第17話 アカデミー生


 六月九日。日曜日。俺は今日も探索に潜りに来ていた。

 昨日探索に潜ったばかりなので、体力的にはキツイのだが、心は案外にも弾んでいた。




 使役師組合に入り、ロビーで俺は異空に潜る為の必要事項を記入した紙を受付に渡す。それが受理された後、更衣室で着替えた後に、俺は組合の奥へと入って行った。



 ロビー付近は飲食店やショップなどが並んでいる為、一般人などが入ることもある。なので探索者用の格好をする場合は、ギルド内へ行くのが基本だ。


 

 

 使役師組合、別名ーーギルド。ファンタジー作品のようにそう呼ばれるだけあって、ここ使役師組合の展示版には依頼が良く並ぶ。




 勿論俺が普段依頼を受けないように、俺は依頼を受けるのは時間や行動範囲を制限される為効率が悪いのと考えている。



 しかし今回は金優先だ。アンナの昇華用の聖遺書を買いたいのもそうだが、そろそろ稼ぎが惜しい。



「どれが良いかな……」



 黒板が何個も並ぶ程度には依頼の数が豊富だ。


 ここまでに依頼の数が賑わう理由は、掲示板設置の為の黒板やスペース、またスタッフの代金を国金額で賄っているからだろう。


 後は依頼受注というギルドならではのロマンだ。依頼ならばオンラインでも受けれるっちゃ受けれのだが、何というかそれはダサいという風潮がある。


 その為か依頼者も受注されやすいギルドを通して依頼し、その依頼に人がギルドに集まるというスパイラルが起きているわけだ。



『サキュバスの翼の取引

 報酬:交渉にて

 連絡:XXXXXXX-XXXXX』


 

 ……面白そうだけど、サキュバスの翼は持っていない。


 受注側はギルドに売るより高い値段で、相手はギルドから買うより安い値段で取引したいという事だろう。



 他に何か良い依頼はないか……そう探していた時だった。

 俺はとある依頼に、思わず目が止まる。



『依頼内容:息子(15)の初異空探索の講師役

 探索異空:四等級

 条件:男女問わず、十五歳であり五等級の使役師である事

 定員二名:七等級以上の使役師である場合、一人でも良い。*二人の場合、報酬は折半

 報酬:六万円

 日程:七月十四日。

 依頼日:七月七日

 連絡:XXXXXXX-XXXXX』



 六万……!?

 二人で分けても、一人三万円ずつだ。


 依頼日が今日である事からも、まだ誰にも見つからずにこの美味しい報酬が残ってくれていたのだろう。何なら、たった今貼り出されたばかりかも知れない。


 初異空探索のガイド役、という事であれば要する時間は大体五時間ほどだ。

 

 それで一人三万。五等級使役師としては美味しすぎる報酬額だ。時給六千円とも言える。しかも難易度は四等級の異空。



 受けるしかない。


 そう確信して俺が手を伸ばし依頼を手に持った瞬間、俺の手を掠める手があった。


 

「え?」

「あっ……!」


 俺が驚く声を上げて手の方を見ると、驚いた顔の少女がいた。恐らくは同じ依頼を受注しようとしていたのだろう。


 ある意味で横取りとも言えるが、こちらの方が早かった。


「君もこの依頼?」


 ちょっとした気まずさを抑え、俺は少女に話しかける。

 

 まさか同じ依頼を取ろうとしていたとは。これが本であれば恋愛ロマンスのワンシーンになっていただろう。可愛い文学少女との。

 

「ええ、そうよ」


 しかし目の前にいるのは、顔は可愛いのだが気の強そうな同い年の少女である。依頼を受けようとしていた事からも、十五歳なのだろう。


 まあ使役師だし、気の弱そうな少女はいないよな、なんて下らない事を思う。



 被ったのは少し意外だったが、同じ依頼を受けようとしているなら話は早い。定員は二名だ。これも運命だろう。至極単純、目の前の彼女を誘えば良いのである。



「そうなんだ。多分見てたと思うけど、この依頼定員が二名でさ。良かったら一緒に……」

「はぁ?」



 なるべく印象が良いように、気の良い笑顔で話しかけたのだが、話の途中彼女は怒りを含んだような顔になった。


「え?」


 何か気に触ったような事を言っただろうか。思い返しても、相当な好青年っぷりだったという自覚はある。


「貴方、その依頼よこしなさい」


 俺の疑問に帰ってきたのは、そんな冷たい言葉である。

 まあ男子と一緒に、というのは確かに警戒されても仕方がないかも知れない。


 けれど護衛対象は多分、俺たちと同年代の男子だ。別にここから恋愛に発展するとか、っていう話でもないし、気にされる必要も無い筈だ。


「一緒に受ければ良くないか?」


 俺が純粋にそう聞くと、少女はため息を吐いた。


「察しが悪いわね……。私は! 七等級の使役師なの! つまり貴方と組む必要はない訳。 私を誘うって事は貴方、五等級くらいの使役師でしかも一人って事でしょう? 違う?」


