月世界 ハクと未来を視る少女 ~その目に映るは喜か哀か~

狛銀リオ

第1話ウォーラとの出会い

 ここは平和そうに見えるルナ・ムーン。

その星には銀髪に袴姿…白い猫耳に白いしっぽを持った青年がいた。

彼はその日、新聞を読んでいた。

『フォンガ星で大地震!過去最大級レベル』

と、大きく書かれた記事が目に入る。

『死傷者多数。行方不明者の捜索困難』

という記事を読んだとたん、彼の瞳が悲しそうに揺れ、辛そうに顔が歪んだ。

「自然の力とは、無慈悲で恐ろしいものだな…」

彼は1人、静かにそうつぶやいた…。

 空まで居眠りしてしまいそうなルナ・ムーンに、今日もまた大声が響き渡った。

「ぬわーーーーーー!?!?!?ナゼだ!?なんでとっておいたおやつがないんだぁ!?」

「もう~…うるさいわねぇ。なに?どうしたのよ。」

「ルオン様!?いかがなさいましたか!?」

「ビックリさせないでよ、ルオンさま~。バケツひっくり返すところだったでしょ~!」

「あ、あぁ、驚かせてスマン…ってそれどころじゃなーい!姉上!?まさかランディ!?またピュート!?こここ、ここに置いてあったビスケット知らないか?昨日から置いてあったんだけど!」

