第27話 ヒュマン・Eの炎鎖
敵がソウルスキル使いなら、慎重に行動する必要がある。少なくとも単独で戦闘は止めておきたい。
「ラッシュ、支配人の相手を頼む!」
「分かったよ!」
「いいのか? 坊ちゃんでは、荷が重いぞ」
闇魔導師ルークスが茶化すように声を掛けてきた。その張本人は必死に魔導銃から逃げていて、反論できそうもない。
「道化特務隊の責任者を舐めてもらっては困るな」
「そうそう。うちらのボスだからね」
ということで代わりに文句を言っておく。さらにスミレも軽口を続けた。しかし、その表情は真剣だ。相手の一挙手一投足を見逃さないという意思を感じる。また俺も同じである。それだけ油断ができない。
「私は戦闘に自信がなくてね。下僕に頑張ってもらうことにする」
ルークスが話し終わったとき、支配人の魔力が膨れ上がった。そして魔導銃に力が集中している。当然、その銃口はラッシュに向く。
――次の瞬間、魔導銃が爆発を起こす。傷を負ったのは支配人だけだ。離れていたラッシュは無事である。
「この程度の制御に失敗するとは。力を求める心を気に入って、支配人に取り立ててやったのだが。とんだ欠陥品だったな」
「まさか仲間を実験体にしたの!?」
「なに馬鹿なことを。ヤツは動く肉塊、仲間ではない」
「……そう」
わずかに沈黙が訪れた。スミレは無表情になり、まったく考えが読めない。しかし今の言葉には、背筋が凍るような冷たさがあった。
「まあ、いい。欠陥品には最後くらい役立ってもらおう。――闇を纏え」
支配人の身体が闇に包まれる。そしてラッシュに殴り掛かった。動きが速い。だが何とか避けたようだ。
「そのまま時間を稼いでくれ!」
声を掛けるが、返事をする余裕が無いみたいだな。それでも少しだけ頷いたことを確認する。
俺はジーン・Мの刀に魔力を込め、ルークスを牽制した。隙を見せれば一気に斬りつける。とはいえ簡単には隙を見せないか。
「スミレ、支配人の解呪は可能か?」
「やってみるわ。だけど動きを止めないと」
「ふむ、他国の解呪法も気になる。見せてもらおうか」
俺も援護に行きたいけど、ちょっと難しそうだ。ここを離れたらルークスが自由に動いてしまう。睨み合いを続けるしかない。ソウルスキル使いを相手だと正面対決は勘弁してほしい。
何度か避けたあと、ラッシュが憤怒の手甲で支配人の攻撃を受け止める。かなりの威力だったが、無事に防いでいた。だいぶ扱えるようになったな。
「今よ、闇を払え!」
動きを止めた一瞬を狙い、スミレが支配人に接近。解呪魔法を試みた。入れ替わるようにラッシュが少し下がる。
「ひい、助かった!」
「お疲れさん。いい働きだったぞ」
「そ、そうかな」
ラッシュに声を掛けつつ、スミレの様子を窺った。少し手こずっているな。
「あの娘、なかなかの魔導技術。感心だな。しかし私には及ばない」
「ずいぶん余裕じゃないか」
できれば情報を引き出したい。油断はしないよう気を付けながら、ルークスに話し掛けた。
「見ていれば分かる。すぐ自らの無力を知ることになるだろう」
「――嘘、弾かれた!? それに……支配人の身体は崩壊しているわ。ここまで酷い実験をしたの!」
「あの男も喜んでいるさ。私の贄になれたことをな」
どう見ても苦悶の表情にしか見えない。このまま斬りたいが、感情のまま動くのは危険すぎる。相手が仕掛けてくれば、反撃も可能なのだが。今は静観するしかない。
「……ヒュマン・Eが怒っている。そしてドラグ・Aも」
スミレの呟きを、俺の耳が拾った。ヒュマン・Eとは現代版大罪の一つだったか。同種を犠牲に実験することへの戒め。またドラグ・Aは薬を悪用し、破滅へ導こうとする者への警告。
彼女の右腕がオレンジ色に輝く。光が収まったとき、右腕へ巻き付くように赤色の鎖が出現していた。鎖の先端に結晶がある。その中には、三日月型の欠片が見えた。
「その鎖は?」
「ヒュマン・Eの
「これは珍しい! ムゲン国が保有する、現代版七つの大罪を冠する魔道具だな」
ルークスが分かりやすいくらい、目を輝かせていた。研究欲が旺盛である。方向は間違ってそうだけど。
「大罪魔道具の並列使用をするわ。今の私だと完全には扱えない。暴走したら止めてほしい」
