第2話

「鬼神が討滅された、ですって?」


 都内某所の商業ビル内。その中に存在を知る者が限られた課があった。


 通称、祓魔課。国内に発生した妖魔を秘密裏に討滅し、平和を守る。表の正義を代表するのが司法であれば、裏の正義を主張するのは彼らのような特別な力を宿した者である。


 鮮血のような紅髪を靡かせる女性、結城暁音もまたその一人だ。


 部下である少年は少し怖気付きながら腰を低くして彼女へと話しかけた。


「は、はい……国内で確認されていた妖気が八割近く消滅していると報告がありました」


 暁音とは対照的な青の髪であり、自信のなさが表情に現れている。彼自身も自分が口にしたことが真実だと信じられていないのだろう。


 その態度も癪に障った。本当かどうかも確信を持てていない癖に本当のことのように伝えてくる少年の無神経さに暁音は呆れたように溜息を漏らした。


「一体何処の馬の骨の仕業なのよ、それ」

「げ、現在確認中とのことです……でも、本当だとしたら相当優秀な術者ですよね?」

「そうね。是非とも勝手に倒してくれたお礼に斬り合いを所望するわ」


 剣呑な眼差しを向けられ、少年は体を震わせる。刀は鞘に収まっており、彼女が肘をついているデスクに立てかけられている。


 年齢差でいえば少年の方が五歳程度は歳上だというのに暁音から立ち居振る舞いと放たれる圧が印象を逆転させていた。


 太陽の如き近づくものを焼き尽くさん雰囲気を持ち、術者としても超一流。


 結城家という火の精霊魔術師の名門に生まれ落ち、女性で初めて当主となった。


 いまだに男尊女卑の風潮が流れていく中、男性ではなく女性である暁音が当主になれたのは単純な理由だった。


 強いからだ。祓魔課においても、彼女よりも強い者は誰一人として存在しない。


「私の周りにいる人達って皆弱すぎるのよ。少し息を吹きかけるだけで近づくこともできなくなるし」

「呼吸に火の精霊魔術を付与するだけでも貴女の場合は、マグマ程度の熱を帯びますからね!? 触ったら火傷どころか溶けてなくなりますから!」

「えー手加減してるのに?」


 必死に釈明しなければならないほどの深刻さもいまいち伝わっていないらしく、暁音は不満そうに唇を尖らせた。


 仕草だけ見れば可愛らしい者ではあったものの、実害が出ている以上誤魔化されるわけにはいかない。少年は思わず赦したくなってしまう自身の心に鞭を打ち、真剣な顔で迫った。


「貴女の手加減は周りが気づかない程度のものでしかないです! 本気で手加減するつもりなら、火の精霊魔術を使わずに訓練に参加してください!!!!」

「弱者にいちいち気を遣えって? 嫌よ、そんなの。私だって本気で戦いたいのを我慢してるのに、無茶言わないで」


 暁音は童顔を押し退け、席を立つ。椅子の背もたれにかけてあった上着を纏う。


 刀を除けば典型的なビジネスウーマンの出来上がりだった。


 そのまま去ろうとする暁音の背中に彼は慌てて声を投げつけた。


「ど、どちらへ行かれるつもりですか!?」

「仕事よ。妖魔が出たんだって」


 携帯端末を取り出し、その画面を彼の鼻先へ突き出す。そこには妖魔出没と赤の文字で書かれ、その上にデフォルメされた妖魔が描かれていた。


「私はもう行くわ。いつも通り、一人でいいから誰も来ないで。足枷になるから」


 冷たく言い放ち、オフィス内の空気を澱ませる。暁音は明らかに雰囲気が悪くなったことに気づいてはいたが、事実を言っただけなので訂正する気は微塵もなかった。


「ま、待ってください結城さん!」

「待たない」


 少年の言葉に足を止めることなく去っていく。取り付く島がない。


 彼は暁音を追いかけようとしたが、暁音への呪詛を止める方が先だと泣く泣く断念した。

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