第28話 スミレの暴走
ヒュマン・Eの炎鎖が闇の剣を打ち払う。次々に生み出される闇の剣を確実に消し飛ばしていった。
その間に俺は治療の完了を待つ。闇の力が強すぎて瞬時に回復は無理なのだろう。まだ時間が掛かりそうだな。それでも少しずつ、身体の内側から癒やされていくのが分かる。
「闇の雷、鎖を伝え!」
ルークスの放つ高度な闇魔法だ。しかもソウルスキルにより強化している。離れていても強大な魔力を感じた。
スミレは鎖で防がずに、ドラグ・Aの手鏡に雷を当てる。
「異界の法則では、雷は鏡で反射する」
「無茶苦茶なことを!」
しだいに二人の戦闘は激しくなっていく。スミレの鎖は闇の力で防がれる。だけど敵の攻撃も受けていない。鎖を攻防一体に使い、鏡は防御に徹していた。時間が経つごとに、ルークスの動きは精彩を欠く。おそらく刀の傷が癒えていないのだろう。
そして一方のラッシュだが、こちらは少し劣勢だな。それでも食い下がっており、逆転の可能性は充分にある。――埒が明かないと思ったのだろう、ラッシュが動く。魔力を両腕に集め始めた。
「カナタは危険な勝負に出た。僕だって、やればできるはず! 憤怒の手甲よ、僕に力を示してくれ!」
「……私は忠実な部下。ボスに叡智と栄光を」
当然ではあるが、支配人も黙って見てはいない。魔力の充填が終わる前に、攻撃を仕掛けてくる。俺はナイフを投げようとして、寸前で思い止まった。ラッシュは何か狙っている、そう判断したのだ。
支配人が素手で殴り掛かる。まだラッシュは動かない。相手の拳が眼前に迫った。
「憤怒の魔導拳!」
攻撃が当たる瀬戸際の反撃。魔導拳はスミレから教わった技だな。訓練のときに、一緒に習った覚えがある。魔力を込めて殴るという単純明快な技。
ラッシュの魔導拳は支配人の顔を打ち抜いた。しかし同時に支配人の攻撃を受けている。つまり相打ち。両者が共に仰向けで倒れた。
「大丈夫か、ラッシュ!」
「な、なんとか」
よかった、無事のようだな。よろけながらも立ち上がる。一緒に倒れた支配人は、まだ倒れたまま。その様子を見たルークスが不快そうに顔を歪める。
「最後まで使えぬ駒め。とんだ見込み違いだったな」
「よそ見は危険だぞ。頭上には気を付けろ」
「なに!?」
ルークスが俺の言葉に反応して、とっさに上を見た。ヒュマン・Eの炎鎖が迫っている。しかし闇の剣に魔力を集め防がれた。
わざわざ注意を促したのには、もちろん理由がある。足下から気を逸らすためだ。鎖には二つの先端が存在する。その一つが地を這い、ルークスの左足に絡み付いた。
「奪え、ヒュマン・E」
「闇の力よ、鎖を排除しろ!」
スミレの声には、抑揚が無かった。大罪魔道具の制御に苦戦しているのだと思う。他方、ルークスは感情をあらわにソウルスキルを発動した。闇と鎖が衝突し、魔力の奪い合いが発生。膠着状態に陥る。
「道化を忘れちゃいないかね!」
ルークスの右足を目掛けて、ナイフを投げた。まだ動き回れるほどではないけど、援護だけなら可能。だいぶ身体が治ってきたからな。
ナイフが右足に刺されば、わずかに集中が乱れるはず。どんなに訓練を積んでも、些細な違和感は残る。
「私を愚弄する者ども、後悔するがいい!」
奴の身体が闇に変わっていく。しかし左足だけは、闇への変化が遅い。巻き付いた鎖の効果だろう。原理は詳しく知らないけど、魔法やソウルスキルの力を減少させているみたいだ。
――唐突に乾いた音が響いた。発生源は二つ。ヒュマン・Eの炎鎖とドラグ・Aの手鏡からである。素早く視線を向けると、鎖と鏡にヒビが入っていた。
「刀を奴に」
「秘刀術、
スミレの平坦な声を聞き、即座にジーン・Мの刀を投擲した。その刃がルークスの腹部らしき場所に刺さる。
「三種の大罪魔道具、力を解放せよ」