 

 そう言われて俺は納得の感情を抱きつつも、同時に彼女を訝しむ。どう考えても同じ年代の少女だ。そんな彼女がもう七等級の使役師だと言うのだろうか。


 衝撃だ。


「『一人前』と呼ばれるレベルじゃないか……それは凄いな」

「でしょう? ほら、早く譲りなさいな」


 彼女の言い分に納得するが、それでも食い下がる必要が俺にはある。

 俺は真っ向から言い返すことにした。


「なるほど、悪い。理由は納得できた。でもそれなら分かるだろうけど、依頼は早い者勝ちだろ?」


 俺が諭すように彼女に説明すると、彼女は何処吹く風といった様子で答える。


「でも貴方今一人だから依頼を受けられないでしょう? それならこの私に渡しなさいよ。依頼者も私が来た方が喜ぶでしょうに」


 やけに自信満々だ。


「それって君が可愛いから?」

「……そ、そう言う意味じゃないわ。私が天才だからよ。この私に教えられたら、どんな子でも伸びるわ」


 その自信は一体何処から来るのか……。


 いや。心当たりはある。というか、流石に今回は若干察しがつく。


「君って、もしかしてーーアカデミー生?」

「……ええ、そうよ。貴方は見ない顔だし、一般生なのかしら?」

「ああ」


 やはり、と言わんばかりの答えが返ってくる。

 どうして武藤と良い、アカデミー生は自信満々で不謙遜な人が多いのか。


 いや俺が身近で知っているのは武藤と、目の前の少女だけなんだけど。


「そう。もう五等級なのは悪くないわね。そういえば貴方、名前は?」


 彼女の目が少し変わる。こちらを下に見るような、嫌な視線だ。

 口では褒められているが、自分が上だという確信を持った余裕の話し方。


 

 しかし武藤とは違って嫌な気持ちにはならない。


 見た目が可愛い少女だからだろうか。それに武藤と同様で、俺を下に見てはいるが、侮ってはいない。俺を見る目が石ころを見る目ではない。



 決してーー己に酔いしてれてはいない。


「相沢 颯真だ」

「……ふーん。私は小野寺 京香よ」


 自己紹介する意味はあるのか、という話なのだが。


「……まあ、いいよ。この依頼は譲る。俺の場合、相手が見つかるかも分からない訳だし。他の依頼にこれよりも良いのがあるかも知れないから」

「あら、そう? 助かるわ。貴方のこと、覚えておいてあげる。いつかサインでも書いてあげるわ」


 うーん、自信たっぷりで可愛いんだけどね……。


「要らないって言っておくよ。これは君を否定したい訳じゃなくて、むしろ君がサインを強請ってくるような人になりたいって意味でね」

「……?」

「一応、俺も対異空高校に行くつもりだからね」



 少し冗談混じりに本気を混ぜる。

 分かっている。これは大言壮語になるかも知れない。


 でも自分への戒めには丁度いいくらいだ。


「それは、本気で言っているのかしら?」


 言った瞬間、小野寺がグイッと近づく。

 俺を覗き込むような仕草だ。


 日和る事なく俺は目を見て言い返す。


「君の言う本気が同じ基準かは分からないけどーー本気だよ」


 彼女は俺から躊躇いを感じなかったのか、呆れたように身体を離す。


「……あのね、否定はしたく無いけど……貴方と同じような人は何万人もいるわ」


 語り出す彼女の口調は、全体を指している。しかしその目はどこか遠くを見ている。


 誰かを思い出しているのだろうか。


「それこそ人生を掛けてでも対異空校に入りたいって人はいる。生まれた瞬間から、親の期待と気の遠くなるような金額を重しに背負って、ね」


 彼女は目を閉じた。

 やはりその瞼の裏には、誰かが写っているのだろう。


「当然、そんな期待を受けた子は頑張る。朝も昼も夜も、一日たりとて休む事なく頑張るわ。普通の人生の全部を捨てて、時間を注ぎ込む。楽しむ事なんて全くない。でも、実際アカデミー生の中には、莫大なお金と家族の支援の上に立っている子も多いの。いつ崩れてもおかしくないのにね」


