第21話 大金の使い道


  【 おおとり亭 ユーマの部屋(スイートルーム) 】



 ギルドで換金を済ませた裕真とイリスは、皆に結果を報告した。


 大金になるとは予想していたものの、3,000万マナ(約30億円)という途方もない数字に、部屋の空気が一気に沸き立つ。


「アツシさ…アツシが言う通り、先にランランさんに話して正解だったよ」


 裕真は安堵の表情を浮かべつつ、篤志に声をかけた。


「そうでしょう。量が量ですからね」


 満足げに頷いた篤志だが、すぐに表情を引き締め、改めて口を開く。


「ところで……ラナンさんにも邪神討伐の件、話しましたよね?」

「ああ、うん。その場の流れ的に」

「あ~? なんか悪いかよ?」


 責められていると感じたのか、ラナンは不機嫌そうに目を細め、じろりと篤志を睨む。


「ああ、いえ、ラナンさんなら問題ないとは思いますよ? ただ、あまり軽々しく話を広めない方がいいかと。どこに邪神の手先が潜んでるか分かりませんし」


 篤志は手を振りながら、やんわりと誤解を解く。


「あ……そういえば、まだ捕まってないんだよな……、マークさんを殺した犯人」


 裕真はふと、心臓をくり抜かれたマークの無惨を思い出し、表情を曇らせる。


「捜査は難航しているようです。手掛かりも目撃者も無し。他に被害者が出ていないことから、他所の街に移ったと考え、近々捜査を打ち切る予定だとか」


 裕真たちが狩りに出ている間、篤志は情報収集に励んでいた。

 事件を担当する衛兵と顔なじみになり、現在の捜査状況を聞き出していたのだ。


「マジか! 怠慢じゃないか! ほとぼりが冷めるのを待ってるだけかもしれないのに!!」

「まぁ、それも気になりますが、その犯人以外にも邪教徒はいるでしょうし、秘密を明かす相手は慎重に……ところで今まで何人に話しました?」

「ここにいるメンバー以外で知ってるのは、天使のリリエルさんだけだよ」

「あの天使さんですか。ならさすがに大丈夫ですね」


 天使のリリエルは、数百年前にマイラの街ができた当時からずっとここにいる最古参で、街の人たちからの信頼も厚い。そんな彼女が邪神の手下になるなど、到底考えられなかった。

 

「あ……、ひとり怪しい人がいました」


 アニーが何かに気付いたように、そっと口を開いた。


「邪教徒かは分かりませんが、シノブって人がユーマさんのチート能力に気付いてるかもしれません」

「は? どういうことです?」


 アニーはかくかくしかじかと、シノブから100万マナの借金をした経緯を説明した。 (※第10話参照)


「……なるほど、『全快ポーション』を100万マナで」

「ええ、今思えば、裕真さんの力に気づいていたからこそ、支払えると考えたのではないですかね?」

「いや、でも証文とかいらないって言ってたし、本気じゃなかったんじゃないかな?」


 そう言いながらも、裕真はきっちり支払うつもりだった。

 ボッタクリとはいえ仲間の命が救われたのに変わりはないし、それにちょっと鼻を明かしてやりたいという気持ちもある。


「ふむ……ふっかけてきたものの、そこまでお金に執着してないと。これが邪教徒なら、タダ同然で譲って恩を売り、油断させようとするところですが……」 

「目的が解らなくて不気味ですねぇ……」


 篤志は腕を組み、軽く顎を撫でながら考え込む。アニーも眉をひそめ、落ち着きなく体を揺らしている。


「不気味って……。そんな悪い人に見えなかったけど」

「良い人は1,000マナの物を100万で売ったりしねーよ!」


 ラナンは、思わずツッコんだ。

 シノブがどんな人物なのか知らないが、それを置いても裕真の警戒心のなさが気になったのだ。


「まぁ、それはともかく、約束した以上支払った方がいいですね」

「ほんとに払うのか? 口約束だろ?」


 しれっと言う篤志に、ラナンは驚きと呆れが混じった声を挟む。そんなふざけた請求、普通に踏み倒せばいいのに。

 そんな彼女の気持ちを察した篤志は、落ち着いた声で返す。


「口約束でも約束です。それに損なことばかりじゃないですよ。『ホシノユウマは約束を守る男だ』という評価を得ることができます。それが後々大きな助けになるかもしれません」