空間に三色の光が満ちる。刀から赤、鎖からオレンジ、そして鏡からは紫の輝きが放たれていた。
この光の中でルークスは身動きが取れないようだ。
「女、まだ邪魔をするか!!」
「なんじゃ、この光は!」
「爺さん、裏帳簿は見付けたのか!?」
急に地下から人が現れた。別行動をしていた大賢者の爺さんだ。ルークスの怒声を掻き消すように、驚きの言葉を発した。いきなり強い光が広がれば、驚きもするか。
俺の質問を聞いた爺さんは、不敵な笑みを浮かべた。そして肩から掛けたカバンを軽く叩く。
「大成功じゃな。証拠は根こそぎ回収したぞ。さて、儂も嬢ちゃんを援護するかの。ソシャル・Iの
「貴様は大賢者スレト! 我が国の仇敵め、ここで闇に呑まれろ!」
そういえば、そんな名前だったな爺さん。隣国にも知られているほど有名らしい。なにか因縁がありそうだ。ちょっと聞いてみたい。
「ほっほっほ。小僧が吠えおるわい。しかし、もう遅い」
この隙を逃さず、スミレが鎖をルークスの全身に巻きつけた。体を闇に変えても、お構いなく縛りつけている。
何事か喚いていたけど、どんどん声が聞こえなくなる。それから完全に沈黙した。どうやら気絶したようだな。
「爺さん、ルークスを捕縛して外に。ラッシュは支配人を担いでくれ」
「お主は?」
「もう一仕事、残っている」
「嬢ちゃんの暴走だな」
地下にいたけど、事情は把握していたのか。まあ、声が聞こえるからな。とにかく話が早くて助かる。
スミレの様子がおかしくて、爆発の一歩手前みたいだ。三種の大罪魔道具を同時に使った。それが原因だろう。
「その通り。外に出たら、ティアリスを呼んでほしい。彼女の援護が必要になる」
「承った。伝言なら儂に任せておけ!」
それから爺さんとラッシュは倒れた二人を運びながら、外に向かった。……考えてみたら、気絶した人を運ぶのは大変である。なんとか頑張ってくれ。
部屋に残ったのは俺とスミレだけ。彼女は微動だにせず立ち尽くしている。だけど体内の魔力が荒れ狂っていた。うかつに触れたら危険だ。
「なあ、スミレ。大丈夫か?」
問い掛けるが、返答なし。刺激しないように、ゆっくりと歩いてジーン・Мの刀を回収した。
そのときスミレの様子が変わる。視線が刀に向けられていた。暴走中は力を大幅に消費する。それを補うために、ジーン・Мの刀を欲しているのだろう。
『力の回復、必要』
「もう本人の意識は無さそうだな!」
刀を狙って、鎖が伸びてきた。間一髪で避ける。予測できていたのに、ギリギリの回避だった。それだけ鎖の動きが速い。
俺は魔導薬の入った瓶を取り出す。これで暴走を止めることができる。使用方法は相手の肌や皮膚に振りかけるだけ。しかし、それが難しい。何度か接近を試みるが、距離を取られてしまう。
「うわ、危なっ!」
おまけに鎖で攻撃される。だけどルークスに向けた一撃と比べると、かなり威力は抑えられていた。かろうじて仲間意識は残っているのかもしれない。
神経を擦り減らせる攻防を続けること数分ほどか。魔導薬を使う機会は訪れない。相手の動きが速いのだ。傷を負ったこともあり、体力の消費も激しい。――そのとき部屋にティアリスが入ってきた。
「カナタ様、大丈夫ですか!?」
「結界を頼む! 俺とスミレを囲むように!」
姿を見た瞬間に、援護を依頼。ある程度は状況を把握しているみたいだな。すぐにエンバー・Pの勾玉を取り出して、結界を生成してくれた。スミレの行動を制限するためである。この部屋は広すぎて動きを掌握できなかったのだ。
「どうでしょうか!?」
「助かる! そのまま維持してくれ!」
準備は整った。急いでスミレの暴走を止めたい。放置すればするほど、体の負担が大きくなるはずだからな。
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