 俺は何も言わずに、頷きながら彼女に話をさせる。

 いや、本音を言うと聴き入っていた。その結末が気になって。


「それでようやく本番。それだけ頑張って、ようやく対異空校を受ける。そして、毎年大体アカデミー生の二割は落ちる」


 聞いたことのある話だ。


「そう、なのか……」


 あれほど世間でアカデミー生の子は、エリートであると言われていても、そのおよそ二割は肝心の対異空校に落ちる。


「その二割は殆どが異空探索校に入る為に命と人生を捧げて来た人たちばかり。ーー最後の最後にしか気づけないの。自分には才能がなかったって。その行き着く果ては、当然悲惨ね」



 話し終えた彼女は、悲しそうな目をしていた。

 俺は思わず釣られて、同情の顔を示してしまう。



「私はそうはならないわ。絶対に。私は絶対に、自分には才能が無かっただなんて、そんなチンケな言葉で諦めるなんてーー許せないもの」

「そうか……」


 どう言っていいのか分からない。

 


「別に面白い話でもないんだから、そこまで真剣に聞いてくれなくても良かったのに」

「神(スピネル)の福音も言っていただろう? ”貴方は何故(なにゆえ)生きるのか”ーーって。俺は生に強い意思を持ってる人間が好きなんだ」


 それは以前、俺が答えを出せなかった事だから。


 この福音の意味を理解するーーその難しさを知っているからこそ、俺は同じく乗り越えた人に尊敬の念を抱ける。


「スピネル、第三の福音ね」


 やっぱり知っていたか。


 使役師である以上、呪文を使う事もある以上覚えるだろうが、スピネルの問いかけの意味を考える人は少ない。


 スピネルの、彼女の福音の意味が理解できない人もいるだろう。でも考える頭があるなら、きっとその教えを奥深く感じるようになる。


「それに俺の為に言ってくれたのなら、悪い気はしないよ。俺だって本気だからこそ、君が背負う重圧の重さに耐える覚悟を尊敬するし、追いつきたくなる」


 俺は彼女の言ってくれた言葉に、共感を示せる部分はあれど、その全てに共感する事はできない。その全てに共感を示すだけの人生を積み上げていない。


 けれどだからと言って、彼女の語った言葉を切り捨てるのは、あまりに愚かだと思うから。


「別に、貴方がどうこう思う必要はないわ。全部……私たちとはまだ、関係のない話だもの。そんなの未来が来ない様に、私たちは今、努力を積み重ねればいいの。貴方はーーこれを聞いてもヘッチャラな顔をしてるし。きっと大丈夫よ」


 あっけらかんと彼女はそう言ってくれる。

 存外、彼女はいい人だ。俺はそう思った。


「ありがとう。そういえば小野寺さんって自分を信じているけど、他人へのリスペクトは欠かさないのがいい所だよね。下を貶めるんじゃなくて、むしろ成長を褒めてあげるような人だから」

「……そのくらい余裕があるって事よ」


 彼女は少し顔を赤くしている。


 流石にちょっと小っ恥ずかしかっただろうか。まあしかし、純粋に彼女はこの賞賛を受け止める権利があると思ったので、言った側の俺に後悔はない。


「そっか。良い話が聞けて良かったよ」

「……もう行くわ」



 用が終わったらしく、立ち去ろうとする彼女に声をかける。



「じゃあ、頑張ってね小野寺さん」

「……貴方こそね。えっと、……相沢君」



 おい、今俺の名前忘れかけてただろ。

 サインの話はどうなった。いや、欲しい訳じゃないけど。






 ……その日、俺は依頼を受けなかった。

 思ったより疲れていたのもあるし、何より彼女の前では自信があるように言ったけれど。




 少しだけ。


 そう、ほんの少しだけ。自分が積み重ねて来た人生は、経験は、目には見えずとも今も尚少ない席を競い合っているライバル達に立ち向かえるのか。


 それが自分の想像してたより何倍も。


 ーー気になってしまったからだ。


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