 信頼はお金で買えないとは良く言われるが、今回に限りそれがお金で買えるのだ。

 この世界に来て日が浅い裕真にとって、決して悪くない選択肢だと篤志は考えた。


「ただ、やはり怪しいのに変わりありませんし、警戒は必要かと」

「そうですね。なにかおかしなことをするようなら――」


 アニーはフヒヒと不気味な笑みを浮かべ、目をギラリと光らせた。

 初めてあった時に見た、スリをキノコまみれにした時の顔だ……。


「ちょっ! 物騒な事は勘弁!」


 裕真は思わず手を伸ばしながら叫んだ。


「大丈夫。そういう汚れ仕事はオレ達がヤっとくから」

「くくく……今宵のキノコは血に飢えておるわ……」

「こらっ!」


 いつの間にかアニーの手には毒々しい色のキノコが握られていた。

 毒か!? 毒殺するつもりか!?


「ま…まぁ、それは置いといて……。100万引いても、まだ2,900万あるけど何に使う?」


 剣呑な空気を払拭するように、イリスが話を切り出した。

 借金の原因は自分なので静かにしていたが、そろそろ話題を変えるべきだと感じたのだ。


「ああ、まずは皆で山分けにしようか」

「は? いやいや! それはダメでしょ!」

「え? なんで?」


 裕真は当然の提案をしたつもりだったが、イリスにきっぱり否定され、きょとんとする。


「ユーマの目的は邪神を倒すことでしょ? ならそのお金は自分のパワーアップに使わなきゃ!」

「ええ……」


 裕真の戦闘力は装備している魔道具に大きく左右される。なので強くなるには、より強力な魔道具を揃える必要があり、それにはお金がかかる。

 そんなことは裕真自身が一番理解していたが、だからといって自分一人で稼ぎを独占するのは気が引ける。


 そんな彼の迷いに気づいたのか、アニーが落ち着いた声で助言をする。


「そうですね、それが最適です。ユーマさんが強くなれば、より一層稼げて、パーティ全体の利益になりますし」


 彼女の合理的な説明に、裕真は「なるほど」と納得はしたが、ラナンはどう思うか気になり、チラリとそちらを見る。


「ラナンもそれでいい?」

「かまわねー。つーか、まだ大した働きしてねーのに大金貰うのもな」


 無造作に手をひらひらさせて、そっけなく答えるラナン。

 欲しくないわけではないが、働きに見合わない報酬を貰うのも気が引けるのだ。


「あ、もちろん私たちもお金が必要だし、少し分けてくれればいいわ」


 イリスたちにも生活があるし、装備の新調や整備費用も必要だ。

 最終的に裕真以外の四人には、それぞれ10万マナずつ分配し、残りは裕真の強化資金とすることで決着した。


 こうして資金の使い道が決まると、次に考えるべきは――


「そうなると、次は大都市に行って買い物だな」

「お、いよいよ『トリスター』に進出ですか」


 『トリスター』とは、裕真たちがいる『西方大陸』最大の都市であり、経済と文化の中心地でもある。その市場に並ぶ魔道具の品揃えは、今いるこの街とは比較にならないほど豊富なのだという。


