第22話 シノブという男


 【 マイラ市内の公園 】



 クライムハンターに捜査依頼をした翌日、裕真は街の片隅にある人気のない公園を訪れていた。

 目的はシノブにポーション代100万マナ(約1億円)を支払うためである。


 本当はその日の内に支払いたかったのだが、間抜けなことに彼の連絡先を聞きそびれていたのに気付いた。

 なのでハンターギルドを通じてシノブと連絡を取り、彼が指定したこの公園で待ち合わせることになったのだ。


 裕真は待ち合わせ時間より20分早く到着したが、そこにはすでにシノブが来ており、ブランコに座って足をブラブラと揺らしていた。

 生白い顔に長身痩躯の男が児童向けの遊具で遊んでいる姿はやや異様だったが、まあ前述のとおり人気もなく、誰に迷惑をかけているわけでもないので、特に触れなかった。


「シノブさん、約束の100万マナです」

「おお、あんたの力なら稼げるとは思ったが、こんなに早いとは」


 シノブは裕真が差し出した100万マナの袋を、中身の確認もせず受け取った。

 信頼の証なのか、やはりお金に執着していないのか。


「いや〜、悪いな。これで俺もワンランク上に登れるだろ」

「登る?」

「そうだ。この金で強い魔道具を買い、『精霊』を強化し、神殿で『祝福』を授かる。強くなるには金が掛かるのさ」

「強さもお金次第ってことか……世知辛いっすね」


 個人の努力よりも、財産のほうが強さを左右するというのに、裕真はなんとも言えないモヤモヤを覚えた。


「そのおかげで人間が魔物と戦えるんだから、むしろ有情だろ。普通に鍛錬しただけじゃ、ドラゴンとか絶対に倒せないからな」

「……まぁ、確かに」


 裕真は今まで討伐してきた魔物達を思い返す。

 体長8mの大猿や15mの巨大な鹿など、人間個人の努力や根性でどうにかなる相手ではなかった。

 地球の技術であれらを倒そうとすれば、マシンガンやらミサイルやらが必要になる。そして、当然ながらそれらの兵器は高額だ。

 兵器の購入費用が、この世界では『精霊』や『祝福』に置き換わっている……そう考えれば納得もいく。


 強くなるには努力だけでなく大金も必要。それがこの世界の常識。

 だというのに、自分は冥王様から貰ったチートで楽をして、なんだか申し訳ない気持ちになった。


 それはそうと、もう一つ確認したいことがあった。

 この人は大金を要求しておきながらも、それに固執している様子はなく、先ほどのやり取りでも、どこか他人事のような態度が感じられた。

 言動の端々から滲み出る違和感。この人の本当の意図が気になってならない。

 裕真は軽く息を整え、気持ちを落ち着けてから口を開いた。


「ひとつ聞きたいんですが、なんで100万マナなんて吹っ掛けたんです? 稼げるかも分からないし、稼げても支払うとは限らないのに」

「ふむ……。質問に質問を返して悪いが、あんたは『カナメ』というハンターはご存知かな?」

「……? いいえ」


 少し記憶を探ってみたが、その名にまったく心当たりが無かった。


「彼女はあんたと同じくらいの歳で、どこからともなく現れ、あっという間にAランクまで昇格していっただろ」


 その言葉を聞いた瞬間、裕真の脳内に電流が走った。

 自分と同じくらい……どこからともなく……。

 まさか、その子も……。


「強者には独特の雰囲気というか、風格があるものだが、彼女にはそれがない。そう、まるで普通の女の子が、ある日突然“特別な力”を授かったかのようだった」


 シノブの話は、心の中で漠然と描いていた仮説を一気に現実味のあるものへと変えていった。

 おそらくその子も、地球から召喚された『勇者』の可能性が高い。


「そしてな、あんたからも彼女と同じ雰囲気を感じただろ。そんなあんたなら、100万ぐらい容易く稼げるってな」


 なるほど……、この人は自分以外の『勇者』を知っており、そこから裕真もチート能力を持っていることに感づいたわけか。

 そうなると次に気になるのは、『勇者』についてどこまで知っているか、だ。

 『邪神討伐のために地球から召喚された』ということまで把握しているのだろうか?

