宇宙怪獣ミクリア
彼岸花
事故
国際宇宙ステーション・ヘルメス。
昨年――――西暦二〇三九年に打ち上げられたこの施設は、復数の国により管理・運営されている。
飛行高度は地上から四百キロの位置。此処から月や他星系の観測を行う。宇宙空間には大気がないため、光の屈折や遮断もない。このためより精度の高い、優れたデータが得られる……天文学の発展には欠かせない、重要な研究所と言えるだろう。
ヘルメスの全長は百二十二メートル、全幅は七十五メートル。一人暮らしをするには広いが、定員である数名の人間の生活空間として見ればやや狭い。それぐらいの大きさだ。此処に、常に七名の研究者が滞在している。
研究者といっても、ヘルメスは宇宙に浮かぶ施設。当然此処までやってきた彼等は宇宙飛行士でもあり、いずれも世界最高峰の能力を持つ人材だ。あらゆる分野の知識を有し、多くの新発見をしてきた先人でもある。
そして今も多くの発見をするため、日々研究に勤しんでいた。
「なんだ、これは」
そんな彼等の一人が、ぽつりと独りごちた。
「どうした? 何があった?」
声を聞いた仲間が、宇宙ステーションの壁を蹴りながらやってくる。ほぼ無重力状態であるこの環境下では、泳ぐように施設内を進む事が可能だ。
近くまでやってきた仲間に問われたが、独りごちた一人はしばし何も言わない。ただただ、覗き込んでいる機材の前で固まっている。
その一人は、宇宙空間を観測していた。
より具体的には、火星の観測である。火星は地球のすぐ隣にある惑星で、水や金属なども豊富だ。将来的にはテラフォーミング……環境改善により、人類が移住出来る星なのではとも期待されている。また惑星の構造が地球と似ている事から、気候変動の予測をするための『サンプル』としても使われている。現在の火星環境の観測及び研究は、将来の人類にとって重要なものだ。
だから何かしらの新発見があれば、驚きで固まってしまうのは、まだ理解が及ぶ。
しかし覗き込んでいた顔が、突然青ざめるのは――――明らかに、何かがおかしい。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?」
「お、おい、どうした?」
「これは一大事だ! すぐに本部に連絡を!」
心配してくる同僚を無視して、その宇宙飛行士は大声で喚く。
これだけ叫べば他の仲間達も気付く。どうしたのかと耳を傾け、人類最高峰の知能で何が起きたか知ろうとした。
残念ながら、彼等がそれを知る事はなかった。
突如、宇宙ステーション全体を大きな揺れが襲ったのだから。
「わああっ!?」
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
「き。きき、き、来た! もう来たのか!? 来たんだ! もう駄目だぁ!」
火星を見ていた宇宙飛行士は錯乱状態で叫ぶ。最早人員として使い物にならない……そして彼の見ていたものが、此処国際宇宙ステーションに到達したのだろうと、誰もが予想した。
一体何を見たのか。それを聞き出そうとする宇宙飛行士達であったが、間に合わない。
誰かが声を発する前に、宇宙ステーションの外壁がメキメキと音を立てて潰れ始めた。あちこちのパイプが破損し、爆発が連鎖して起きる。
外壁の亀裂から空気が漏れ出したのか、強烈な風により数名の宇宙飛行士達が壁に吸い寄せられた。悲鳴を上げる彼等は、しかしそれ以上の事は出来ない。壁に打ち付けられ、藻掻くのが精いっぱい。
「な、何が、起きて」
幸運にも難を逃れた者ですら、唖然として身動きが取れない有り様。
無論彼等は地球人類最高峰の頭脳と肉体の持ち主であり、判断力にも優れている。困惑していた時間は、ほんの数秒程度でしかない。
だがその数秒で、ステーション内で起きた爆発は連鎖。たちまち船内を駆け巡る。全長百メートルちょっとしかないこの宇宙基地全てを埋め尽くすのに、十秒も必要ない。
国際宇宙ステーションの爆散。
七名の職員の生命もまた、宇宙ステーションと同じく宇宙に散った。大きな苦痛もなく、恐怖も数秒で終わったのは、宇宙飛行士達にとってはある種の『幸運』だったかも知れない。
しかし地球で暮らす人類にとっては不運に違いない。
宇宙ステーションを破壊した存在について、すぐに知る事が出来なかったのだから……
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