『コウモリからの転生譚』〜最弱モンスターから始める異世界生活〜
@loki-trick
第1話 転生
第1話 転生
「坂本さん、このバグ、何か分かりましたか?」
プロジェクトマネージャーの声に、坂本悟は画面から目を離さずに答えた。
「はい。並行処理の部分で問題が起きています。複数のユーザーが同時にアクセスした時のみ発生するエラーです」
モニターには大量のログが表示されている。その中から異常なパターンを見つけ出すのは、まるでパズルを解くようなものだった。
「他のメンバーは原因を特定できなかったんですが」
「ログを見ていて気づいたんです。特定の条件が重なった時だけ、処理の順序が狂っている。スレッドセーフではない部分があったので」
28歳のシステムエンジニア・坂本悟は、トラブルシューティングのスペシャリストとして知られていた。プログラムの不具合を見つけ出すことにかけては、誰にも負けない自信があった。
それは単なる経験や技術だけではない。システムの異常を「感じ取る」ような直感があった。些細な違和感も見逃さない。バグは必ず何かの予兆を示す。その予兆を察知する能力は、同僚たちを驚かせることもあった。
「では、明日の9時までに修正をお願いします」
「え?それは...」
突然の締め切りに、悟は眉をひそめた。しかし、断る選択肢はない。このプロジェクトに配属されてから、似たような日々が続いていた。
会社の大型プロジェクトは、いつも後手に回っている。顧客からの要望は増える一方で、チームのリソースは限られている。悟の「バグを見つけ出す能力」は、そんな現場で重宝されていた。
「分かりました。なんとか」
深夜2時。オフィスには残業する社員がまばらに残るだけだった。悟の画面には、複雑なコードが映っている。
(このパターンなら、ここでエラーが...)
徹夜続きの目は充血し、頭は重かった。休日出勤は当たり前。睡眠時間は平均4時間を切っている。それでも、バグを見つけ出す直感は衰えていなかった。
高校時代、悟はゲーム開発者になることを夢見ていた。しかし、その夢は徐々に遠のいていった。今は納期に追われる日々。システムの不具合を見つけ出すことが、唯一の誇りになっていた。
「修正できたら、少し休もう...」
立ち上がった瞬間、視界が揺らいだ。
「このまま...このままじゃ...」
過度な集中と睡眠不足が、ついに限界を迎えていた。
悟は駅のホームで膝をつき、左胸を押さえた。通行人が駆け寄ってくる声が聞こえる。救急車のサイレンも、遠くで鳴っているような気がした。
意識が遠のく直前、悟は考えた。
(もう一度...やり直せたら...)
* * *
目が覚めた時、視界は一変していた。
「ここは...どこだ?」
声を出そうとしたが、出てきたのは「キィッ」という鳴き声だった。驚いて声を止める。しかし、また「キィッ」という音が漏れた。
混乱する悟の目に、見慣れない風景が飛び込んでくる。木々が生い茂る森。見上げれば、不思議な模様を描く星座が輝いている。地球のものとは明らかに違う。
(ここは...異世界?)
自分の体を確認しようとして、悟は更なる衝撃を受けた。そこにあったのは、小さな羽と毛皮に覆われた体。間違いない。自分はコウモリになっていた。
その時、視界に青い文字が浮かび上がった。
【ステータス】
名前:不明
種族:コウモリ
レベル:1
HP:10/10
MP:5/5
【スキル】
超音波(レベル1):音波で周囲の状況を把握する
エラー検知(レベル1):危険を事前に察知する
(これは...ゲームのUIのような...?まさか自分のスキルが、プログラムのバグを見つける能力と関係があるとは)
パニックになりそうな気持ちを、悟は必死に抑えた。冷静に状況を分析しなければ。それは、システムエンジニア時代から身についた習慣だった。
(整理しよう。自分は死んで...コウモリに転生した?しかもゲームのようなシステムがある異世界に)
混乱する頭の中で、悟は一つずつ事実を確認していく。異世界。転生。レベル。スキル。現実とは思えない状況に、プログラマー的な思考で対処しようとしていた。
「キィッ...じゃなくて、落ち着け」
スキルの一つは種族特性だろう。コウモリの【超音波】。もう一つの【エラー検知】は、システムエンジニア時代の能力が反映されているのかもしれない。
(試しに...)
意識を集中すると、【超音波】が発動した。音波による情報が、不思議な感覚で脳に届く。周囲の地形や、近くにいる小動物の気配まで分かる。
(すごい...でも、この能力をどう使えば...)
考えを巡らせていると、突然【エラー検知】が警告を発した。
【警告:危険な生命反応を感知】
生前のシステムエンジニアとしての勘が、転生後も身を守るスキルとして機能している。プログラムの不具合を見つけ出す習性が、今は危機を察知する能力となっていた。
身構える悟の耳に、獣の咆哮が響いてきた。即座に【超音波】を発動する。
「キィッ!」
反射的に羽ばたき、近くの木の枝に逃げ込む。心臓が激しく脈打つ。人間だった時の恐怖とは、まるで質が違う。獲物として狙われる恐怖。それは本能的なものだった。
枝の陰から慎重に【超音波】を使う。茂みの向こうには、牙を剥き出しにした狼がいた。さらに2匹が、その周囲を徘徊している。
(今の自分なら、一撃で...)
震える体を必死に抑える。レベル1の最弱モンスター。生き残るためには、もっと強くならなければならない。
夜の帳が降りる中、一匹のコウモリは必死に状況を理解しようとしていた。スキルの重要性にまだ気づかないまま、異世界での物語は始まった。
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