「ああ、もっと魔道具を揃えたいからな。前回のダンジョン探索だって、ホーリーライトの杖100本、ホーリーアンク100個ぐらいあれば危ない橋を渡らずに済んだし」

「いやいや、前にも言ったけど、工場で量産してるわけじゃないし、いくらトリスターでも、そんなに売ってない――」

「売ってますよ。トリスターなら」


 アニーの指摘に、イリスは一瞬言葉を詰まらせた。


「……マジで!?」

「マジです。そもそも住んでいる魔術師の数が桁違いですから」


 その顔は冗談を言っているものではなく、真顔だった。

 実際にトリスターへの留学経験がある彼女がそう言うなら、納得するしかない。

 イリスは自分の無知を晒してしまったことに少し赤面する。


「数だけじゃなく、種類も揃えたい!あの時、スペクトラルグラスのおかげで命拾いしたように、あらゆる事態に対応できるよう買い揃えたい!」


 裕真の言葉には切実な思いが滲んでいた。

 先日のダンジョンでは想定外の事態に見舞われ、手持ちの魔道具だけでは対応しきれず、絶体絶命の危機に陥った。

 もう二度と、あんな薄氷を踏むような思いはしたくない。


「おお、トリスターか〜。オレも一度行ってみたかったんだよな」


 一方、ラナンは特に気負った様子もなく、楽しげだった。まるで遠足を前にした子供のように、目を輝かせている。

 先日の大ピンチよりも、まだ見ぬ大都会への期待が勝っているのだろう。


「トリスターは良い街ですよ〜。私、そこで魔法修行をしていたんですが、劇場や図書館や美味しいレストランが――」

「……修行に行ってたのよね? お金が無くなってたのって、もしかして……」


 指を組み、うっとりした表情で語るアニーに、イリスはじとっとした視線を向けた。

 修行と言いつつ、実は遊びで浪費していたのでは……。


「トリスター行きで決定ですね? ではさっそく旅の支度をしましょう。皆さんが乗れる馬車の手配に、水、食料、寝具、おやつ、その他旅を快適にする魔道具を一通り用意しますよ!」


