第13話
「そ、それでは気を取り直してぇ……漆代さん殺害の証拠を、一緒に見つけましょうかぁ……?」
まだまださっきの恥ずかしさに苦しんでいる私を置いて、芥子川は元の調査に戻ることにしたようだ。
「こ、こ、こういうのってぇ……なんだか、探偵と助手……ホームズとワトソン……みたいですねぇ……? 探偵モノのパートナーって、BLとか百合の王道で……も、萌えますよねぇ……ぐふっ」
「……」
「あ、ああっ! べ、別に、ボクたちが百合だとか言ってるわけじゃないですよぉぉっ⁉ そ、そんなの、恐れ多いといいますかぁ……。業が深すぎると、言いますかぁ……。ホム×ワトのことは、ただのたとえでしてぇ……で、でへへへぇ……」
「……」
勝手に盛り上がっているのが、相変わらず気持ち悪い。
それでも、いつまでも彼女のペースに巻き込まれているのも悔しいと思って、自分がすべきことに戻った。それは……彼女が現れたときに私が感じた違和感。彼女が女だと分かる前に、考えていたことだ。
「ちょっと、待ちなさいよ」
「え、えぇぇ? な、何でしょうかぁ……?」
「まだ、話は終わってないわよ」
「あ、あぁぁ……。あ、あれですよぉ……? ホームズとワトソンと言いましたけどぉ……も、もちろんホームズ役は、城鳥さんですよぉ? ボ、ボクのほうはワトソン……む、む、むしろ、出来損ないの今泉というかぁ……って、ふ、古すぎましたぁ? も、元ネタ、ご存じない、ですかねぇ……ぎひひ」
訳の分からないことを言って、口の端から泡をこぼしながら笑っている芥子川。彼女が女性であることを、また疑い始めてしまう。
って、そんなことより……。
「だ、だから、おかしいでしょうが⁉ だってあなたは、今の状況を『自然なこと』と考えてるんじゃなかったの? 突然現れた非現実的な存在のドッペルゲンガーは、突然死んで消えてしまう。そう思っているんじゃなかったの⁉ それなのに、なんで『漆代殺害の証拠』なんて言葉が出てくるのよ! 昨日までの自分の考えと、矛盾してるでしょうが!」
その疑問に対して、彼女はなんでもないふうに答えた。
「昨日、漆代さんが言ったその説に賛同したのは、ボクの①……芥子川マナオ①だけですぅ……。ボクは①じゃなくて②なのでぇ」
「だ、だから! ①がそう思っているのだったら、性格が同じドッペルゲンガーのあなただって、同じ考えってことでしょうが!」
「えぇ、もちろんボクたちは、①も②も③も、同じ性格、同じ考え方の、ある意味での同一人物ですぅ……。でも、だからといって常に同じ立場で、行動も同じになるとは限りませぇん……。①が選択肢Aを選んで、②が選択肢Bを選べば、当然ボクたちの行動は違ってくるぅ……。だってボクたちは今、『複数の選択肢を同時に選んでいる状態』なのですからぁ」
意味が分からない。
まるで、なぞなぞだ。
「あなた……何を言ってるの?」
「え、えへへぇ……。で、では、ご説明しますねぇ……」
混乱気味の私に、芥子川は不気味に微笑む。それから彼女は生徒会室にあったホワイトボードに、付属のペンで「絵」のようなものを描き始めた。
「し、城鳥さんはぁ……アドベンチャーゲームなんて、やったことありますかぁ……?」
彼女が描いていたのは、前にも彼女の作品集を見せてもらったときにあったような、瞳と胸がやたらと大きな女の子の絵だった。アニメや漫画でよく見かけるデザインなのかもしれないが……それがあまりにも典型的な「萌え系二次元美少女」という感じで、美大生の自分にとっては逆に目新しい。
「ぐふふ……」
満足のいく萌キャラ絵が描けたことが誇らしいのか、こちらにドヤ顔を向けてくる芥子川。でも私からしたら、そんな絵に何も思うところはない。ただ単にムカつくだけだ。その絵の萌キャラが、今の私と同じロングヘアーでワンピース姿なのも、さらにムカつきを助長していた。
芥子川はその絵の下に、こんな文字を付け加えた。
「もう! 私とあの子、どっちが好きなの⁉」
A もちろん、お前に決まっている
B 実は、あの子のことが……
C どっちも大好き!
