へる。

有象利路

プロローグ


 自分の好きな物だけを食べられる日って、どんな日があるだろうか?


 誰もが最初に浮かぶのは、自分の誕生日だろう。家庭によっちゃクリスマスとか、正月とか、両親の結婚記念日も入るかもしれない。とはいえ、思ったほどそんな日は多くなく、別段好きではないものを食べる日の方が圧倒的に多いのが人生である。

 しかし、俺の目の前には、ずらりと様々な食べ物……俺の大好物が並んでいる。


 母さんが握ったおにぎり。具は恐らく塩昆布だろう。俺が一番好きな具だった。


 父さんが仕事帰りによく買って来た、濃縮還元でない果汁一〇〇%のオレンジジュース。どうも、駅の構内にそういうのを売っている店があるらしい。


 妹の涼心すずこが時折くれた、やたら細いポッキー。俺は普通のよりも、この極細タイプの方が好みだ。量も多い気がするし。


 ばあちゃんが作ったおはぎ。粒餡だけのものと、きな粉をまぶしたものの二種類。これがまあ絶妙な味加減と小豆の粒の食べごたえで、ガキの頃から俺はいつもばあちゃんにおはぎを作ってくれとせがんでいたものだ。


 右を見ても左を見ても、俺の好きな物だけ。すわここは天国かと思う。

 が、残念ながら俺の居る場所は現実リアルだ。

 さて、というわけでもう一つ。


 自分の好きな物だけを食べられる日とは、どんな日か。


心汰しんた……』


 母さんが、父さんが、涼心が、ばあちゃんが、一点を見つめる。

 磨き上げられた石の立柱。そこに刻まれた名前、狭間心汰はざましんた

 たゆたうように舞う線香の煙。揺らめくロウソクの炎。鮮やかな献花。

 俺は、己のに腰掛けて、大切な家族の顔を順繰りに見つめた。


『もう、三年も経つのね……』


 ――俺の命日。それこそが、俺の大好物だけを供え食べられる日だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る