 篤志は眼鏡を押し上げると、、軽く指を鳴らしてみせた。

 彼の頭の中では既に効率的な計画が組み上げられているのだろう。


「よろしくお願いします」


 裕真は安心したように頷く。彼の手際の良さにはいつも感心させられる。


「方針は決まりましたけど、他には何をしましょう? 一ヶ月もありますしねぇ」

「そうねぇ……」


 女子たちは、篤志のようにやるべきことを即座に思いつけず、ぼんやりと頭の中で計画を巡らせる。


「装備の更新……はトリスターでやった方が良いわね。『契約精霊』の強化と、しばらく街を離れるから、ギルドへの挨拶とか――」


 ギルドと聞いた瞬間、裕真の脳裏にふと閃きが走った。


「イリス、ちょっと聞きたいんだけど、俺たちがギルドに依頼を出すってできる?」


 突然の質問に、イリスは目を瞬かせた。


「え? もちろんできるけど……あ、まさか――」

「ああ、ハンターギルドにマークさんを殺した犯人を見つけてほしい! この街を離れる前に、犯人を捕まえたい!!」


 その言葉に場の空気が張り詰めた。

 ハンターギルドは魔物だけでなく、人間の犯罪者にも賞金を掛けている。

 そして、それを専門にしている『クライムハンター』が所属しており、賞金首の捕獲以外にも、犯罪捜査や人探しも引き受けている。

 裕真は、その彼らにマークさんを殺害した犯人を探してもらおうと考えているのだ。


「なるほど……その手があったわね」


 イリスは自分の盲点に気付かされ、思わず息を飲んだ。

 衛兵隊にも解決できない殺人事件の捜査。しかも犯人が邪教徒らしいとなると、依頼料は相当な額になる。

 そのため無意識のうちに選択肢から除外していたが……今の自分たちには持て余すほどの資金があるのを忘れていた。


「それなら、私の知り合いにクライムハンターがいます。裕真さんを見つけた人達です。彼らに頼みましょうか」

「あ、お願いできるなら、ぜひ!」


 篤志の提案は、まさに渡りに船だった。

 本来であれば、ギルドに依頼を出しても受けるかどうかはハンター次第。場合によっては数ヶ月も放置される可能性すらある。

 しかし、篤志の知り合いなら話は別だ。


 さっそく篤志はギルドに赴き、知り合いのクライムハンターに連絡をとる。

 すると、ちょうど手が空いていたこともあり、翌日には依頼を受けてもらえることになった。




 ◇ ◇ ◇




 【 ハンターギルド 応接室 】



 そして翌日、裕真は篤志と共にハンターギルドへ赴いた。

 待ち合わせ場所に指定されたのは、先日魔石を持ち込んだ応接室だ。


 そこには四人の男女が控えていた。

 一人は無精髭を生やした四十代の男、一人はがっしりした体格の長髪の青年、一人はボブカットの二十代の女性、そして最後は栗色の髪をした裕真と同年代の少年。


 その中の一人、四十代の男が席を立ち、こちらに近づいてきた。

 年季の入ったロングコートを纏い、鋭い眼光を持つ彼は、いかにも場数を踏んだベテランハンターといった風格がある。

 彼こそが、篤志がお世話になったというクライムハンター、エドワード。通称エドである。


 裕真とエドたちは、まず自己紹介を交わした。

 他の三人はエドの部下であり、長髪の青年はアレク、ボブカットの女性はパウラ、少年はポールと名乗った。


 挨拶を交わした後、すぐに本題へと移る。


「なるほど、例の『心臓刳り貫き犯』を探せと……」


 エドは犯人を邪教徒だと断定することはなかった。そう見せかけた偽装殺人を何件も知っているからだ。

 もっとも裕真たちは冥王との通信で犯人が邪教徒だと知っているのだが、それを話すには冥王との繋がりを明かす必要があるので、何も言えない。


「仮に犯人が邪教徒だった場合、こちらは危険な橋を渡ることになる。奴らは邪神から“邪悪な力”を授かっているからな」

「そうなんですか?」

「ああ、魔物に変身したり、洗脳魔法を使えたり、とかな」

「怖い話ですね……」


 裕真が冥王からチート魔力を授かったように、邪神にもそれができるというわけか……。

 そういえばマークさんを殺した犯人は、現場に一切の痕跡を残していなかったという。それも邪神の力によるものなのだろうか……?


「そういうわけで、それなりの額を頂くが――」

「お金の心配は要りません。こちら、あのナッツイーターを倒した凄腕のハンターですから!」


 篤志は胸を張り、誇らしげに言う。突然の持ち上げに、裕真は少し照れくさそうに視線をそらした。


「ああ、もちろん知ってる。なら遠慮はいらないな。前金で10万、成功報酬で40万、経費別途請求。その条件で良いなら引き受けよう」


 エドは淡々とした口調でそう告げた。

 総額50万マナ、日本円で約5,000万円。予想を上回る金額だったが、今の裕真にとっては問題にならない金額だった。


「ええ、構いません! お願いします!!」


 迷うことなく即答し、《どうぐぶくろ》から10万マナ分の硬貨を取り出してテーブルに並べる。

 積み上がる大金を見て、エドは目を細め、ふっと笑った。


「流石だな。これだけの予算があれば、こちらも全力で動ける。仮に犯人がこの街から離れていたとしても……必ず見つけ出してみせるさ」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうして話がまとまったところで、ボブカットの女性、パウラが話しかけてきた。


「ユウマさん、サインくれない?」

「え? 俺の?」

「そうよ、貴方の活躍は聞いているわ。ほんの一週間でこの街を悩ませていた賞金首を一掃した若き英雄だって!」


 そう言うと彼女は、白いハンカチとサインペン(これも魔道具らしい)を差し出した。

 突然のリクエストに裕真は目を丸くする。サインをねだられるなんて、人生で初めての経験だ。


「おい、クライアントに失礼だぞ」


 長髪の青年アレクが、同僚の不躾な申し出を諫める。


「え〜、いいじゃない、それぐらい」

「あ、オレは構いませんよ」


 アレクさんの言うことはもっともだが、自分のサインなどもったいぶるものでもないし、正直ちょっと嬉しくもあった。


「しかし――」

「まぁ、いいじゃないか。本人がそう言うなら」

「はぁ……」


 エドは静かに笑い、アレクを宥めた。

 それを横で聞きながら、裕真は差し出されたハンカチを受け取り、ペンを走らせる。


「ついでに俺もいいかな? うちの子が喜ぶ」


 そう言いながら、エドも同じようにハンカチを取り出した。


「あっ、はい」


 裕真は少し驚いた。鋭い目つきで近寄りがたい印象だったが、意外と気さくな一面もあるのだな、と思いながらサインを書き入れる。

 アレクは呆れたように肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。

 そんな和やかな空気の中、栗色髪の少年、ポールが遠慮がちに声をかけてきた。


「あの……ユーマさん」


 またサインか? と一瞬思ったが、少年の顔色がどこか違う。


「あんたが『クレイジーホーン』を倒してくれたんだよな……。ありがとう、そいつは俺の親父のかたきだったんだ」

「そ……そうだったんだ」


 思わぬ言葉に、裕真は戸惑った。


「俺の親父もハンターでさ……。あいつに挑んで返り討ちにあったんだ。柄にもなく大物狙いなんかして……。でも、あんたが討ってくれたおかげで、親父も安らかに眠れる……」


 ポールの声は震えていた。目尻には滲む涙。

 彼は裕真の手をギュッと握りしめ、言葉を絞り出すように感謝を伝える。


「本当にありがとう! ユーマさん!」


 その言葉は、重く、熱く、裕真の胸に深く突き刺さった。


 この世界に来てから、自分が成し遂げた幾つかの討伐。

 それが誰かの希望になっていたのだと、今更ながら強く実感するのだった。


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