「ああ、分かったよ。どうすればいい?」
スミレは二種類の薬を取り出した。一つは袋に入った錠剤。もう一つは瓶に入った液体だ。
「どっちも効果は同じ。錠剤なら飲ませて。液体の方は肌や皮膚に掛ければ大丈夫」
「暴走した相手に飲ませるのは難しいだろう。瓶を使うさ」
とはいえ念のため、両方を受け取る。ルークスは止めもしないで、見ているだけ。どうやら完全に観察を楽しむつもりみたいだ。
そしてスミレが動いた。左手にドラグ・Aの手鏡を持つ。右手に鎖で、左手に鏡。二刀流みたいなものか。ヒュマン・Eの炎鎖が伸びて、支配人を縛る。
「とりあえず、こっちは弱体化させるわ!」
鎖を伝わって、解呪の力が流れている。どんどん支配人の魔力が減少していった。ここで初めてルークスの顔色が変わる。
「馬鹿な! ムゲン国の技術は、我が国を超えているのか!?」
想像よりも、解呪が強かったのだろう。慌てて妨害を始めようとした。急激に闇の魔力が高まっていく。
放置するのは危険だ。左手でナイフを取り出す。
「解呪の邪魔はさせない!」
「ちっ、道化め!」
ルークスを狙いナイフの投擲。避けられたが、集中を乱すことに成功した。これは大きな隙だな。
武器を構え、一気に接近する。近付きながらも、再びナイフを投げた。
「追加だ!」
「放て、闇の剣!」
奴の周囲に漆黒の剣が何本も出現。一本はナイフを弾き飛ばし、残りは俺を襲う。回避に徹すれば、全て避けることは可能か。
しかし、それでは攻撃を捨てることになる。ここは危険を承知で突っ込むところ。傷を受けそうなものを避け、払った。ルークスの至近距離まで到達するけど、周りを闇の剣に囲まれる。
「よし、解呪は終わったわ!」
「余計なことを!」
ここでルークスの気が逸れた。わずかにスミレの方を見たからだ。それを逃さず、一気に詰め寄る。だけど奴の目前で待機している一本。こいつが厄介である。大きく避ければ、攻撃の機会を失う。しかしギリギリで避けようにも、あの剣は魔力の塊。触れなくても、衝撃を受ける恐れがある。
なんとか闇の剣を受け止めたいが、難しいだろう。仕方ない、一撃を受ける覚悟で斬りにいく。
「秘刀術・
腹に闇の剣が刺さるものの、傷と引換えで刀の間合いに入った。そしてルークスの胴体を斬りつける。ジーン・Мの刀が、奴の身体を切り裂いた。
不思議なことに一滴の血も流れていない。内部には闇が広がっている。だけど傷は与えた。
「……私に手傷を負わせるとは」
「お互い様だ。俺も痛い」
思ったよりも闇の剣による傷が深い。連撃は難しいと判断し、距離を取った。この道化服には、あちこちにナイフや魔導薬を仕込んでいる。治療薬を取り出し、一息で飲み干した。ルークスも回復しているが、魔力を大幅に消費しているようだ。
「ずいぶん良い魔導薬を使う。興味があるな」
「ムゲン国の特製らしい」
「……忌々しい国だ」
胴体を斬られながらも、知識欲を欠かさないのか。ソウルスキル使いには、変人が多いと聞いている。身体よりも知識を優先するくらいでは驚かない。だけど、感情の不安定さは気になる。さっき激高したかと思えば、今は落ち着いていた。
そのとき赤い鎖がルークスを襲う。しかし漆黒の盾で防がれる。ほとんど同時に、俺の身体が紫色の光に包まれた。
「ドラグ・Aの手鏡、カナタの傷を癒やして!」
「助かる! 支配人の方は大丈夫か?」
「ラッシュに任せたわ。それより動かないで。まだ治療は終わっていない」
下手に動くと、治療の効果が切れるようだ。ここは言われた通りに、余計な動作をしない。
それよりもスミレの様子が気になった。会話に余裕が感じられない。そして険しい表情をしている。
「辛そうだな」
「大罪魔道具の同時使用だからね。身体への負担が大きいのよ」
ただでさえ強力な魔道具だ。また一つずつ使うのとは、難易度の桁が違うらしい。そんな話を前に聞いたことがある。ムゲン国の管理者なら、七つ同時に扱えるとか。
スミレとルークスの戦闘が始まった。一進一退という感じの攻防が続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます