妖怪小豆洗い娘、異世界でも小豆洗う

塩狸

第1話


「あーずき洗おか、人とって食おうか」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき

「あーずき洗おか、人とって食おうか」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき


川で小豆をしゃきしゃき洗っていたら。

気づいたら水の透明度が上がり、鼻を掠める空気が代わり、草履越しに感じる土草の感覚も、変わっている。

「……の?」

どこか、別の世界の川岸にいた。

周りにみえるのはそう川幅は広くなく浅瀬の、向こう岸は黄緑のもこもことした緑が山に沿って覆っている。

見回して見える場所に人造物などはなにもなく、人もいない、気配もない。

時間は、元いた世界と同じ、午後は昼を回ったばかりのせいか。

谷底に近いけれど、山がそう高くもないせいか、陽もまだ射してくる。

耳を澄ませると、聞き覚えのない鳥や虫の鳴き声がいくつも聞こえるけれど、人の気配は全くない。

それは、ひとまず安堵できる理由の1つになる。

空気は綺麗で、川の水も申し分ないほどに澄み、

(これは、大昔の水の清らかさの……)

身に付けている、昔に神社から拝借した幼子用の巫女装束も、身体に斜め掛けしていた古い鞄もそのまま。

振り返ると、脇に置いていた炊飯器もちゃんと鎮座しており安心する。

この炊飯器は、人間の感覚で言うならば20年程前だろうか。

元のいた世界のごみ捨て場にあった炊飯器。

なぜかコンセントがなくても使える不思議な炊飯器。

この小さな身体の基本姿勢は、片手には小豆のわき出るザル、片手に炊飯器。

小さな斜め掛けの鞄が普段のスタイル。

綺麗な川の水を求めて長旅をする時は、ザルは紐を通し背中に背負う。

鞄には、小さな絵本が1冊、風呂敷の大きさが違うものが数枚と、赤飯を握ったおにぎりを包む葉など、他にも細々諸々。

炊飯器を持つまでは、特に身体が食事も必要もしないため、なにを食べることもなかったのだけれど。

この不思議な炊飯器は、炊き立てご飯を望み炊飯のスイッチを押せば米が炊けるし、お赤飯がいいなら浸水状態って思って蓋を開ければ、浸水状態のお米が浸ってる。

普通の米より、やはりお赤飯が美味しいため、いつも浸水状態で小豆乗せて炊いてる。

大抵は、赤飯おにぎりにして食べる。

人間よりおこわの方が俄然美味しい。

そもそも、

「人とって食おうか」

あれは人避けのため。

自分は人ではないし、そもそも人が好きではない。

そう。

ここは全くその「人」の気配がないからとてもいい。

目を閉じてしばらく気配を遠くまで探っていたけれど、あるのは大小の獣の気配だけ。

(のの……)

まぁ、だいぶ辺鄙な場所に来てしまったらしい。

来たと言うか、飛ばされたと言うべきか。

何がきっかけか、何があったのか、何が起きたのか。

何もかも分からず。

「……ふぬ」

(まぁ、良いの)


別の世界に来てはいるけれど、やることは、向こうにいた時とそう変わらない。

晴れてる日は小豆を洗って、雨の日はすぐ近くの背丈程高さのある山岩の、奥行きはそうない洞窟で過ごした。

獣も大小と多々いるけど、大概は獣の方から逃げていくし、こちらを獲物と見る大きな獣は、小豆を投げて追い払った。

だてに毎日小豆をしゃきしゃき研いでるわけではない。

大型の獣を蜂の巣にできる程度の力は付いている。

日々、永遠とも言える時間、小豆をせっせと研ぎ続けていた産物の1つ。

朝、目が覚めても元いた場所に帰っていることもなく、元の世界にも特に何の名残もないため、赤飯握りを食べては、小豆を研いだり、たまに洗濯をしたり、向こうでもしていたように、たまには木の実をもいで食べてみたり。

元の世界にいた時でも、飛ばされる前の十数年はもうずっと同じ山の中にいて、それでもごく希に街へ向かい、ゴミとして出されていた本を拾っていた。

幼子の身体、力はあるとはいえ、一度に持てる量の本は限られている。

絵の多い漫画より1冊の情報量が多い小説を好んでいたけれど、この世界でも本は存在するのだろうか。

自分が存在しているこの土地は、冬がだいぶ穏やかで雪はあまり降らず、四季もぼんやりしているし雨は降るけど梅雨は少ない。

ごくたまに、空の高く高くを、龍でなく長細い、とにかく長い飛行機雲みたいな長い蛇と、くじららしきものが一緒に空をふわふわ飛んでる姿を見掛けた。

主食は雲なのか、こちらにはちらとも目も向けない。


1年も経った頃。

我は大きな動物を小豆で蹴散らし、ここら辺の主になっていた。

小さな縄張りだけれど小豆が研げればそれで十分。

空には、時たまでもなく、明らかに目的を持った鳥が飛んでいる姿を捉え、よくよく観察していると、鳥は優秀な通信手段らしく、足首に金属の筒と、その筒を留める器具の様なものを填めている。

大雑把な枠で、雀ほどの極小、鳩程度の小、烏程度の中、大と揃っており、青い極小の鳥は滅多に見ることはなく、元の世界で言うときっと、徒歩や自転車の配達と行った距離なのだろう。

極小ではない黄色い小さな鳥はたまに見かけた。

中規模の鳥に付いて飛んでいることもあり、研修中か、鳥種によってもまた違うのだろう。

綺麗な黄緑や鮮やかな緑色をした中程度の鳥と焦げ茶色した大きな鳥はよく見るし、青熊がいなくなってからは時折、金具を着けた鳥達が水を飲みに降りてくる事もあった。

のんびりと、向こうにいた時と何も変わらずに、こちらでの日々を過ごしていたけれど。

「のの……」

草履の鼻緒がそろそろ限界になってきた。

身体は老いもせず変わらず、身に着けている衣服も不思議と同様に綻びることがない。

特に赤飯を食すようになってから尚更。

なのに、

(なぜ鼻緒だけはへたるのかの……)

元の世界では、炊飯器が手に入ってからは、赤飯をおにぎりにしたものを、適当な、特に裕福そうな民家の庭先に置いて代わりにサイズの合う衣服を裕福そうな家を選び干された洗濯物からせしめていた。

おにぎりは不気味がられるより、不思議とどこでもありがたがられていた。

おにぎり置かれた家は少しの間、幸運が続くんだとか。

こっちはただサイズの合う服を見掛けたおりに、その度に拝借する、せめてもの物々交換のつもりだったのだけれども。

それがこちらの世界でも通用するかは甚だ疑問である。

今の季節は夏っぽく、陽の短さ長さも元の世界と変わらない模様。

何度か半日ほど掛けて、山に登ったり川を辿り登ったり降りてみたりしたけれど、人の気配はなく、この山では一番大きい青熊もいなくなった。


冬の時期だけ、この山を上を通り過ぎていく人間たちは少数だけれど存在したため、日帰りでは無理そうだけれど、数日歩けば村か街かには辿り着けそうだ。

晴れた日の早朝。

小豆を研ぐ浅いかごは背中に背負い、炊飯器片手にせっせと歩く。

妖怪のため、体力も無尽蔵だけれど、なんせ歩幅が小さく、夜目が利くため夜通し歩いても、迂回しなくてはならない場所も多く、進みは遅い。

山の中をひたすら歩き続け、我自身の縄張りから出たのは昼もだいぶ過ぎ辺りだろうか。

そこいらで見掛ける鳥も虫も獣も元の世界とは色々違う。

ミミズっぽい生き物の色が緑と茶とピンクの3色。

カタツムリらしきの殻がハート型。

「すらいむ」とやらはそういえば見てない。

この世界でも存在しないのだろうか。

縄張りから外れて、まだ縄張りの外にたまに徘徊している大型の毛先が水色がかった熊は、小豆一粒飛ばして額に命中させる。

もう青熊擬きごときに小豆をバシバシ投げ飛ばすのは勿体ない。

「……の」

また、空を蛇とくじらが飛んでいるのが見えた。

ツガイなのだろうか

少し。

ほんの少し、羨ましい。

元の世界だと多少姿形の似ている妖怪などとは話が出来た。

ほんの世間話程度だけれど。

自分の仲間がいるなんて奇跡に近いから、そんな仲間を求めて旅をしている者もいた。

それらの者を寂しがり屋とは思わない。

元は人も多い

名残があっても当然だ。

我もほどほどに長く生きたけれど、ついぞ一度も仲間に合うことはなく、別の世界に飛ばされた。

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