First Contact  Second Impact

TSUKASA・T

Second Impact 1


「二千万円」

「…え、――――何がですか?」

滝岡が向かいで朝ご飯を食べながらいうのに、神尾が驚いて聞き返す。

滝岡総合病院に勤務して五日目の夜には再び当直室に泊り込んでいた。その後、こうして食堂で朝ご飯を食べているのだが。

滝岡が、楽しげに神尾をみながらいう。

「忘れてるだろうが、おまえ。この間、此処で提案してきたろう?」

「…ああ、全数調査に関する、…?いいんですか?」

驚いて見返している神尾に、滝岡が頷いて、焼き魚を箸に取る。

「二千万円というのは、つまり」

あのときは、まさか、朝御飯の値段?と思ったんですけど、と続けている神尾に笑んで。

 神尾が四日目の朝に、滝岡に提案した、感染研と共同で滝岡総合病院で神尾が行いたいと提案してきた研究に対して。

「予算だ。一年という話だが、実際には最低でも五年は継続して行いたい。十年続けられるかは、また先の事だが」

「…滝岡さん」

麦御飯を、実に美味そうに食べて。

「感染研の方で研究員を幾人かは出してくれるかと思っているが、実際に検査には、大学の学生さん等に研修やアルバイトとしてきてもらう必要があるな。常勤にしてもらう訳にはいかないから、―――。大学や何かの方で、人を出してくれる処に心当たりはあるか?」

訊ねる滝岡に、神尾が頷く。

「ええ、僕の方にも幾つか心当たりはあります。――――…大学等から研究に学生さんを出してもらうのはいいですね」

「研修にもなるしな。こちらでも、頼める所は幾つかあるが。そちらの方では、纏める方に、他の研究と並行することにはなるだろうが、共同で誰か研究員を置くことを考えているんだろう?」

「はい、…――。感染研の方では二、三人共同研究を纏めて頂く為に、協力していただけたら、と思っています。提案を行うのはこれからですが、――――」

考えながらいう神尾に、滝岡が携帯用のカルテとは別の薄い小型モニタを出してきていう。

「一応、必要経費等を纏めてみた。こちらで出せる機材と、他に新たにレンタルしなくてはいけない物等だ。検査しても、検出が通常では難しい場合があることを考えると、遺伝子検査を外注に回すよりは、レンタルして、機材を扱える人材を学習機関と連携できれば、研修を兼ねて人件費をかけないようにできないかと考えてる」

「その通りですね。…研究に学習を兼ねられるなら、それは確かに良いと思います。経費はどうしても掛りますから、―――」

いいながら滝岡が纏めてきたデータをみて、感心する。

「これは、…―――研究の際に使う機材や、人件費に、予想される検体の採取に掛る費用と、その鑑定に必要な諸経費ですか。…よくできてますね」

驚いてみながら神尾がいうのに、滝岡が笑む。

「よければ使ってくれ」

「――――はい、ありがとうございます。これで提案が捗ります。このまま使えるくらいです。…――いつ、作られたんです?」

「当直の合間にな。西野にも少し訊いたが」

「…――すみません、ありがとうございます。助かります」

あっさりいう滝岡に驚いてみてから、神尾が礼をして微笑むのに。

 ごちそうさま、と手をあわせて、軽く滝岡が伸びをして。

「ああ、役に立つなら良かった。検査棟には一室空きがあるから、そこを使えばいい」

「ありがとうございます」

「それから、予算だが」

「はい?」

トレイを持って席を立つ神尾に、滝岡も立ち上がりながらいう。

「そちらからも出来るだけ取ってくれ。だから、それを出した」

笑んでいう滝岡に、神尾が笑う。

「はい、わかりました。できるだけしっかり提案させていただきます。」

「―――――実際、この国で風邪として診療されて放置されている疾患については、以前から気持ち悪いと思ってたからな」

「気持ち悪い、ですか?」

「そうだ、…。風邪には結局、定義がないに等しい状態で、現場では対応が進んでいるだろう?つまり、風邪とはなんだ?ガイドライン通りに対応してる処があるか?」

滝岡の問い掛けに神尾が首を傾げる。

「確かに、定義としてはありますが、…――。実際にはそうですね。どんなウイルスや細菌が引き起こしているのか。インフルエンザのような例外を除けば、原因であるウイルス等を直接叩く治療が行われている訳ではありませんね」

真面目に考える神尾に、滝岡が考えながらいう。

「そう、だから、…――実際、殆どの場合は原因がわからなくても大丈夫だが、それ以外の重症化しそうな例に関して、もしかしたら、先に解るようにできるかもしれない」

滝岡の言葉に、原因となる細菌やウイルスがわかれば、確かに、と考えてから。

「難しいですが、基礎データが揃っていけば、…。大変な年月が必要になるかと思いますが、…―――それで、先に最低でも五年と?」

「…もしかして、将来の抗ウイルス薬や何かの研究開発に使えるデータがとれるかもしれないだろう?確かに、大変な時間に労力が掛かるだろうが。基礎データを取るっていうのはそんなものだろう」

軽く笑んでみせていう滝岡に、神尾が頭を下げる。

「その通りです。…御協力、感謝します」

それに、滝岡が微苦笑を返して。

「まだ始まってない。うちで貸し出せる機材等は協力するが、感染研の方でもできるだけのことはお願いしたい」

「はい、…―――予算取りには、先に頂いたデータが役に立ちそうです」

「だといいが」

滝岡が笑み、神尾がそれに微笑んで頷いて。

 トレイを置いて、神尾がふと、動きを止める。

「どうした?」

「…―――――ええ、その、ウイルスの同定に関してですが、…。昨日緊急手術をした小児の患者さんですが」

「ああ、…どうした?」

問い掛ける滝岡に、神尾が。

「菌は同定できて、抗生剤も効いてきているんですが、…―――。」

「どうした?何か気になることがあるのか?」

滝岡の問いに、歩き出しながら無意識に頷く。

「染色で検出できましたので、詳しい遺伝子検査までは、まだ行っていないんですが、…―――」

「遺伝子検査室はそれほど使っていないからな。…――検査に空きはあるはずだ。神尾、気になるなら調べてみるか?」

「…構いませんか?」

「検査機器、使えるな?」

「はい。…――ありがとうございます」

「…おい?」

いうと、食堂から出るなり、早足でどうやら検体を検査する為に、遺伝子検査室等のある検査棟へと向かう神尾の背を見送って。

 滝岡がくちにしかけて。

 ――おまえの所属先を決める為に、一応何というか、聞き取りがしたかったんだがな。…

まあいいか、と既にかなり遠い白衣を見送って。

「…―――西野、ああ?わかった、すぐいく」

PHSに入る呼び出しに、滝岡が不思議そうに返答して。

 滝岡もまた、医局へ戻る為に歩を進めて。






「西野?」

 そして、滝岡が医局で西野から聞いたのは。

「…――――何だって?」

「はい、…神尾先生にもお会いしたいと、…―――」

難しい顔で滝岡が無言で西野を見返す。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る