第3話 寒冷期

「う〜、寒い〜」


重たくのしかかる布団の中で目覚めた盛興は、思わず声を漏らした。白い息が舞い上がり、その冷たさが肌に染み渡る。

時が経つにつれ、布団から出ることへの逡巡がさらに深まっていく。気がつけば、なんと30分もこの温もりに留まっていた。


戦国時代は太陽活動の低下によって小氷河期と呼ばれる寒冷期の真っ只中にある。


このままではいけないと、ズシリとした綿布団を身にまとい、1階の食卓部屋へと降りて行く。


食卓に入ると、身の回りの世話をしてくれる善蔵とおとせ夫妻が待っていた。二人は70歳近い老夫婦だ。

俺のために整えられた膳には、漬物などの冷たい料理が既に用意されている。


「おはようございます」

おとせは微笑みを浮かべ、すぐに部屋を後にした。

そしてすぐに、温かいご飯と味噌汁、香ばしい香りがするお茶を運んでやってくる。


この城の中はどこも寒々しい。

壁には至る所に隙間があり、冷たい風が入り込むのだ。さらに令和の時代のような防寒具などは存在すらしないのだから、俺には耐えられそうにない。


そして、この城での食事は俺一人だけ。孤独感で寒さがさらに心に刺さるのだ。


食後、手招きでおとせを呼び寄せる。

「おとせ、誰かに街を案内してもらいたいのだが……」

そう言うと、彼女は俺付きの小姓を呼んでくれると約束してくれた。


俺が住む向羽黒山城は3階建てで、その天守は俺だけの部屋となっている。かなりの広さで、着物や甲冑が整然と並べられており、寝室や書斎もあるがそれ以上に広々として十分な広さがある。

2階には四つの居間があり、襖を取り払えば、家臣たちが百人以上集える広間に変わる。

ここで毎月幹部たちによる評定会議が行われるのだ。

1階は家臣たちの作業場、厨房に食卓、浴室が並んでいる。悪臭を放つトイレは、渡り廊下を通った城の外に設けられている。


食事が終わり、天守で一息ついていると小姓たちが現れ整列した。

リーダーらしき少年が「お呼びでしょうか?」と尋ねる。


小姓たちは5人おり、皆10歳から12歳と俺より年下で揃えられていた。

彼らに会津の工場などの施設について聞くと、この村には庄屋と刀鍛冶工場、大工工房があると教えてくれた。


「刀鍛冶と大工たちの元へ案内して欲しい」

と頼むと、二人の少年が元気に名乗り出てくれ、武郎と隼人だと挨拶をしてくれた。


既に面識があるはずの俺に挨拶をしてくれたということは、記憶喪失になったことを知っているということだ。


二人の小姓は俺を厩舎へと導き、一際大きな馬に乗るよう促す。この馬が藩主である俺の馬なのだと言う。


「俺は馬に乗れるのか?」

と不安を隠さずに尋ねると、意外にもこの時代の盛興は乗馬に秀でているらしい。


馬の乗り方を教えてもらうとなぜか難なく馬を乗りこなすことができた。


「盛興のスキルを受け継いでいるのか……」と、思わず独り言を漏らす。


盛興は、武郎と隼人の案内で町外れにある刀鍛冶の工場へと向かった。会津国にはここにしか刀鍛冶職人はいないらしい。


隼人は俺の顔色を伺いながら「うちの爺ちゃん、最近ボケがひどくなってきたんだ」と切り出した。


そして心配になった隼人は爺ちゃんを連れて、医者の睦吾郎に相談することにした。


「最近、物忘れが激しくて…」

とトーンを落としながら爺ちゃんが睦吾郎に体の調子を説明したんだ。


すると睦吾郎は「いつからその症状が?」

と尋ねた。


すると爺ちゃんはうーん、うーんと考えだし

「先生、何がいつからなんだい?」

と真顔で返したんだよー。


場は一瞬静まり、次の瞬間、武郎が声をあげて笑いながらツッコミを入れる。

「そんなに早く忘れるはずないだろう!また隼人の作り話ってやつだよ!」


隼人は思わず笑いながら、「そうなんだよ、先生もそんなに早く忘れるわけないと思ったのか、冗談でも言っているのかな?と言ったんだよ」


すると爺ちゃん、急に目を丸くして、火鉢の上のヤカンに向かって

「先生、冗談なんか言ってないよー」とヤカンに向かって話しかけんだよ。


「あはははは!」と場が沸き、笑い声が渦巻く中、俺たちはあっという間に目的地に到着していた。


国主・盛興の訪問を受け、刀鍛冶の棟梁・藤五郎は緊張のあまり引きつった笑顔で出迎えてくれた。


「藤五郎、農具を作ってほしい。鍬や鋤をお願いする」

と告げると、彼は眉をひそめて返した。


「私たちの腕は刀剣のために鍛えているのです。農具は私の領分ではありません」


すると、いつもは明るい武郎が険しい表情で言う。

「藤五郎、これはお殿様の命令だぞ!」

と言いながら、縄で縛る仕草を見せる。


令和育ちの俺は、命令で人を動かすことには抵抗があった。目を吊り上げた武郎を制し、藤五郎に向き直る。


「藤五郎、想像してほしい。お前たちの手で生み出される鋼の鍬が、今までの何倍もの豊かな作物をもたらす。その結果、会津国は繁栄し、民から空腹は消え失せ皆が幸せになる。刀剣だけでなく、この国の未来を担う農具だからこそお前たちに作ってほしいのだ」


俺の真剣な眼差しと言葉は、藤五郎の心に響いたようだ。


「わかりました。お殿様の意に従い、農具を作らせて頂きます」


その返事を聞き、盛興は満足げに微笑み「期待しているぞ」と声をかけた。

俺は令和のサラリーマン時代に「期待の法則」と言うのを教わった。尊敬する上司はいつも俺に「期待している」と言ってくれ、それで俺のモチベーションは爆上がりしたものだ。


藤五郎は、鍬と鋤、さらに鶴橋を明日までに作ることを約束してくれた。俺は鋼板のサイズや鋼板とシャフトの固定方法についてアドバイスをして鍛治師の工場を後にする。


次に向かったのは、大工の権兵衛のところだ。大工たちは鍛冶工場からそれほど遠くない場所に集まって作業をしていた。

彼らは協力し合って仕事をする事が多く、近場に移動したと言う。


今日の一番の目的は、実はこたつだ。

この時代は俺には寒過ぎる。このままでは布団から出られなくなってしまう。


権兵衛に依頼するこたつには、こたつ自体に熱源はない。掘りごたつの中に火鉢を置くだけなので、簡単に作れるはずだ。


俺は8人が座れる大きさのこたつを依頼した。

さらに、食事を取るテーブルと椅子もお願いする。

テーブルには横に3人、縦に1人が座れるサイズを希望する。今は俺一人なのだが、将来の家族のために大きめのものを依頼する。


「明日には完成します」と権兵衛は約束してくれた。


目的を達成した俺たちは、隼人の冗談で爆笑しながら城に戻った。

門番に筆頭家老の胤綱を呼んでもらい、鍛治師たちへの支払いについて相談をする。


「鍛治師と大工に仕事を依頼したんだが、給金を渡すためにはどうすればよいだろうか?」

と尋ねると、彼は一瞬怪訝な表情を浮かべた後、経緯を説明するように促してきた。


「いくら国主の盛興様であっても、公金を勝手に使うことはできません。毎月行う評定会議での了承が必要です」

と、彼は冷静に教えてくれた。


今回は特別に用意してくれる事になったが、次回はそうはいかないと釘を刺される。

それでも、どうしても必要な場合は自分の私財を使うようにとのアドバイスをしてくれたのだが、国のために良かれと思い行っている俺はどこか腑に落ちない。


最後にお金の管理は善蔵が担当していることを教えてくれたので、善蔵に財産を保管している蔵に案内をしてもらう。


そこには無数の千両箱が積まれていた。

はっはっはっは、流石は国主だと心の中で高笑いを浮かべた。


楽しい気分で床についたのだが、中々寝付けない。ずっと引っかかっていたことがあるからだ。







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