派遣魔王

@wisteria28

第1話 魔王と呼ばれる者たちの雑談

はるか昔、神は複数の世界を作った。

神は、自らが作った世界がどのように素晴らしい形に成長していくのかを楽しみにしていた。

しかし、神の当初の予想に反して、神が作った世界は醜く成長し始めた。

多くの種族が血を流し、住処を焼かれ、皆が神に祈った。

そこで、神は世界を作り直すことにした。

ただ、世界を作り直すのではない。

世界が滅亡するかの瀬戸際の困難を彼らに与え、彼らが悔い改めて正しい方向に成長していくのか、それとも無様に滅亡してしまうのかを見ることにした。

そこで、神はそれぞれの世界に困難を与える使者を作り出した。

ある世界では、それは魔王と呼ばれた。


頭から血を流しながら、少女が神殿に入ってきた。

少女の服は、血で汚れていたが、それ以外は傷一つついていない。

「やぁやぁ先輩! お疲れ様です!」

神殿の荘厳さや少女の様子とは対照的に、口達者な行商人のような快活で人懐っこい声が響き渡る。

手に大きな白いバラを持ってきたのは、少女の二倍はあろうかという背丈の女だった。

真っ赤な瞳は、女の隠しきれない邪悪さを物語っていた。

「って、先輩! 頭から血を流しているじゃないですか!これはここ二百年で最大のスクープになりますよ。」

少女は頭に付いた血を手で払った。

「これは返り血。」

「おぉ! ってことは大捕物ですね。新たな伝説を先輩は作ったわけで……って、そんな顔で睨まないでくださいよ。笑いましょうよ。素敵な顔がもっと素敵になりますよ」

「世界を滅ぼしに来た魔王が笑顔だったら、恐怖が増すでしょ。あなたは、この仕事に対する配慮が足りてないわ。」

少女は女から差し出された白いバラを手に取る。

すると、少女が浴びた返り血がバラに向かって集まっていく。

バラは滴りそうなくらいの紅色になり、対照的に少女の服は洗い立てのようにきれいになった。

「いやいや。先輩。物事は考え方次第ですよ。ほら見てください。」

「何?あなたは無駄に背が高いから頭を指されてもよくわからないのよ。首を切り落として手元で見てもいいかしら?」

少女は女に向かって人差し指の第一関節を動かす。

すると、女性の首に切れ目が入った。そして、彼女の後ろにある柱が無音で、真っ二つに折れた。

少女は落ちてきた首を足の甲で受け止める。

「先輩〜。足はひどいっす。せめて、手で受け止めてくださいよ。」

「足で十分よ。それより何? 見てほしいことって?忙しい私を引き留めてでも伝えたいことがあるんでしょう?」

「先輩〜怖いっす。いつもそんな顔なんすか?」

「目をつぶすのと歯を砕くのどちらがいい?」

「おー怖いっす。見てください。これ」

こめかみのあたりから、猫の耳がぴょこんと現れた。

「‥‥‥‥」

「見てください。これ。ネコミミって言うらしいですよ。これで、キュートさが増して、恐怖を減ら」

少女は限りなく光速に近い速度で、足元の頭を神殿の壁に蹴りこんだ。

神殿の中に轟音と、大理石のかけらが飛び散る。

「先輩〜ひどいっす。」

少女がけりこんだ頭は、少女の肩に乗っかっていた。

少女はうんざりした様子でため息をつくと、頭部を引きはがし、髪の毛をつかんだまま視線を合わせる。

「大体、あなたは手を下さないでしょ。」

「いやぁ、次はうちも同行することになったっす! ほら、世界を無にするうちらって怖いじゃないっすか。だから、ネコミミをつけて少しでも恐怖感をやわらげようと考えたっすよ。ギャップ萌えっていうらしいです。」