「あ、それ?美味しかったよ~!」

「そうかそうか~…って、貴様かぁーーー!」

「ひぃーーーーー!?何!?なになになにぃ!?ちょっと待ってよルオンさま!?なんでそんなに怒るのさ!?ぼく、何かした!?」

「したわーーー!!!よくもオレのクッキー食べやがって!こら待てピュート!ちょ、すばしっこいな、おい!」

「キャー!にーげろー!」

「にーげろー!じゃねえ!こら、ちょっ待てって!!」

「「あーあ…」」

と、まぁ始めから騒がしいのは仕方ないとして、ここはルナ・ムーンという田舎の星にあるお城の中。

ここには4人が暮らしている。

まずこの星の王女、エルフのグレイシアとルオンの部下、存在(ひと)のランディ。

そして今追いかけている側がグレイシアの弟、存在のルオン。

ルオンをからかいながら逃げているのがグレイシアの部下、存在のピュートだ。

たった4人しか暮らしていないのに、毎日毎日音楽隊がいるかのように騒がしい。

「…おいおい…大丈夫か?グレイシア、ランディ。ルオンの叫び声が外まで聞こえ…。うわ!?」

「うわぁー!!!ハクお帰りー!助けて~!」

「こら待てって言ってるだろ!止まれって!待てってばー!!!」

「待てと言われて待つバカはいないよ!ぼくは待たない!」

「待てと言われたら待つものなんだよ!多分!」

「多分なのか。もっと明確な根拠を持ってきてくれ…」

いつものごとくルオンとピュートのケンカを止めに来たのは銀髪に白い猫耳、同色のしっぽ、袴姿の、右目を隠した獣人族の青年だ。

彼の名はハクで、いつもルオンとピュートのケンカの被害者…ごほん、仲介をしてくれる頼もしい存在だ。

とりあえず、と言わんばかりにピュートを持ち上げ、ルオンに足をかける。

2人とも動けなくなった所で、やっとハクはグレイシアとランディに顔を向けた。

「グレイシア、これでいいか?」

「ありがとう、ハク!助かったわ!」

「ありがとうございました。ハク様。ぼくたちにはとても手に負えなくて」

「そりゃそうだろうな」

「それにしても、久しぶりね!ハク」

「あぁ、近くまで来たから寄ってみた。そうしたら案の定これだ」

ハクはため息をついてピュートを下ろした。

ハクは銀河一の剣士と言われていて、年中旅に出ているのだ。

ふとした拍子にグレイシアの世話になったことがあり、今ではこうしてたまに顔を覗かせるほどの間柄になっている。

「それで、今回はまた何があったんだ?」

「ピュートがオレのクッキー食べたんだ!!!これで38回目だぞ!!今度という今度は許さん!」

「ルオン様、ぼくなんか142回です…」

「私は1回もないわね」

「グレイシアさま、怒るとすっごく怖いんだもん。だったらルオンさまの方がマシだよ」

「マシとはなんだ!マシとは!!」

「…またしょうもない理由か…。私などこの手のケンカの仲介数、通算180回目だぞ…」

「おお、ハク優勝!おめでとう!」

「全然うれしくない」

ハクが呆れ顔で言うと、グレイシアとランディがクスクスと笑った。

「フフフッ。やっぱり見てて面白いわぁ」

「こちらからするといい迷惑だぞ…」

「でも、ピュートもルオン様もこんなやりとりほとんど毎日やっててよく飽きませんね」

「ランディ、これは飽きる、飽きないではない。おやつをかけた正真正銘の真剣勝負だ!」

「さすがはルオン様!どんな些細なことでも、本気で立ち向かう事が大切なんですね!」

「絶対違うぞ」

「絶対違うわ」

「絶対違うよ」

3人の声が重なり、また笑った。

その時、遠慮がちにお城のドアがノックされた。

「?誰かしら」

「来客なんて珍しいですね」

「ホントホント。何かあるのかな?」

「宅配便じゃないですか?姉上」

「私は来客にカウントされていないのか?」

そんなことを言いながらトビラを開けると、そこには少女がいた。

キレイな水色の髪を2つに結び、蓮の花の髪飾りをつけている。

顔立ちはキレイなのだが、少女の目は白く濁っていて、どこか不安気な表情をしている。

「あ、あの、私はウォーラと言います。初めてお会いする方にこんなこと言うのはたいへん心苦しいのですが…た、助けてください!」

「…!君、目が見えないのか?」

ハクの突然の質問に、ウォーラはビックリしたように頷いた。

「は、はい。でも、なんで」

「目が濁っている。それに声をかけるまで別の方を向いていたから」

「…お見事です。私は、生まれつき目が見えないんです」

「まぁ、立ち話できるような内容ではなさそうね。とにかく中に入って。今のあなたの状況、聞かせて?」

グレイシアに言われて、ウォーラは深々と一礼をした。

全員が席に座り、ランディがお茶を出し終えると、ウォーラはポツリポツリと話し始めた。

「私は、宇宙の端にある小さな星で生まれました。生まれつき目が見えなかった私を、両親はとても大事に育ててくれて。姉や友人たちも、私を気遣って、それでも楽しく遊んでくれたんです。けれど…」

ウォーラはそこで一度言葉を切り、一呼吸おいてから言った。

「その、信じてもらえないかもしれないんですけど…わ、私、未来を視ることができるんです」

ウォーラはハクたちの視線から逃れるように顔を伏せた。

みんなの反応を見るのが怖い、と言うように。

「…それで?」

ふいにハクが口を開いた。

「…え?」

「君は未来が視える。それで、何かあったのか?」

「え、あ、あの、わ、私、未来が視えるんですよ?」

「?えぇ。そうね」

「その…気味悪く、ないですか?」

ウォーラが言うと、一同は顔を見合わせ、声を揃えて言った。

「「「別に?」」」

「私たちが花や鳥を見るのと同じように、ウォーラちゃんは未来が見えるってことでしょう?」

「何か問題あんのか?」

「こんなにいっぱい存在(ひと)がいるんだし、1人くらいそういう存在もいるんじゃない?」

「ぼくは、どんな存在でもちゃんと受け入れますよ」

「ウォーラ、それは君の能力だろう?その力は神から与えられた特別な力だ。なら、誇ればいい」

ハクがさも当然というように言うと、ウォーラは顔を手で覆って泣き始めた。

「あぁーーー!ハク、女の子泣かせたー!」

「え、えぇ!?ま、待ってくれ、これは私が悪いのか!?す、すまない!」

ハクが大慌てで謝ると、ウォーラは首を横にふった。

「違う…違うんです。ごめんなさい…今までずっと怖がられたり気味悪がられたりしてきたから、嬉しくて…」

「そうだったのね…でも大丈夫。ここではあなたを気味悪がったり蔑んだりする存在はいないわ」

グレイシアが優しくウォーラの手をとると、ウォーラはやっと笑った。

そして、本題に入った。

「皆さん、半年前のフォンガ星の大地震をご存知でしょうか」

「あぁ、知っている。ニュースでやっていたな。過去最大級のレベルの揺れを観測したらしい」

「はい、その地震が起きたフォンガ星が、私の故郷です。あの地震のせいで私も、家族を失いました」

ウォーラはまた溢れそうになった泪を強引にぬぐって続けた。

「私、実はあの地震が起きる未来を見たんです」

「「「…!」」」

「私の、この未来を視る能力は、私の意思関係なく、突然頭に流れ込んでくるんです。どうでも良いことからすごく大事なことまで、なんでも」

「大人には?伝えたんでしょ?」

「はい、伝えました。でもみんな、子供の言うことだ、とか嘘をついてはダメだ、とか言ってまともに取り合ってくれなくて…」

「…よくある、大人の悪いところだな…」

「はい…。そして、地震は起こってしまい…。ある一定数の大人たちは、私を追いかけ始めたんです。周りの人たちは皆見て見ぬフリ。それで、この星まで…」

「逃げてきた、というわけですね」

「…お前、なんでここに来たんだ?」

「え?」

「他の星でも、助けてくれそうな星や存在はたくさんいただろ。それなのに、なんでこんな田舎の星のオレたちの所に来たんだ?」

「それは、ここにくる前、まだフォンガ星にいた時に私を助けてくれた方が1人だけいたんです。旅人のような方で、大人たちから私を逃がしてくれました。その方から『どうしても困った時はルナ・ムーンという星に行ってグレイシア、ルオン、ランディ、ピュート、ハク、この5人に助けを求めに行って。彼らなら必ず君を助けてくれる』って言われて。白黒のローブをまとった方なんですけど…」

「白黒のローブか…」

「姉上、ご存知で?」

「いいえ?」

「ランディ知ってる?」

「うーん、ぼくの知り合いにはいないかなぁ」

「そうなんですね…」

「まぁとにかく、君はその方にここに行けと言われて来たわけだな?」

「はい。大人たちの方はその方のおかげでなんとかなったんですけど…」

「伏せろ」

ウォーラの言葉を鋭くさえぎり、ハクはウォーラとピュート、ランディを伏せさせた。

グレイシアとルオンもすぐに伏せる。

その直後、壁に大穴があいた。

「「「!?」」」

「なんてやつだ…存在の心がないな」

ハクが顔を上げてから、ため息混じりに呟いた。

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