第10話 信玄餅

 「土ですか。でも、現場は警察が封鎖してるでしょうから、近づくのは難しいと思いますよ。」


「ユー? わたくし達はエージェントですよ? 転送装置がなくても同じ次元内で近距離なら空間転移が出来ますよ?」


「え、そんなことも出来たんですか・・。」


「あ、でも、ユーはエージェントとは言っても、まだわたくしの補助者なので、エージェント機能が制限されているので空間転移は出来なかったですね。では、車で近づけるまで近づいて、ユーはそこで待機していてもらえますか? あまり派手に空間転移を使ってしまうと、逆にロビスコにこちらの痕跡を残してしまいかねませんから。」


「なるほど、わかりました。じゃオレは車で待機ですね。」


そう言い終えて、ふとジュンさんを見ると、なぜかジュンさんは隣のテーブルが気になるようで、しきりに隣をチラ見していた。なにかあったか?オレの中の危機感知センサーが警戒レベルを上げろと言っている。周囲に感づかれないよう、小声で聞いた。


「ジュンさん、どうしましたか?」


「あれは、アイス?それとも豆腐?かしら?」


はぇ? え? あ、隣の席の2人組がなにか食べてる。あれのことか?


「えぇと、あれは信玄餅だと思いますよ、山梨銘菓ですね。」


「ちょっと待ってて下さい。わたくし、買ってきます。」


そう言い終えるまでもなく、既にジュンさんは席を立って売店の方に向かっていった。


うん、オレの危機感知センサーはポンコツ確定だ。



 信玄餅を食べ終え、車を現場に向けて走らせた。後席には信玄餅がたくさん詰まったお土産袋が増えている。


「次の道を右に曲がった先が現場ですね。」

ジュンさんが地図アプリを見ながら言った。


この道だね、右折、と。

右の道に入った途端、パトカーが止まっていて、道がバリケードで塞がれていた。


「あ、もうここまでみたいですね。」


すぐに警官が寄ってくる。

「すみませんね、この先通行止めなんですよ。そこの道を甲府方面へ進んでもらって、次の道を右折してもらうと迂回ルートになりますよ。」


「甲府方面へ向かって、最初の道を右折ですね。わかりました、ありがとうございます。」


車をUターンさせ、甲府方面へ向けて左折して、パトカーから見えない場所に来たところで路肩に停車させた。


「ここでどうですか?」


「そうですね、これ以上近づけないのだからしょうがないですよね。では、土を取って来ますので、少し待っててくださいね。あ、後ろの信玄餅を食べててもいいですよ。」


「ありがとうございます。でも、オレ、甘いものはあまり・・」


「そうですか?とっても美味しいのに。」

そう言いながらジュンさんが両手を体の前でクロスさせると、体全体が薄っすらと一瞬光って、消えてしまった。これが空間転移か。


スマホゲームでもしながら待ってるとするか。こういう時間が読めないときにはオンラインゲームじゃなくて、簡単なパズル系が良いんだよな。


パズルゲームをして5分くらい経っただろうか、助手席が薄っすらと光ったかと思ったら、ジュンさんが戻ってきた。


「うわ、急に現れると知っててもビックリしますね。お疲れ様でした、どうでしたか?」


「土と石と空気を解析機に取り込んだので、プリマベーラへ戻りましょう。」



 高速道路は渋滞もなく、夕方には転送エレベーターのビルに着いた。

「ジュンさん、ここで良いですか?」


「あ、ごめんなさい。わたくし、行き先を言わなかったですね。ユーも一緒にプリマベーラへ来てほしいので、このままレンタカーを返しに行きましょう。」


「オレもプリマベーラへ行くんですか?」


「そうですね、もうコードレッド事案なので、対策を考えないといけないですからね。」


「あの、それなら、プリマベーラへ行く前にご飯食べていきませんか?」


「それって、デートのお誘いですわね? ユーったらもう。」


いや、プリマベーラでの食事はゼリーみたいな栄養剤だから、今のうちにちゃんとした食事がしたいってことなんだけど・・


 レンタカーを返した後、ジュンさんの希望で焼肉屋に入った。


「焼肉屋さんって、一人で入るのは勇気がいるでしょ。ユーと一緒なら気軽に入れますわね。こういうのが婚約者が居るメリットなんでしょうね。」


いや、焼肉屋に入れることが婚約者が居るメリットでは絶対無いと思うぞ。でも、ジュンさんが喜んでるならそれでいいかな。


半個室のような席に案内してもらった。


「オレ、ビール飲んでも良いですか?」


「どうぞ。わたくしもビール頂きますよ。」


「アルコール、大丈夫なんですか?」


「わたくし達は人間界の食事を摂っても実際には消化も吸収もしないので、アルコールを接種しても酔っ払ったりはしないのですが、雰囲気の問題ですよね。」


結局、ジュンさんはオレにあわせて生ビールを3杯飲んだが、確かに顔が赤くなる様子もなかった。でも、なぜか、盛り上がったジュンさんが大量に食べ物をオーダーしたおかげで、腹パンパンになってしまった。


「さ、行きましょうか。」

店を出て、ビルへ向かい、転送エレベーターに乗り込む。


「わたくしは荷物があるんで、転送操作は、ユー、お願いね。」


「はい、じゃ、行きますね。」

オレは胸の前で手をクロスさせた。


確かにジュンさんは大きな紙袋を持っているよね。中身は信玄餅だけど。

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異世界エレベーター リストラされたオレが異次元の力で地球を救う、のか? @Sakamoto9

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