Reboot ~AIに管理を任せたVRMMOが反旗を翻したので運営と力を合わせて攻略します~

霧氷 こあ

プロローグ

対処

 さざ波が耳に心地良いこの浜辺で、少年と少女は出逢った。


 互いが、互いを信頼していた。友情以上の確固たるものが、そこにはあった。


 必ず帰ってくる、という約束を果たして少年は命の恩人である少女を抱きしめた。


 あの時はあんなに震えていたというのに、少女はもう全く震えていなかった。


「エンリ、どうして……?」


 少年は掠れた声を捻りだすのが精一杯だった。


 懐かしい少女の姿を見てあれだけ胸が熱かったのに、今は腹部が焼けるように熱い。


 何故ならそこに、ナイフが突き刺さっているから。






          *






 重たそうな金属の扉が、空気の抜ける音と共に開いた。


 姿を現したのは研究所のリーダー。髪は真っ白で、着ている白衣とほぼ同色に見える。唯一違うのは肌だが、ところどころにシミがあり、顔は皺が目立っていた。


 リーダー同様、この無機質な部屋も白で統一されている。入って正面にある白壁に埋め込まれている複数の巨大モニターは、様々なアングルで三人の男女を映し出していた。


 何台もある大きなパソコンのファンが静かに回る音。

 モニターの隅に表示されているニュースキャスターの溌剌はつらつとした声。

 何人かの研究員が叩くキーボードの音。

 どれも、リーダーにとっては聞き慣れたものだった。


 巨大なモニターの一つを注視していた眼鏡の男が、部屋に入ってきたリーダーに気が付いて立ち上がると、丁寧にお辞儀をした。


「おはようございます。リーダー」


「ああ、おはよう。彼らの調子はどうだ?」


 リーダーは眼鏡の男を一瞥いちべつもせずに鷹のように鋭い目つきでモニターを見た。


「今のところは大丈夫です。ちょっとヒヤッとする場面もありましたが……」


「うん? 何があった?」


「ええとですね、一人が崖に落ちかけたんです。ほんと、肝が冷えましたよ」


 眼鏡の男が説明しながら部屋の隅にあるクーラーボックスへ向かう。中にある飲み物を二つ取り出して、一つをリーダーに手渡した。


「どうも。それで、アダムはどうだ?」


 リーダーがプルタブを開けると、ぷしゅと気の抜ける音がした。


「あれはダメですね。やはり試験用で飛んだ弊害が大きいようで、座標がずれたというのもありますが……阻害された可能性もあります。それに、記憶までも飛んでいるので」


「やはり駄目か……。イヴはどうなっている?」


 眼鏡の男もプルタブを開けて、一口飲んだ。


「滞りなく、今日から出せます。ただ最初と同じ場所、時間には行けません。幸い、アダムが同位置にいるのでそこに飛ばします。そこまで差異はないかと。ところで、誰を使うんですか?」


「システム制作者の彼女を使おう。このシステムをよく分かっているし、トロイの概要も知っている」


 少しの間、眼鏡の男は何かを考えているようだったが、結局何も言わなかった。


 リーダーが、左端のモニターに今日のニュースが流れているのを何となく視界に収めていると、眼鏡の男がようやく口を開いた。


「分かりました。では、そのように……すぐに準備してきます」


 リーダーはようやく眼鏡の男へ視線を送って鷹揚おうように頷く。再び空気の抜ける音がして、開いたドアに眼鏡の男は消えていった。


「このままアイリスが大人しくしていればいいが……」


 リーダーが誰に問うでもなく、小さく呟く。


 白い部屋に返事をするものはおらず、ニュースを読み上げるニュースキャスターの声が耳障りに感じた。


『――では次に、今噂されているプロミネンス現象について、今日は専門家の方がお見えになっておられますので、ご意見を――』


 リーダーはニュースのボリュームを下げて、別のモニターを見た。


「よもや、こんなことになるとは。現状を知っているのは我々だけ……。イヴに任せるしかないが、一体どれだけの年月がかかるんだろうか……」


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