「‥‥‥‥」

「先輩〜。気のせいか頭を持つ力が強くなってません?このままだとつぶれ」

肉がつぶれるような惨い音が神殿に響き渡る。

少女は何度目かわからないため息をつく。

上から、さきほどまでの人懐っこい声が聞こえてくる。

「ひどいっすよ。頭部は作るのにそれなりに時間がかかるんすよ?」

「じゃぁ、作らなきゃいいじゃない。なくても困らないでしょ?貴女はむしろないほうが真剣な感じが伝わっていいと思うわよ?」

「いやぁ、印象が大事っすよ。頭部がない種族じゃない限り、頭はあった方がいいじゃないですか。親しみがあって」

「自分の命より大事なものを消しに来た時点で、良い印象もくそもないでしょう。怨嗟の声にどっぷり浸る覚悟がないなら、今からでも辞退したら?」

「先輩……もしかしてうちのことを心配してくれて、って冗談すよ冗談。今、頭を作っている最中なんで、体を消し炭にされると面倒っす」

「あんたを気にかけるくらいなら、洋服の汚れでも気にしていた方がましよ」

少女は、話を断ち切るかのように歩きだすと、自分の背の十倍はあろうかという石板の前に立った。

「あぁ、先輩。次に先輩が救ってあげる世界は、オネストって言う国が支配する地域らしいっすよ」

「……ふぅん。一つの巨大な王国が世界を支配しているのね」

「そうっす。戦争はない代わりに、種族差別と身分差別がひどいらしいっす。この前見た、ニーハン? ネーホン? もびっくりなくらい」

「あぁ、あの世界は酷かったわね。優秀な善人の顔を被った無能の悪人が一番嫌いよ」

「おぉ、先輩そうなんですか? 自分も今丁度そんなことを思って」

「その中でも特にあなたが一番キライよ」

女は目を丸くした後、大声で笑い出した。

「いやー先輩厳しいっす。勘弁してください。次の仕事一緒なんすから」

少女は、女の方を青筋を立てながら呆然として振り返る。

「はぁ? なんであんたみたいなのとやるのよ。私一人で十分でしょ。」

「いやぁ、先輩一人だと世界を滅ぼせない可能性が」

「私が一番世界を破壊してきたわ。確かに、巨大な一つの独裁国は外部からの攻撃に強いわ。でも、中枢からの攻撃にはびっくりするほど弱いでしょ。もし、万が一多少手強くても世界を滅ぼす方法なんて無限に」

「先輩」

女性は少女を見下ろす。

邪悪な赤い瞳が少女を射抜く。

少女は、女が時々見せるこの瞳が苦手だった。

「先輩は、魔王になるには優しすぎるし、共感しすぎるっす。それを見越して、私も一緒に行くことになったっす」

少女は、手を女に向ける。

手の中には紫色の炎がまるでヘビのようにとぐろを巻いていた。

「バカにしないで。私が失敗したことある?」

「先輩。指先が震えてますよ。図星っすね」

次の瞬間、紫色の閃光が神殿内を包む。

粉塵と煙の中で女の声が聞こえる。

「まぁ、うちはもしものときの保険だと考えてください。基本的に全て先輩にお任せしますから」

少女はゆっくりと、閃光が出た手を下ろす。

指先の震えはもう収まっていた。

「無駄足よ。余計な杞憂だったって証明するわ。さあ、行きましょう」

次の瞬間、少女の体が紫色の炎に包まれ、炎が消えるとともに少女もどこかに消えた。

残された女性は頭を掻きながら、上を見上げる。

神殿の天井は高すぎて彼女の目では見えない。

強い光源が遥か彼方に見える。

「ん〜、自信があるのはいいっすけど、この決定をしたのは……。やっぱり、神が間違っているっていう証明に取り組むのは無謀だと思うんすけどね」

そこで女性はにやりと笑う。

「先輩と神の力比べと行きましょうか」

女性の体が花びらに包まれる。次の瞬間には女性は消えていた。

花びらだけが、優雅に空中を舞いながら、その場に残された。

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