DIE1話 トラック野郎その4
20××年10月17日午後17時12分 日本 東京
とある大学病院の病室で、昔話のいいおじいさんのような顔の老人がベッドで寝ていた。
「井伊田(いいだ)さん、彼女を連れて来たよ」
老人はレイラを見ると、上半身を起こして目を輝かせる。
「お、おおお。音羽さんか。よく来てくれたねぇ!」
「はっ、初めまして」
彼女はぎこちない笑みを浮かべて、あいさつをした。
「あ、あの、何で、私なんかに遺産を譲ってくれるんですか?」
「はて? メールに書いたはずだが……」
「迷惑メール指定しちゃったそうですよ」
「ごっ、ごめんなさい!」
彼女は慌てて頭を下げる。老人は軽く笑いながら喋る。
「ハハハ。気にすることはないよ。血のつながっていない君に遺産を譲るのはねぇ……、イマヤちゃんを覚えているかな?」
「あっ、小学生の頃によく遊んでいました」
イマヤちゃんは病弱な子で、よく仲間外れにされていた。だが、レイラは彼女とよく喋り、遊び、互いの家で寝泊まりするほど仲が良かった。
「そのイマヤは私の孫娘なんだよ」
「そうだったんですね!」
「だが、イマヤは早世し、その母も事故で亡くなってしまった。もう、私と血のつながった子はいない……」
老人は目を閉じて少しうつむく。彼の目から光の粒がこぼれた。
「私の娘に毎日のように暴力をくわえた挙句、不倫して別れたクズの安喰(あくい)には、絶対に金を渡したくなかった。だから、君を相続者にしたんだ」
「そんな……、あたしに……」
「その結果、安喰夫妻は彼女を殺そうとした」
「ああ。あいつらが相談しているのを聞いていなかったら、今頃どうなっていたか……」
井伊田氏は拳を握りしめて、眉間にしわを寄せる。彼は元・義理の息子とその妻の顔と声を思い出すだけで、怒りがたぎって血管がぶち切れそうだった。
「何はともあれ、彼女を殺そうとしたトラック野郎は俺が消した。当分、奴らは襲ってこないだろう」
「本当に君には感謝してるよ。残りの500万円、振り込んでおくよ」
「500万!?」
5000円使っただけでムダづかいと考える彼女にとっては、途方の無い金額だ。
「10億ぐらい資産のある井伊田さんからしたら、はした金だと思うぜ」
「じゅ、10億……」
そんな大金が自分の元に入ってきたら……、もう学校に行かなくても働かなくてもいいのでは? 彼女の頭の中で、いくつもの豪遊シーンが浮かんだ。
でも、昨夜のような、生きるか死ぬかの瀬戸際のスリルが味わえなくなるのが、もったいなく思えた。お金を払っていくつの映画を見ても、VRで見ても、本物のスリルにはかなわない。暗殺者のトラック野郎には不謹慎だが、彼女の目には、銃の男が人を殺すシーンがカッコよく見えたのだ。
(続く)
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