 裕真はもう一度息を整え、なるべく自然に尋ねた。


「その『カナメ』って子は、シノブさんとお知り合いで?」

「知り合いという程じゃない、ちょっとお話をしたぐらいだな」

「そうですか。どんな話を?」

「まぁ、他愛もない世間話だ」

「そうですか……」

 

 どうやら、あまり深くは知らないらしい。

 裕真は安堵すると同時に、ちょっとガッカリもした。もし『カナメ』と懇意なら、彼女と連絡をとってもらい共闘するという選択肢もあったのに。


「それで、カナメさんは今どこに?」

「半年前に『トリスター』で見かけたが、今もそこにいるかは分からない」


 トリスター……奇遇なことに自分も向かう予定の街だ。

 まだ見ぬ魔道具の他に、『勇者』とも出会えるかもと思うと、出発がますます待ち遠しくなる。


 ――だが、その前に。

 裕真は少しだけ声を落とし、視線を泳がせながら切り出した。


「えーと……俺の力については、できれば内密に――」

「もちろん言い触らすつもりは無いが……いつまでも隠せるもんじゃないだろ?」

「……え?」

「これからも『賞金首』狩ったり、ダンジョン攻略するつもりだろ? そんな大活躍を続けてたら、絶対バレるだろ。常識的に考えて」

「ま……まぁ、そうっすね」


 正論である。その言葉に裕真は苦笑いするしかなかった。

 MP1,000……全力の千分の一の魔法でさえ常人ではありえない、仰天されるレベルなのだ。

 籠もりっきりで魔法修行をしてましたと弁解しても、到底説明がつかない。


「そうなれば、あんたを利用したり、排除しようとする輩がワンサカ現れる……。今の内に対策を講じるべきだろ」

「ど……どうすれば?」

「それは――」


 言葉を続けようとしたシノブは、一瞬だけ草むらに視線を向けたが、すぐに裕真へと目を戻した。


「あんたの仲間達に相談すれば良い。あんたは神のような力を持ってるが、神じゃない。 困った事があったら遠慮なく頼るべきだろ」

「なるほど……そうっすね」


 正直あまり認めたくはないが、裕真は自分が賢い方じゃないことを自覚している。


「ユーマさん、あんたは今のところ凄くツいている。短期間で信頼できる良い仲間達を得た」


 シノブの口調がこれまでの淡々としたものから、ふわりと柔らかいものになった。

 掴みどころがなかった男が急に人間味を見せたことに裕真は戸惑う。


「信頼できるだけじゃない。知的で有能で、しかも見目麗しい美少女ぞろいだ。そんなの宝くじで一等を当てる以上の幸運だろ」


 ……見目麗しいって。

 いや、裕真もみんなを可愛いと思っているけど……ちょっと褒め過ぎじゃないか?

 とはいえ、照れ臭ささえ飲み込めば、だいたいシノブの言う通りだ。否定できない。


「うん、俺もそう思います」


 その時、背後の草むらがガサッと揺れたが裕真は気づかなかった。


「だが、幸運は長く続かないものだ」


 ふと、シノブの表情が引き締まる。


「会う人皆が良い人だなんて思わない方が良い。信じることは大切だが、それと同じくらい、疑うことも大切だろ。覚えておいてくれ」

「……は、はい」


 そう言い残すと、シノブは静かに踵を返し、公園を後にした。


 なんだろう……言ってることはもっともだし、こちらを心配してくれているのは分かる。

 だか、なぜ今そんな話を? という戸惑いの方が大きかった。

 やはりシノブという男。よくわからない。


 などと考えながら首を傾げていると、背後の草むらからイリス、アニー、ラナンの三人がひょっこりと顔を出した。

 予告なしの登場に裕真は心底驚き、思わず腰を抜かしそうになる。


「え……? なんで?」

「あえて知らせず、コッソリ監視してたのよ。あなたはすぐ顔に出るから」


 葉っぱを頭にくっつけたままのイリスが、悪びれもせず真顔で言い切った。

 確かに嘘は苦手だが……

 

「あの男がなにか妙な動きをしたなら、私のキノコが火を吹くところでした」


 アニーの手には赤と紫の斑模様をした毒々しいキノコが握られていた。

 以前、彼女の財布を狙ったスリと同等……もしくはそれ以上の酷い目に遇わせるつもりだったらしい。


「あれがシノブってやつか。ほんとにわけわからん奴だな」


 初めてシノブを見たラナン、鼻をこすりながら率直な感想を口にする。

 一連のやり取りを監視していた三人の感想は、「やはり怪しい奴」で一致したが――


「――でも、悪い奴じゃなさそうだな!」

「そうね!」

「そうですね!」


 三人の頬がほんのり赤らんでいる。

 そういえばシノブは彼女たちを褒めちぎっており、それは本人たちの耳にばっちり届いていたのだった。


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