第9話

 次にベランダ側の壁まで歩いて、窓の調査に移る。

 この学校の全ての教室には、備品として、私の部屋と同じ丈夫な素材の遮光カーテンがかけられているらしい。この生徒会室もそれは変わらない。カーテンを開けると、殺人級の真夏の日差しと、窓を締め切っていても薄っすらと伝わってくる熱気が、体を包み込んだ。一瞬目を細めてから、それぞれの窓を確認していく。

 どの窓も、特にこれといって特徴のない、どこにでも普通にあるような「学校の教室のガラス窓」といった感じ。よく見る形状の鍵――いわゆるクレセント錠――が、ロック状態でかかっている。昨日漆代が言っていた話だと、この部屋の入口を破壊して突入したときも、全ての窓にロックがかかった状態だったらしい。全体的に錆びついていて、あまり動かしたような形跡がない。昨日漆代③の死体が倒れかかっていた、ベランダへと通じる引き戸も同様だ。

 念の為、よくアニメや漫画のミステリーにあるような、テグスやテープを使ったトリックで開閉したような跡がないか探してみる。でも、特にそれっぽいものは見つからなかった。


 この部屋の鍵が、昨日の夜部屋に入ったときに漆代③の死体のそばに落ちていたことは、自分の①を始めとした多くの人間が確認している。漆代と芥子川で、その鍵が引き戸のロックを開閉できることも確かめたらしい。だから――これもミステリーで見たことのある――「密室が破られたあとで犯人が部屋に鍵を置いて、最初から部屋の中に鍵があったかのように偽装するトリック」も使えなかったということだ。

 この生徒会室に限らず、部屋の鍵は、ドッペルゲンガーと一緒に増えたりしなかった。つまり、扉と窓が完全に閉め切られた状態で、唯一の部屋の鍵がその中にあった、ということ……。


「やっぱり、この部屋は密室だった……?」

 これでは結局、昨日の密室の確かさを証明してしまっただけ。

 自分が今やっているこの探偵役は、他の二人の自分から押し付けられたことだ。でもだからといって、何も収穫がないのはまずい。もしも、何の情報も得られずに帰ることになってしまったら……性格の悪い自分二人から、何を言われるか分かったものじゃない。

 いや。自分のことなので、何を言われるかはだいたい想像がつく。

 あいつらのことだ。「こんな簡単なことも出来ないの?」とか「あなたに任せるんじゃなかったわ」とか、イヤミったらしく煽ってくるに決まっている。

「はあ……」

 憂鬱で、何百回目か分からないような、いつもの通りのため息を吐いてから。

 改めて、気を取り直す。そして、一応ベランダにも出てみようか、と近くの窓の一つに手をかけて、そのロックを解除しようとしたとき……「それ」に気づいた。


 ガラス窓に反射する、一つの人影。今は室内より外のほうが明るいので、その反射はあまり強くない。でも、その人影が見間違いでないことは分かる。確実に、部屋の入口のところに……自分以外の誰かがいる⁉

「っ!」

 私が素早く振り返るのと、「その人物」が不気味な笑顔を浮かべるのは、ほとんど同時だった。

「こ、こんなところで会うなんて、奇遇ですねぇ……ぐ、ぐふっ、ぐふふふ……」

「あ、あなた……こんなところで、何してるのよっ!」

 警戒した私が、叫ぶように言う。

「あ、あなたは今、みんなと課題を作ってるはずでしょうっ⁉」

 その言葉は、私自身にも返ってくるブーメランだ。表向きには、今三人の城鳥ハイメは、自室にこもってグループ課題のゲームプログラミングをしているはずなのだから。でも、そんな「自分のことを棚に上げたセリフ」を特に気にする様子もなく、そこにいた人物……芥子川マナオは応えた。



「ぐ、ぐふっ……ボ、ボクが今、ここにいるのは、た、多分、城鳥さんと同じ理由、だと思いますぅ……」

「私と?」

「そ、そうですぅ……。ボ、ボクは実は今、昨日の『漆代さん③の殺人事件』について……調査しにきたのですぅ……。どうにかして、あのときの密室の謎を解くことができたらぁ……とぉ」

「……?」

 頭が一瞬混乱する。

 こいつは……芥子川マナオは昨日、「漆代③はドッペルゲンガーだから、突然現れたときのように突然死んで、消えた」という漆代②説に同意していた。漆代は誰かに殺されたわけではない……だから、密室も死体消失も当然のこと……そういう意見だったはずだ。

 それなのに、今日になって「漆代③の殺人事件」とか、「密室の謎を解く」なんて……支離滅裂だ。適当に言ってるに決まっている。きっと、そんなことを言って油断させて、何か致命的な証拠を見つけられる前に、私を始末しようと……。


「だ、だ、だってぇ……。もしもボクが密室の謎を暴いちゃったりしたらぁ……。この事件の犯人さんは、すごく怒りますよねぇぇ……? ボクのことを、すごく怒って、責めて、軽蔑してくれちゃったりしてぇぇ……えへ、えへへへぇ……」

 一人で興奮して、口からヨダレをこぼしている芥子川。気持ち悪い。


 昨日の夜の証言では、こいつは「八時から九時まで、三人ともずっとトイレから出られなかった」と言った。ただ、そのアリバイは漆代の証言で、即座に否定されている。じゃあ、本当はどこにいたのか? もしかしたら、その時間に漆代③を殺すことだって出来たんじゃないのか?

 ……はっ⁉

「き、きっと、城鳥さんも、同じですよねぇ……? まだ事件からそれほど時間が経っていない今なら、あの密室を解くヒントになるものが残っているかもしれない……。そう思って、ここにそれを探しにきたんですよねぇ……? せ、せっかくだから、一緒に調べますかぁ……? 手分けして、協力すれば、きっと一人でやるよりも、いい結果になると思うのですぅ……」

「ああ、そうか……」

 突然の芥子川の出現による、驚き。芥子川自身のキャラの怪しさから本能が感じとっている、危険性。それに、実際の死体発見現場であるこの生徒会室にやってきたことによって、頭脳が活性化されたのかもしれない。

「そういうこと、だったのね……」

 そのとき私の脳裏に、ある「仮説」が浮かんできた。


「ボ、ボクは助手をつとめますのでぇ……城鳥さんは、ボクを何なりと、こき使って頂いてぇ……」

「いいえ、それよりも。あなたが自分の罪を認めてくれたほうが、早いと思うんだけど?」

 気持ちの悪い表情で笑う芥子川の言葉を、鋭い眼光で睨んでいる私が遮る。

「えぇ?」

「私、分かったのよ。昨日の密室を説明できる仮説……あなたが漆代を殺した方法がね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る