば紅海」
「ですねえ」
「本当――綺麗な海。私達、何でこんな綺麗なところで戦争しなきゃいけないんだろうね?」
「仕事、ですからね」
と僕が答えると、彼女はまた笑い。
「それもそっか!」
と言った。その瞬間、海から吹き付けた風が彼女の赤髪を大いに揺らして見せた。その瞬間はまるで一枚の絵画のようだ、と僕は思った。
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