「で?」
「……でゅふっ!」
その厳しい視線を、また「ご褒美」笑顔で受け取ってから、彼女は説明を続けた。
「ア、アドベンチャーゲームっていうのはぁ……。基本的にこんな感じで、攻略対象の女の子の質問に対して選択肢が表示されてぇ……。プレイヤーが、それを選んでいくようなタイプのゲームですぅ……」
「それくらい知ってるわよ。っていうか……『そういうの』は、アドベンチャーゲームの中でも一部の特殊な部類でしょ?」
「えぇ、そうなのですかぁ……?」
心外だ、とでも言いたそうに頰を膨らませる芥子川。
「こういったゲームではぁ……選べる選択肢は、普通は一つだけですぅ……。だからプレイヤーは、表示される選択肢の中から一番良さそうなものを『一つだけ』選ぶ必要がありますぅ……。こ、これは、普段のボクたちの人生でも、同じですぅ……」
萌え絵の下の三つの選択肢の中で、芥子川はCの文章に丸をつけた。それから、その選択肢を選んだことに対するリアクションということなのか、萌え絵の二次元少女の顔を「軽蔑の表情」へと描き変えた。
「だ、だから、それが一体、今の状況と何が――!」
「……しかし、」
しびれを切らして口を挟もうとした私を遮って、彼女は続ける。
「今……自分と考え方が全く同じドッペルゲンガーが二人いる状況……すなわち、自分自身が三人いる状況ならぁ……ボクたちは、『三つの選択肢を同時に選択する』ことも可能なんですよぉ!」
「はあ?」
「だ、だって昨日の、漆代ルアムさん③の死亡と消失……それに対して、ボクたちは現時点で、はっきりしたことは何も分かっていないのですよぉ……? 『彼がドッペルゲンガーだから、そのせいで消えたのか』……『どこかにいる犯人が彼を殺して、証拠隠滅したのか』……あるいは、それ以外の『何か別の理由があったのか』……。それを判断する、決定的な証拠はないのですよぉ……? つ、つまり、現在のボクらの前には、それらの選択肢が等しく正しそうな状態で、提示されているということなのですよぉー?」
さっきのABC三つの選択肢の文章を消して、新しく「A 超常現象」、「B 殺人事件」、「C その他」という文字を書く芥子川。
「ボクが一人しかいないならぁ……ボクは自分の意見として、この三つの選択肢のどれかを選ばなくてはいけませぇん……。どれかを選び、それ以外の可能性を切り捨てなくてはいけませぇん……。で、でもぉ……」
さっきとは違い、今度はABC全てに丸を描く。しかも今度はそれらの丸の隣に、上から順番に①②③という数字もつけていた。
「ボクが三人いる今の状態は、三人それぞれが異なる選択肢を選ぶことによって、『三つの選択肢を同時に選ぶ』ことも出来るんですぅ……!」
「……なるほど、ね」
そこで私にも、彼女が言っていることが理解できたような気がした。
「要するに、三人の自分で手分けをして、三つの異なる選択肢のそれぞれに専念する。昨日の事件のことを、①は『超常現象の一部』として、それに沿った発言をした。漆代を殺した犯人なんて存在しなくて、彼はドッペルゲンガーだから死んだ。自分たちはそれについて深く考える必要なんてない、という選択肢を選んだ。
一方の②のあなたは、あれは『殺人事件』だったと仮定して、そのための調査や対策を立てる。どこかに彼を殺した犯人がいるはずだと決めつけて、それを捜査する。
それぞれが別々の考えの担当となって、その考えに専念することで、どの選択肢が正解だったとしても、そのメリットを享受することが出来る……。三択問題の選択肢を一人ずつが選ぶことで、必ず誰かが正解出来る。それを、『異なる選択肢を同時に選べる』って言ってるわけね」
「は、はいぃ……」
分かってみれば、なんのことはない。結局は、今私たちがやっているのと、同じようなことだ。
今の城鳥ハイメは、②の自分を殺人事件の捜査担当として割り振って、他の二人とは別々の行動をしている。①と③が『課題制作』をしている間、②の私が『密室と死体消失の調査』をしている。それを、二つの選択肢を同時に選んでいる、と表現するようなものだ。
「ボ、ボ、ボクたちは……見た目だけじゃなく中身も……考え方も、性格も、好きなアニメや漫画さえも全く同じの、同一人物……。そんな、ドッペルゲンガーだから……他の自分を完全に信用して、担当を任せることが出来るのですぅ……。考えが同じだという前提があればこそ、選択肢Aを自分自身が選ぶことも、自分の分身の①に担当してもらうことも、結果は変わらないと知っている……。だから、こんなことが出来るのですぅ……」
それが、その説明の結論のようだった。
正直、「ドッペルゲンガーは自分の分身だから完全に信用できる」という部分は、自分嫌いな私としては、全然賛同する気にはなれなかったけど……まあ、反対するほどでもない。
「……ふん」
目の前にいる芥子川②が、昨日の芥子川の意見と全く違う行動をとっていることにも、私は一応の納得をすることが出来た。
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